読書の日記 --- READING DIARY
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 The Witching Hour (Lives of the Mayfair Witches)/Anne Rice

内容(「BOOK」データベースより)
美貌の天才外科医ローアン・メイフェアは、一族の莫大な財産を相続し、ついに建築家マイケル・カリーと結婚する。が、二人の幸せな生活に悪霊ラシャーが忍び寄る。三百年にわたりメイフェア家の魔女たちにとりつくこの悪霊は、ローアンを誘惑して、自身の肉体化を図ろうとする―。いま、すべての謎は解かれ、運命の壮大な円環が閉じる。血も凍る結末へと一気に突き進む、ホラー巨篇、堂々の完結。


<参考:「Lives of the Mayfair Witches」シリーズ>

Lasher: Lives of the Mayfair Witches/Anne Rice (著)
マスマーケット: 640 p ; 出版社: Ballantine Books (Mm) ; ISBN: 0345397819 ; Reprint 版 (1995/09/01)
内容(「BOOK」データベースより)
肉体を持った悪霊ラシャーと共に姿を消したローアン・メイフェア。その彼女から元同僚サミュエル・ラーキン博士に驚くべき資料が送られてきた。人間の2倍の染色体をもつ身長195センチの幼児―それが資料の語る内容だった。一方、病の癒えたローアンの夫マイケル・カリーの前に、メイフェア一族のジュリアンの霊が現れ、ついにラシャーの真実を語りはじめた。

Taltos: Lives of the Mayfair Witches/Anne Rice (著)
マスマーケット: 576 p ; 出版社: Ballantine Books (Mm) ; ISBN: 0345404319 ; Reprint 版 (1996/05/01)




PBで1000ページを超えるんだけど、文章が冗長。だからどんどん、どんどん長くなっていってしまうんだろう。本筋に関係ないことが、これでもかというくらいに書き込んである。途中で、何の話だっけ?と確認しなきゃいけなくなるような本だ。早く本筋に入って、面白くなってくれればいいんだけど。。。

とにかく、魔女の話なんだよね?邦題も 『魔女の刻』 だし。なんだか亡霊みたいなのが出てはきてるんだけど(メイフェア家の魔女たちにとりつく悪霊)、魔女はまだ出てこない。ハリポタのような魔法使いが出てくるファンタジーだとは思っていないけど、魔女がメインというより、どちらかというと「悪霊」がメインなんだな。


ところで、アン・ライスの 『The Witching Hour』 はどうするかなって感じ。ずぅーっと、メイフェア家の歴史というか、なんというか、また聞きの話ばかりで、全然展開していかないんだもの、だるい。 内容説明 にあるような話が展開し始めるまでの状況設定が長すぎ!

悪魔に取りつかれたメイフェア家の代々の女性たちは、皆気が狂ってしまうというんだけど、今のところ、その悪魔が特別悪さをしているわけでもなく、その人の母親もおばあさんも、そのまたおばあさんもそうだったといったような噂話の域を出ない。だからなんなの?って感じ。嫌になってしまった。

ここはさっさとやめて、違う本を読んだほうが得策と思うんだけど、それが今いち思い切れない。もう少し読んだら、話が進むかもしれないと、まだ期待を捨てきれずにいる。


とりあえず手元にあった本を読む。これが、昨日から読み始めた小人の話じゃなくて、アン・ライスの 『The Witching Hour』 だっていうところに、なにやら魔力を感じる。やめたいのにやめられない。私にも悪霊ラシャーが取り憑いたか!って感じ。

アン・ライスはニューオーリンズ生まれだが、20歳から27年間もサンフランシスコに住んでいた。なので、物語の第一の舞台はニューオーリンズなのだが、第二の舞台はサンフランシスコである。

いくらアメリカ南部に興味があるとはいえ、ニューオーリンズには行ったことがないので、文章から想像するしかないのだが、アン・ライスのこの本には、他の南部ものに比べて、かなり多めにニューオーリンズの特徴(特にガーデン・ディストリクト周辺)が描かれているのだろうと思う。それも濃密に。

