空色の明日
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2001年09月25日(火) HP

去年の今日、生まれて初めてのHPを立ち上げました。
本来マイブームのサイクルの速さには自信のある私なので
いつまで続くのかと本人自身不安でしたが、なんと1周年です。
といっても日記以外の更新はほとんどしないし、変化があるとすれば
BBSに来てくださるみなさまのご意見ぐらい。
ということは実質このHPの半分は皆様がささえてくださったことになります。
ほんとうにありがとうございます。

何を発信できるわけでもなく、ただただ「思う」ことを
ぶちまけてきた1年でしたが、人にはよい時と悪い時があって、
よい時には心穏やかに冷静な考えが働くので、できるだけそういう時に
いろんな事を考えて自分なりの答えを書き連ねておいて
自分が「悪い時」に入った時に読めるようにと、今まで文を
書きつづけてきました。
でもそれによっていろんな方のご意見がそれに重なり合って
私の中に確かに蓄積されていったことは、この1年の何よりの収穫です。

これからも1日1日を丁寧に生きる為に、目を大きく開いてみつめて
そして発見したことをつづっていけたらと思います。
そしてそんな「ぶちまけ」がみなさんの退屈しのぎのひとつにでも
なれば幸いです。


2001年09月21日(金) 大御所なのだ

しまった、もう9月も半ばすぎというのに音楽のコーナーを
更新していない(笑)
今月はすごいミーハーなのばっかり買っちゃったからな。

音楽といえばこの前「堂本兄弟」に清志郎が出てましたね。
小学生の頃からずっとRCサクセションのコンサートとか
行ってた安藤には清志郎はいわば「大御所」なわけです。
でも子供が出来てからの清志郎はどんどんフレンドリーな仕事を
やり始めたのであんまり風格ないなーなんて思ったりしてたのですが
「堂本兄弟」のある場面を見てやっぱり「大御所」だと実感。

それは蘭丸(あえて今日はツッチーと呼ばないでおこう)に
「一番びっくりしたのは蘭丸がこの番組に出てる事だ。
チャボさん怒ってんじゃない?」と言われて蘭丸が凍り付いてたところ。
(わからない人に一応説明しとくとチャボさんというのは元RCの
ギタリストで時々この蘭丸とユニットを組んでるわけ)

いつもはダラ〜ンとしてる蘭丸がやけによく喋り、清志郎を持ち上げ
気遣っている!
あんな彼をみたのは初めてだよ!
その姿はまるで北島三郎のそばにいる時の山本譲司のようだった・・・。
あの蘭丸をそんなふうにさせるなんて、さすがは清志郎である!!!!!!

まあ、その日ガックンが休みだったのは幸いというか、
おかげでネタを全部ガックンに振られることなく蘭丸が
ひっぱっていくというとても珍しいパターンの番組展開になったので、
中学生の頃、蘭丸の切りぬきを下敷きに挟んでた安藤としては
非常に嬉しい番組となりました。
(ちなみに小学生の頃は清志郎を挟んでました。キッツイ小学生である)

関係ないけどゲストが女性の時、番組の終わりに必ず
「この中で誰か1人選ぶとしたら」というコーナーをやりますが、
いつも私はあの時に、そのゲスト席に自分がいる事を想定し、
そしていまだかつて誰も選んだ事のないツッチーこと蘭丸の肩を
そっとたたく自分を思い浮かべながら1人でニヤニヤし、そうしている間に
いつのまにか番組が終わっていて
「堂本兄弟はご覧のスポンサーの提供でお送りしました」
というガックンの声に毎回ハッとするのである。

こういうのを脳天気という


2001年09月20日(木) ミックスジュース

喫茶店に「ミックスジュース」というメニューがあるのは
関西だけだと知ったのは最近の事だ。
少なくとも東京の喫茶店にはないんだってね、ミックスジュース。

関西では喫茶店の三大メニューといえばコーヒー、紅茶、ミックスジュース。

このミックスジュースに関して他の地域の方がどのくらい
知らないのかもわからないので細かく説明します。
ミックスジュースとはフルーツをジューサーでかくはんした飲み物。
フルーツはお店によってフレッシュフルーツだったり、缶詰の
フルーツだったりするけれど基本的に必ず入っているのはバナナ。
あとは缶詰のシロップだったり牛乳だったり、氷だったりお店によって
いろいろ工夫を凝らしてオリジナリティーをもたせる。