同じように、第二の舞台であるサンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジ周辺も丹念に描かれていて、こちらは行ったことがあるので、目の前に情景が浮かんでくる。そういった意味では、サンフランシスコが舞台になっている部分のほうが興味深く読めるのだが、そうはいっても、やっぱりこれはニューオーリンズの話で、そこの怪しげな雰囲気を抜きには語れない代物なんだろう。

などと考えながら読んでいたら、昨日放り出したはずの本の割には一気にいって、やっと主人公のローアン・メイフェアと、宿命の相手マイケル・カリーが結ばれる段まで進んだ。やっと話が展開してきたよ、と思ったら、次は一気に17世紀まで飛ぶらしい。歴史物も書いていたアン・ライスだけに、そういう運びが好きなんだろうなとは思うが、せっかくここまで読んだのだから、どんどん展開させてくれないと困る。

17世紀に、メイフェア家の祖先が悪霊ラシャーを呼び出してしまうという話の顛末について描かれていくようなのだが、これまでにも現れている上品な男の幽霊(らしきもの)が、なぜ悪霊なのか、メイフェア家とどういった関連があるのか、一応好奇心は掻き立てられてはいるので、たぶんこの先も続けられるだろうとは思うが、それにしてもやっぱり冗長な文章だなという印象は否定できない。アン・ライスは耽美的と言われたりしているが、耽美的というのとはちょっと違うような・・・。


アン・ライスの 『The Witching Hour』 を読書中。現代の主人公ローアン・メイフェアに至るまでのメイフェア家の歴史が延々と述べられているのだが、長いし、登場人物は多いしで、気が狂いそう。それでも、なんとか現代に近いところ(ローアンの母親のあたり)までたどり着いた。

そもそもメイフェア家はハイチで財を成し、その後アメリカ(ニューオーリンズ)にやってくるのだが、南北戦争などがあったにも関わらず、衰退はしなかった。大農園を持っているのとは別に、悪霊ラシャーが宝石類をどこかから盗んでくるため、社会環境の変化には一切関係なく栄えてきたというわけ。

しかもおぞましいのは、メイフェア家の中では近親相姦が多く、父親と娘などというのは当たり前のような関係で、さらにその間に生まれた娘と、先の父親(その子にとっては祖父になるのだが)とが関係するなんていうのまであるのだから、わけの分からない話になっている。

アン・ライスの小説には、そういった近親相姦や同性愛というのがふんだんに登場する。そういった事柄を読むのが嫌だという人には、アン・ライスは不向きだろう。私もその類は好きではないが、ここを突破しないと、先に進まないので、読まないわけにはいかない。

というか、ローアン・メイフェアと悪霊ラシャーの話をするのに、メイフェア家の初代にまで遡って、祖先たちを一人残さず紹介する必要があるのか?という素朴な疑問もわいて来るのだが、必要があるんでしょう、きっと!と思わずには、馬鹿らしくて読んでいられない。彼らの歴史は、上にも書いたように、近親相姦や同性愛などの話で躓かなければ、それなりに面白い。

そんな話の最中に、ニューオーリンズのフレンチ・クォーター(売春宿があるところ)などが出てきて、そこで ジェリー・ロール・モートン が演奏しているといったような実際の出来事が書いてあったりするので、時々はっとする。ジェリー・ロール・モートンは、青山先生の授業でCDを聴かせてもらった折に、気にいって私もCDを買ってある。先日のジュンク堂のトークショーでもこれを聴いた。

そんなわけで、アメリカ南部、特にニューオーリンズに興味のある人には、読みどころのたくさんある本でもある。それにしても、アン・ライスは濃い。あんまり濃すぎるので、1冊読み終えたら、しばらくはもういいって感じになるんだろうなと思う。私は息子のクリストファー・ライス(小説家)が好きなのだが、彼がゲイなのは、お母さんの影響かな?なんて思ってしまう。


やっと読み終えた。17世紀の魔女裁判なども出てくるが、話の核は現代。延々とメイフェア家と悪霊ラシャーとの歴史が語られ、なんとなく古めかしいイメージが漂っているのだが、最後にはDNAの話になったりして、なんだこれは?SFか?という感じになる。

悪霊ラシャーは、はっきりとはどういう生き物かは不明だが、とにかく肉体を持っていない。宇宙の始まりと共に存在していたようなスピリチュアルな存在らしい。それがメイフェア家の祖先スーザンに呼び出され、人間と関わっていくうちに、肉体が欲しくなったのだ。

そもそも言葉も考えも持たないラシャーは、人間の奴隷(アラジンの魔法のランプのジンのようなもの)であったのだが、何百年も人間と関わる間に、意志を持ち、言葉も操れるようになった。そして、スーザンから数えて13番目の魔女(ローアン)は、最も強大な力を持つ魔女なので、ラシャーはその力を借りて、肉体を持とうと企むのだ。すべては13番目の魔女のために、お膳立てされていく。

ローアンの力を借りて(ローアンが宿したマイケルの胎児にのりうつった)、肉体化を図ったラシャーは、現代科学を超えた存在となる。赤ん坊の姿で生まれたラシャーはみるみる成長し、不死の肉体となり、その細胞は独自で分裂していくという、最後は本当にSF小説さながらの展開。

実はこの先も続きがあって、肉体化したラシャーがどうなっていくのか、ローアンは?マイケルは?という疑問は、ここで打ち切られる。読者としては、そのほうが知りたいのに、またさらに延々と大長編を読まなければならないということになるのだ。ここまで読むのも大変だったのに、一番知りたい結末は、またさらに先延ばしだなんて、いい加減にしてくれ!って感じ。

結末を知りたい気持ちは大いにあるのだが、さらに冗長な文章を読まなければ鳴らないかと思うと、うんざりする。ただ、アン・ライスが描くこうした複雑怪奇な世界が好みの人には、どっぷり浸れる物語でもあるだろう。私個人は、ここまでしつこいと、いい加減いやになるが。

2004年10月31日(日)
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 奴らは渇いている(上・下)/ロバート・R・マキャモン

『奴らは渇いている』(上)/ロバート・R・マキャモン
内容(「BOOK」データベースより)
最近、ハリウッドの墓地では、墓が掘りおこされ、棺桶が盗まれるという怪事件が発生していた。この知らせを聞いた警部パラタジンは慄然とする。彼が子供のころハンガリーで体験した吸血鬼騒ぎと同じだったからだ。アメリカの最先端を行くロサンジェルスに吸血鬼が?しかし謎のプリンス・コンラッド・ヴァルカン率いる一大勢力はすでにこの巨大都市を制圧しようとしていた―。ロバート・マキャモンが恐怖小説永遠のテーマ〈吸血鬼〉に新風を吹き込んだ超大型冒険小説。


『奴らは渇いている』(下)/ロバート・R・マキャモン
内容(「BOOK」データベースより)
ロサンジェルスの全住民を吸血鬼とすべく、ブリンス・コンラッド・ヴァルカンは、史上空前の砂嵐を巻きおこして市街を外界から遮断。その間にも殺人鬼や、暴走族を手下として、吸血鬼の勢力を刻々増強させていく。敵の正体を知る警部パラタジン、神父シルヴェーラ、怪奇映画ファンの少年トミーらは、砂嵐をついて敵の本拠クロンスティーン城に乗り込む。吸血鬼と人間の決戦が始まった。まるでスピルバーグ映画のようなスケールと迫力で迫るマキャモン渾身の超大型エンターテインメント・ホラー。