ある関西の番組で関西オリジナルの商品を開発しようという企画があって
この「ミックスジュース」を全国に広めようと商品化が進められました。
そしてその商品がうちの店にもとうとう入荷されました。
その名も「みっくちゅじゅーちゅ」(販売元 サンガリア)
命名者は漫才コンビ「トミーズ」のマサさんです。
ミックスジュースという名前にしたかったらしいのですが、
そういうのは物の名前なので商品名にできないそうで、
「それなら、みっくちゅじゅーちゅでええやん」と言ったマサさんの意見が
採用されたそうです。
この辺がまさに関西っぽいいい加減さです。

バナナとミルクが入ったバージョンだそうです。
私もまだ飲んでません。
明日飲んでみます。
ミックスジュースを知らない全国の皆様。
ファミリーマートで探してぜひ関西テイストを味わってみてくださいませ。


おまけ
先日書いた「パソコン講座」に通う母から電話あり。
今日はじめてメールを習ったらしい。
自慢げに彼女がこう言いました。
「今日あれやったよ、ホストペット!!!」
おいおい、ピカピカのスーツ着たイケメンがメール運んでくれるのかよ!?
そんなソフトなら私が欲しいってば・・・


2001年09月17日(月) 街の道路工事の常識

ウチの前の道路はしょっちゅう工事をしている。
ちょうど今ちょっと先のところに高速の乗り口を作ってるので
それに関連していろいろ掘りかえしてるらしいのだけれど、
なんとその工事が夜の9時にスタートして朝6時までやるんだな、これが。

信じられないでしょ?
夜中にガガガガガッって掘ってるのよ!ほんとに。
めっちゃくちゃやかましいのよ。
でもね、これが都会ってやつなのね。
昼は交通量が多すぎて車線を減らせないので交通量の減る夜中に
工事をすることは交通渋滞を緩和するって意味では有意義なことなの。
そういうわけで近隣の住民も文句なんか言わないわけ。

もともとすごく静かな街で育った私は初めてこの街のこのシステムに
遭遇した時、猛烈なカルチャーショックだった。
「なんで誰も文句言わないの?」である。
でも文句言ったって「じゃあ、いつ工事すんのさ」って言われたら
返す言葉がないんだよね。
だから文句言えないの。
街ってこういう時「人の住むところじゃない」と思います。
とにかく生活するということに重点をおいてないんですから。

っちゅうことで、今もガガガガッとやっております。
おまけに地盤のゆるいこの街で掘り返すと家が揺れます。
夜中はある意味ゆりかご状態で眠ります。
もう音なんかでは目も醒めなくなりました。
人間の順応性ってすごいと思う今日この頃です。


2001年09月13日(木) 憎むということ

今の日本人は「憎む」ということを「悪いこと」として教えられて
育ってきたと思う。
「憎む」ということは恥ずべきこと。
「憎む」ということはしてはならないこと。
「みんな仲良く」「どんな人にもいいところはある」と教えられて
育ってきたと思う。

だから指導者や代表者という人は少なくとも表向きだけでも
「みんなが幸せになるために」というような顔をしている。
当然「憎むべき○○をやっつけろ!」なんてことを掲げては
代表者になれないのが今の日本だと思う。

おそらく「あの」国の人にはこんな生ぬるい国の事なんて想像もできないだろう。
過去に「カミカゼ」を吹かせた日本は、もう微塵も残っていない。
今の私達には、「あの」国のことは理解できない。
でも「カミカゼ」の時代の日本はなんとなく似てはいないだろうか。
敵国を憎むことを「よい事」とし、それに反対すれば世間から
非国民と呼ばれた時代である。

今、「カミカゼ」のごとく自らとそして大勢の罪もない人々の命を
巻き添えにしながら「憎しみ」をぶつけたあの国の人々。
その「憎しみ」の本当の意味がどこにあるのかちゃんとわかっているか。
もちろん「憎しみ」を捨て去った今の日本人にそんなこと言う権利はないけど。