※画像は原書 『They Thirst』Time Warner Paperbacks 版


すごく面白くて、下巻は1日で一気読み。他の用事など一切おかまいなしで読んだというのは、珍しい。結構スプラッターだけれど、そこはマキャモン、ホラーだけど、ヒーローものでもあって、最後はやっぱり善が勝つ。ほかの作家のホラーでも、ヒーロー的な人物は出てくるが、マキャモンの描くヒーローは、とにかく私好みなのだろう。今回のヒーロー、パラタジン警部の「絶対に守る!」という責任感は、私好みだ。

もう一人、ヴァンパイアの王ヴァルカンをやっつける重要な役がシルヴェーラ神父で、この人の自己犠牲、人類を守るのだ!という意志の強さにも脱帽。神父は不治の病ルー・ゲーリック病にかかっており、その命を人のために役立てたい、どうせ死ぬ運命なら自分が犠牲になろうというのは、『遙か南へ』 の主人公が癌で余命いくばくもないという設定を思い出した。

また、ヴァンパイアが根城にしているクロンスティーン城とは、ホラー俳優オーロン・クロンスティーンの持ち物だったという設定だが、このクロンスティーン、どこかで見た覚えがあると思ったら、短編集 『ブルー・ワールド』 に収められた「メーキャップ」に出てきた名前だった。実在の俳優かどうか確認していないが、実在だとすれば、マキャモンのお気に入りなのだろうか。

この話の中には、ジャック・ザ・リッパー(シュワちゃんの映画 「ラスト・アクション・ヒーロー」 にも登場した殺人鬼)や、ヴァン・ヘルシングの名前も出てくる。面白いのは、マキャモンが自分の作品 『Bethany's Sin』 を自らこきおろしていること。マキャモン自身、不本意な作品ということで、すでに原書でも絶版なのだが、この部分は笑えた。

・・・『ビサニィズ・シン』とかいう題名のつまらない本を読んで過ごしたのだ。あまりの退屈さに、第四章まで読んだところで放り出してしまうような本だった。・・・

最後に、舞台であるロサンジェルスが大地震に見舞われ、ヴァンパイアのほとんどが(多くの人がヴァンパイアにされていたのだが)死滅する。不死のはずのヴァンパイアがなぜ?と思うが、実はヴァンパイアは、日光と同じように、海水(聖水と同じ働きがあるが、聖水よりも神のパワーが強いらしい)に弱かったのだ!海水を浴びると、煙を上げて消えてしまうのだ。つまり、大地震に伴う大津波が彼らを消したわけだが、まさかこんな大スペクタクルな話になるとは思ってもいなかった。

しかしここで思ったのは、こういった災害時のアメリカ軍の行動の早さだ(ロサンジェルス以外は、まだヴァンパイアには襲われていなかった)。生き残った人たちを軍の基地に避難させ(基地なら水も食料も薬もすぐにあるわけだ)、24時間以内に、すでに100個の仮設住宅を建てたりしている。たしかにこれは小説だし、土地の事情とかもいろいろあるだろうが、こういうのを読むと、新潟の地震があった時期だけに、この寒空に放り出したままの日本政府の対応が信じられない思いだった。

この結末は、ヴァンパイアが全て消えたという結末ではないので、まだこの世の中に、彼らは存在しているということになっている。『奴らは渇いている2』が書かれてもおかしくない結末だ。途中でなんだか怖くなって、十字架のペンダントを探し出し、それを身につけて本を読んでいた。映画の 「ヴァン・ヘルシング」 なんかよりずっと怖かったし、パラタジンやシルヴェール神父といったヴァンパイア・ハンターは、それよりずっとカッコ良かった。怖かったけれど、すごく面白かった!

2004年10月29日(金)
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 To Kill a Mockingbird/Harper Lee

出版社より
この美しい小説を、世のすべての親たちに捧げる。
舞台はアメリカ南部の古い町。母なきあとの父と兄妹の心にしみる愛情をヨコ糸に、婦女暴行の無実の罪をでっちあげられた黒人の若者をタテ糸に、見事に織りなした人生のメロドラマ。1961年度のピュリッツァ賞に輝き、11カ国に翻訳され、すでに数百万部を売りつくし、95週延々2年にわたって連続ベストセラーを続けた名作である。


主人公スカウトの目を通して描かれた、アラバマ州メイコーム(架空の町)の人々の暮らしや、人種差別の実態。父アティカスと兄ジェムとの絆の深さ。人間とは、家族とはどうあるべきなのか?といったことを考えさせられる。

エピソードごとに感動して胸がつまり、ページがぼやけてくる。素直なスカウトの心と、誠実で責任感の強い父アティカスの態度、大人になろうとする兄ジェムの頼もしさに、いつしか引き込まれ、一緒に泣いたり笑ったりするようになる。

最も大きな人種差別というテーマは、全編を通じて流れており、「相手の身になって考えること」という大事なことを教えてくれる。お化け屋敷の住人である、ブー・ラッドリーの視点に立った時のスカウトは、そのことを身をもって知る。何度読み返しても、新たな感動を呼び起こす、素晴らしい作品。

私はたまにしか「お薦めの本」というのは紹介しないのだが、これはそういった本の中のひとつ。何度読んでも感動。深くて濃い物語。
じっくり味わって読み、父アティカスの言葉を胸に刻み、ジェムやスカウトの成長とともに、人間のあるべき姿を考える。こういった「急いで読んではいけない本」が、たまにある。そういった本は、間違いなく名作だと思う。

人種差別の大きなテーマの中で、父アティカスの正義感と強さに、息子ジェムと娘スカウトが、尊敬の念を持って対応している姿に、現在では数少ない親子の信頼とか絆といったものを見ることができる。

子どもたちは、大人の人種差別の中で、何が正しいのか、何が間違っているのか、それぞれの視点で見ていく。「絶対に正しくない」こう言えるのは、何のしがらみもない子どもだからだという大人の諦めも見えて、世の中の理不尽さに身震いするほどだ。しかし、スカウトが謎の隣人ブー・ラッドリーの視点に立ったとき、彼女は世の中のことを悟り、人の立場に立って考えることの重要さを、私たちに教えてくれる。


2004年10月25日(月)
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 アイスウィンド・サーガ〈1〉 悪魔の水晶/R.A.サルバトーレ

出版社/著者からの内容紹介
ダークエルフの二刀流剣士ドリッズと、魔法の黒豹グエンワイヴァーが活躍する世界2千万部D&Dファンタジー小説シリーズ!! 話題のシリーズを多く手がける米国の超人気作家、最大のベストセラー作品!!


復刊された「アイスウィンド・サーガ」シリーズの第1巻が届いたが、これは『The Icewind Dale Trilogy: The Crystal Shard, Streams of Silver, the Halfling's Gem (Forgotten Realms)』という三部作の、1作目『The Crystal Shard』の部分。しかもその3分の1。なんとも中途半端なものだ。

もちろん、3部作全部が訳されているとは思ってはいなかったが、実物を見たとき、これって『The Crystal Shard』の全訳?と思って中を見ると、訳者の解説には、日本版は全9冊で、原書での各巻が3冊ずつにまとまっているとのこと。つまり、『The Icewind Dale Trilogy』としては全9冊で、『The Crystal Shard』は3冊ということになる。

以前に、これは2作目までしか訳されていないと書いた覚えがあるが、『The Crystal Shard』と『Streams of Silver』までということになる。富士見書房の文庫版は絶版で、マーケットプレイスでも1000円から15000円などという値段になっている。

でもこの第1巻以降、情報がないのだが、全9巻まで翻訳されるのだろうか?現状況では、2作目までしか翻訳されていないし、全9巻出すまでには、新たに3作目を翻訳しないとならない。それに、「全部出します」とは、どこにも書いてない。出るとしても、全部揃うには、一体いつまでかかるやら。