日本にだって戦争で家族を他国に奪われた人は大勢いる。
でもその人たちがその「憎しみ」をぶつけないで堪えていたから
私たち戦争を知らない世代が心穏やかに暮らしている。
あの時その「憎しみ」にストップをかけてくれた世代に感謝して
私たちは生きなくてはいけない。

世界の「憎しみ」はいつになったらストップするんだろう。
今アメリカの人たちの中に新しい「憎しみ」が生まれている事は間違いない。
月並みだけど「憎しみ」は「憎しみ」以外なにも生まないのである。


2001年09月12日(水) ノンフィクション

昨日あのくだらない「スーパーテレビ」について書いてた
直後に同じテレビが一変しました。

「映画みたい」しか言えなかったのが、音声が入って
サイレンが鳴りつづけて悲鳴が聞こえたら急に現実に感じました。
どうもあのサイレンの鳴り渡るかんじがダメです。私たちには。

こんなとき本当に映画ならブルース・ウィリスが登場して
テロリストを間一髪のところでやっつけてくれるのに・・・。

USJは表の旗が全部半旗になり、キャストも元気がありませんでした。
それでも営業するのはやっぱり日本だからなんだなと・・・。

のん気にはしていられない嫌な空気です。
2001年新世紀はこんな幕開けでちゃんと次の22世紀に
繋げられるのでしょうか。


2001年09月10日(月)

店に新しい冷蔵庫が入ったので配置替えをしてた時のこと。
ふと外に目をやるとなんと外が金色!
台風とかちょっと変な天気の時の夕焼けって時々こういう金色。
ハチミツの中に浸っているようなちょっと香ばしい気持ち。
外に出てしばしその金色の中で深呼吸。

ふと東の空を見上げると、そこには虹が!
前に虹を見たのはいつのことだろう。

「虹が出てるよ!」と店のみんなに声をかけたけど誰も見に来ない。
たかが虹・・・・。

あー、みんな損な人たちだな。
だって虹は見たくても見れるもんじゃないんだよ!
見れる時に見ておかないと今度いつ見れるかわからないんだよ!

見たからといって何があるわけじゃないけど、少なくともしばらく
その虹をみた感動で心があたたかいじゃない。
だって虹は大人になってもやっぱり不思議な不思議な物体。
子供の時の気持ちと同じ気持ちで見上げられるんだから。

その時にしか見られないもの。
それに出会うことが私は一番の幸運だと思う。
だからそういうものをできるだけ人よりたくさん見たいと思う。

そんなことを考えながら一人いつまでも金色の中で虹を見ていた。


2001年09月09日(日) 私のベトナム

お昼に、久しぶりに会う友達と近くのベトナム料理のお店でランチ。
彼女は外大でベトナム語を専攻していたちょっと変わり者。
でも彼女のおかげで今のベトナムブームのずっとまえから
ベトナムは私にちょっとだけ身近な国だった。

彼女はほとんどお化粧をしない。
私の周りには結構お化粧をしない人が多い。
お肌が敏感だという理由もあるけど基本的に嫌いらしい。
その気持ちはなんとなくわかる。
自分自身がどういう人間であるかわかっているからだと思う。
なにも上塗りしなくてもちゃんとキャラクターがあって
それを自覚している。
そうなるとむしろみんなと同じように塗った白い顔は
無駄な蓋になってしまうのではないかしら。
だから蓋をしないそんな彼女の強さと、蓋をしなくても
中身を撒き散らすことなくおさまっているつつましさが好き。

塗ったり落としたりして調節する必要なく自分をコントロール
できる人だからそれでも素敵なんだなと感じる。

そんな彼女にはベトナムのアオザイのナチュラルな色がとっても似合う。
そして「ベトナム語の発音の音の柔らかさがどの言語より気に入ったから」
というベトナム語専攻の理由もとても彼女らしい。
ベトナムという国が本当に似合う人だ。
私のベトナムは彼女の中にある。


安藤みかげ