だけど、シリーズの1巻目(しかも1作目の3分の1)だけしか出さないということもないだろうと思うので、今後も期待はしているが、結局のところ、早く続きを読みたければ、原書のほうを読まなければならないということだ。とりあえず1巻目があれば、あとは原書を読むのも多少楽になるので、無駄ではないと思うが。。。

※追加記事-----------------------------

どうやら以前出版された「アイスウィンド・サーガ」は、原書の各巻上下で、全6巻で完結されているようだ。つまり全部訳されているということ?絶版であまり情報がないので詳細はよくわからないのだが、全9巻というのは、今回新たに1作3分冊で出版されるようで、ということは、全部出る予定になっているのだろう。

それにしても気の長い話。1冊が1作の3分の1だなんて、ボロ儲けだよ、アスキー!待っているほうは気が狂いそうだ。3分冊にしてもいいから、1作分は一度に出して欲しいものだ。ディケンズやスティーヴン・キングじゃあるまいし、分冊にすれば売れるというものでもないでしょう。上下巻の上だけとかが買えない性格の私としては、こういうのは考えただけでイライラする。

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というわけで、本書は中途半端で欲求不満。話が面白くないのではなく、1冊の3分の1の部分しかないからだ。アイスウィンド・デイルに住み着いたドリッズトが、辺境の守りをしながらドワーフのブルーノーらと暮らしていくのだが、テン・タウンズにゴブリンたちの襲撃があり、そこに住む人々と力を合わせて撃退する。その後ハーフリングのレギスやバーバリアンのウルフガーなどが味方に加わっていくという話の、まだほんのプロローグ。

ドリッズトやグエンワイヴァーの魅力もまだ全開ではないし、ドリッズトとブルーノーの仲を取り持った人間の娘キャッティ・ブリーも全然出てこない。物語って(特に壮大な長編は)、こんなに細切れにしていいもんじゃないと思う。分冊にしてもいから(基本的にはしてほしくないが)、頼むから1冊分はまとめて出してくれ!という感じ。 出版社は読者の気持ちを無視している。物語は魅力的だが、出版社の姿勢が気にいらない。

2004年10月14日(木)
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 レイトショーのしあわせな夜/青山南

『レイトショーのしあわせな夜』
青山南著

出版社 洋泉社
発売日 2004.09
価格  ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN  4896918460
現実よりも空が蒼く、友情や愛がある場所、それが映画。いろんな悩みを、観ている時は忘れさせてくれる場所、それが映画。「神経衰弱ぎりぎりの女たち」など、コラムの名人が贈る、心をリセットしてくれるちょっと通な86本。

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青山先生がこれまでに見てきた映画の紹介というか、感想というか、映画を題材にした、でもあくまでも文学的なエッセイ集。ちなみに、大型娯楽映画のようなものは取り上げられていない。

取り上げられている映画を観ていないと、話が全然わからないのではないか?と不安を感じるが、そんなことはない。私などは、この中で見た映画は10本の指で十分事足りてしまうくらいだが、観ていない映画でも、どんな映画なのか、見どころはどこかということがよくわかる。

ひとつの映画は、あくまでもひとつのコラムの題材となるきっかけであって、その中には、映画以外の話もたくさん含まれているから、読み物としても興味深い。その映画の背景が、あの文学作品に繋がるといったふうに、やはり文学者としての視点を感じる。

そして、当然ながら必ず映画のことから始まる話も、いつしか文学の話になっているのも、個人的には嬉しい。つまり、映画の本だと思って読み始めたら、文学の知識まで得られたという、一度で二度おいしい本なのだ。

そもそも、青山先生と私の映画の趣味は全く違うので、星の数ほどある映画の中で共通する作品がなくても、べつに驚くにはあたらないが、本当にとことん違うのだなと、改めて思った。私が観ている映画でも、先生の目の付け所が全く違っていたりして、それもまた面白い。そんな風に観ているのかと、新鮮な驚きもある。

2004年10月10日(日)
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 アッシャー家の弔鐘(上・下)/ロバート・R・マキャモン

『アッシャー家の弔鐘』(上)
出版社より
文豪ポオが名作「アッシャー家の崩壊」で描いた悲劇の一族、アッシャー家は実在した!のみならずその一族は、150年を経て、アメリカの軍需産業の頂点に位置する「アッシャー・アーマメンツ社」の世襲オーナーとして君臨し、ノース・カロライナの山奥に壮大な屋敷を築いてひきこもっている。家業を嫌い、ニューヨークで売れない作家暮らしをしていた主人公リックスが、「父危篤」の知らせに帰郷して知った一族の秘密とは─。モダンホラーの旗手マキャモンが怪奇幻想小説の先達者ポオにささげる話題作。


『アッシャー家の弔鐘』(下)
出版社より
ペンタゴンを影であやつる「死の商人」─兵器製造業者としての家業 を嫌って、ニューヨークに出奔していたリックスはブライアートップ山山麓にあるアッシャー家の屋敷へと帰っていく。自らの家系をテーマにした小説執筆をもくろむ彼が見たのは、子どもさらいの怪人<パンプキン・マン>が森に出没し、迷宮と化した怪建築<ロッジ>が時折鳴動する驚くべき世界だった。そして古文書からリックスが知った一族の驚くべき秘密とは?鬼才マキャモンが前人未到の領域に踏み込んだ壮大なゴシック伝奇小説!

※画像は原書 『Usher's Passing』
※ロバート・R・マキャモンの「R」は「リック」。マキャモンの自伝的要素も加味されている。


エドガー・アラン・ポオの名作短篇「アッシャー家の崩壊」へオマージュを捧げた第六長篇。あのアッシャー家が実在、軍事産業の大立者として隠然たる権力をもっている──というアイデアに基づく。マキャモン作品中、もっともストレートに怪奇小説を指向した作品。

アッシャー家の次男で、実家から離れてひとりアトランタでホラー小説を書いているリックス。ある日、一族の長である父ウォーレン・アッシャーが危篤状態であるという報が届き、彼は気の重い帰郷を決意する。ノース・カロライナの広大な《アッシャーランド》に戻ったリックスが目にしたのは、「アッシャー病」を悪化させ、死の床についている父の姿だった。屋敷に滞在することになったリックスは、やがて一族の秘密を探り当てることに・・・。

音や色などの激しい刺激に神経が過剰に反応して死に至る「アッシャー病」は、ポオやH.P.ラヴクラフトら、怪奇作家によく見られた神経症的性格を病気として誇張したものだろう。鬱蒼とした森、不吉な屋敷への帰還、奇矯な一族など、古典的なゴシック調怪奇小説のモチーフが随所にひかれている。一方で、森のなかをうろつく怪物「パンプキン・マン」には、マキャモンらしいノスタルジックな恐怖と叙情がこめられている。

幻想的な「巨大な振り子」のイメージと現代的な活劇サスペンスをともに持つクライマックスは、壮絶なカラストロフィによって閉じられ、ゴシック風怪奇小説とモダン・ホラーの要素をきれいに融合させている。

─(ロバート・R・マキャモン作品案内/文藝春秋・編集部)


内容は、ほとんど上の作品案内に書いてある通り。アッシャー家の人間のみがかかる「アッシャー病」は、生きながらにして体が腐っていくような病気で、冒頭から腐肉の匂いや死臭がぷんぷんしている雰囲気。だが、その病気の進行を遅らせるために、代々受け継がれてきたこととは、人肉を食べることであった。

それが一族の秘密でもあるわけだが、もうひとつ、重大な秘密が、広大な屋敷の地下に隠されていた。それが「巨大な振り子」である。この振り子の振動によって、いつも屋敷は震えているようで、ひとたび振り子が大きく動き出せば、周囲は大地震に見舞われるといった恐ろしい仕組みになっている。

だがこれを作らせたのは、この世のものではない悪魔であった。最初は主人公リックスの味方かと思っていた執事が、実は恐ろしい悪魔の手先であったとわかったとき、戦慄が走る。

「アッシャー病」がメインの災厄かと思ったら、実は「巨大振り子」が待ち受けており、さらにその裏には悪魔がいるという、とことん呪われた一家の話だが、リックスが跡を継いだのちは、病気も現代医学に委ねることにし、徐々に昔からのアッシャー家を変化させていくという、前向きな方向に向かって、幕は閉じる。

マキャモンの他の作品とは、なんとなくどこか違うような感じがしていたが、全編を通じて死臭が漂う雰囲気は、ちょっと引くかもしれない。だいたい主人公がヒーローになって、悪に立ち向かっていくというのが、マキャモンの作品の核になっているのだが、これに関しては、そういう話でもなかった。何が怖かったといって、心底から信じていた、いかにも人のよさそうな執事が、実は悪魔だったというところだろうか。

それと、アッシャー家は武器を作っている会社である。戦争で人を殺して儲けている会社だということに、主人公のリックスは、非常に憤りを感じている。だが、武器商人は世界になくてはならないものなのだ、と例の執事は教える。それが悪魔のささやきなのである。それもまた怖い。こんな悪魔のささやきを聞いた人間が、世界には大勢いるのだろう。

2004年10月08日(金)
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 スケアクロウ VOL.3―死闘!南極基地を防衛せよ/マシュー・ライリー

出版社より
激闘の果てに、今やすべての希望は消えたかに見えた──
「行くぞ。基地を取り返すときが来た」
絶望的な戦力差を知りながら、スケアクロウは再び死地へと舞い戻る。守るべき人のために。失ってはいけないもののために。破滅へのカウントダウンの中で、最後の闘いが始まる─。驚愕、興奮、そして感動の完結編!


9月上旬出版予定で、1ヶ月も待たされた3巻目。早速一気読み。相変わらずスピード感あふれる展開で、まさにページターナーだけど、あれ?と思うことがひとつ。

1巻目で「宇宙人」の存在が語られていたので、もうてっきり最後は地球外生命体と接近遭遇するのかと思って楽しみにしていたのに、宇宙人が実は巨大○○だったなんて嘘でしょう!・・・って、結末を書いてしまっていいものだろうか?いや、ダメでしょう。なぜ巨大なのかというところにも、この話のテーマが盛り込まれてはいるんだけど。

この本は、誰が読んでも面白いと思うけれど、軍事ものが好きでない人は手に取りもしないだろう。でもこれから読む人にとっては、結末を知ってしまうことほど残酷なことはないだろうし、やっぱり書かないでおこう。

3巻目ともなれば、嫌だなあと思っていた挿絵のマンガにも慣れたが、それでもどう見たってアメリカの海兵隊には見えない。やっぱり自衛隊だ。コードネームも相変わらず<案山子>だし。ハワイのパールハーバーに帰還するのではなく、市谷の駐屯地(今はもうないが)じゃないのか?って感じ。

このマンガがあることで、わかりやすい部分もあることは事実だけど、これがなければ、主人公の<案山子>だって、ものすごくカッコいい、私好みのヒーローに想像できただろうし、もっとのめり込めただろうと思うと、非常に残念。

とはいえ、隊員が敵に捕らえられて海に吊り下げられ、頭から鯱にパックリ食べられてしまう絵なんて、ぎゃー!と思いながらも、しばらく眺めてしまった。噛み付かれたあと、鯱の口の中で、しばらく意識はあるんだろうか?とか、あれだけ大きくて鋭い歯で噛み付かれたら、即死なんだろうかとか・・・。(^^;

ともあれ、何も考えずに一気に読めて、面白かった!

2004年10月04日(月)
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