petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2005年01月31日(月) 『初春』6(あああ、とうとう初詣ネタなのに2月突入…)

 ヒカルが駆けてゆく先には、うす桃色の可愛らしい振袖姿の、幼馴染。
 肩を少し過ぎたまっすぐな黒髪のサイドを上げて結い、ピンクや白の小さい小花の花簪を飾った少女は、ヒカルの姿を見つけると、ほっとしたように微笑んだ。
「ヒカル!」
「あかり、あけましてオメデト♪」
 ヒカルがにっこりと笑うと、彼女も微笑んだ。
「―うん。あけましておめでとう、ヒカル」

 あかりが頭を下げると、さらり、と黒髪が肩に流れるそれが、明るい桃色の振袖によく映えていた。
「――嬉しい。ヒカル、ちゃんと着物着てくれたんだね」
「そりゃ、約束だもん。…つっても、オレ自分の着物なんて持ってないからばーちゃんのを借りたんだけどさ」
「…そうなの?!そんな風には見えないよ。なんだかとっても、ヒカルらしいって感じ」
「あかりこそ、よく似合ってるじゃん。スッゲ可愛い」
「ありがと…///」

 照れてうつむくあかりの様子に笑いながら、ヒカルはさっきから幼馴染のそばに立っていた顔見知りに向かって、ニヤリと笑ってみせた。
「――な、今日のあかり、めちゃ可愛いと思わねぇ?加賀!」
 久しぶり、も新年の挨拶もすっとばして相変わらずの馴れ馴れしさで話し掛けてくるかつての後輩に、加賀は苦笑した。
「…まぁな。目立つモンだから、ヘンなのに声までかけられてたし」
 加賀の言葉に、ヒカルは目を丸くする。
「うそマジ?!ホントかよあかり!」
「う…うん」
 問い詰めるヒカルに、あかりはうつむきながら応えた。
「…ったく。もう少し早く来てやれよな。着物姿だから逃げられもしねぇし、待ち合わせもあるからこの辺から動くこともできねーし、結構困ってたぞ、彼女」
「―ち、違うんです!」
 加賀の言葉に、あかりは慌てて反論した。
「ヒカルが遅れたんじゃなくて……着付けが思ったより早く終わったから…私が、此処に早く来すぎたんです。……それに///」
「?」
「さっきは…か、加賀さんが助けてくれたから。…ヒカルが来るまで、ずっとそばにいてくれたし///」
 彼の顔を見つめながら必死で喋っていたあかりは、その彼が自分を凝視しているのに気がついて、一気に頬を赤く染めながらうつむく。
 自分でも何を言っているのか分からなくなりそうだったけど、これだけは、言いたい。
「……あ…ありがとうございました…」
 ストレートすぎる思いをぶつけられて、加賀も、いつものような表情がつくれない。
「…いや……まぁ…放っておけなかったしよ……」
ぽりぽり、と、ジーンズのポケットに突っ込んでいた扇子で、頭をかいた。

「そういやさ。二人ともお守りとか持ってるけど、ひっょとして先にお参りしてきた?」
「…あ、うん。ごめんヒカル」
「ナンパ野郎避けるのに、成り行きでな。俺が連れて行っちまった」
 2人の答えに、ヒカルは吾が意を得たり、とにっこり微笑む。
「そっかvvじゃ、あかり、せっかく番犬ゲットしたんだ、丁度良いから送ってもらえよ」
「ヒカル?!」
「番犬って…おまえなぁ」
 ヒカルはにこにこ笑って話を進める。
「だって、加賀がいるんだったら、下手な奴は寄ってこないじゃん。もぉ立派な番犬だし♪」
「…せめてボディガードと言えよ……」
「あかりも、お参り済んだのに、オレを待ってるなんて退屈だろ?」
「でもヒカル…それじゃヒカルがひとりになっちゃうよ…」
ためらう幼馴染に、ヒカルは無邪気に微笑んだ。

「だいじょーぶ!オレもひとりじゃないから!」
「?」
「?」
「――!」
 ヒカルがぶらさがったのは、長身の、和服姿の男だった。
 いきなり袖をひっぱられた彼は驚いていたようだが、そんなヒカルには慣れているのか、苦笑しながら、くしゃり、とヒカルの髪をかきまわす。
「紹介するね〜。緒方先生。オレと同じ囲碁の棋士だよ」
「「同じ」?先輩くらい言えんのか」
 こつん、とヒカルの頭を軽くこづく。
 日本人には珍しい、自然な亜麻色の髪。眼鏡越しに光る、怜悧な視線。普通の男では持ち得ない、大きすぎる存在感。一介の棋士のそれではない。おそらくは高段者…そして……
「――緒方十段…?」
 加賀がぽつりと呟いた。
 その呟きに、緒方がちらり、と革ジャンを上手く着馴らした青年に視線をやる。
「…あれ、加賀は知ってるの?」
「あ…ああ……」
「彼は、囲碁には詳しいのか?」
「うん。オレの中学ん時の囲碁部の先輩だもん。今は将棋の……プロになったんだっけ?」
 ヒカルの問いに、加賀は頷いた。
「ああ。…今年からやっと四段になった。…はじめまして、加賀鉄男です」
「こちらこそ」
 見上げてくる挑戦的な眼差しに、緒方は余裕たっぷりに薄く微笑んだ。…おそらく、彼は生まれついての勝負師。囲碁と将棋と、世界が違えど、上のものには噛み付かずにはおれないのだろう。
(良い気概だ)
 その姿勢は、緒方にとっては好ましくすらあった。下手になつかれるより、余程いい。

 そんな2人の雰囲気なぞどこ吹く風で、ヒカルはあかりの肩を叩いた。
「こっちがあかり。オレの幼馴染。…んーと。白川センセの囲碁教室に一緒に行ってたこともあるんだ」
「…こ、こんにちは……」
「こんにちは。白川とは同期だよ。こんな可愛い生徒さんがいたとは、羨ましい」
 ぺこん、と頭を下げる少女に、緒方は微笑んだ。
 その表情に、ヒカルは心の中で呟く。
(うわ営業用スマイルだー。エセっぽい〜)

「そんな訳でさ、オレ、この後緒方先生と約束もあるし。…だからあかり、加賀に送ってもらえよ♪加賀、あかりを頼むな〜」
「…ヒ、ヒカル〜///」
「…ったく、お前のマイペースっぶりは変わってねーなー」
「そりゃもう!任せてvv」
「褒めてねぇって……」
 そのやり取りに、男はくすくすと笑った。
「進藤の奴…昔からなのか?」
「おかげで将棋部の俺が囲碁部に巻き込まれましたよ」
「なるほど」

 加賀が緒方と喋っている隙に、ヒカルはあかりにすばやく囁いた。
「ガンバレ!」



 そうして二組は別れていく。ヒカルと緒方は神社の本殿に。あかりと加賀は逆方向に。
「またね〜♪」
 ばいばい、と手を振ると、ヒカルはくるりと回って、歩き始めた。

「進藤」
「なに〜?」
 ヒカルは先に立って進んでいく。
「…約束なんて、いつした?」
 その言葉に振り向いて、彼女はいたずらっぽく笑う。
「そんなの口実に決まってんじゃん」
 大体の様子を察していた緒方も、くつりと笑った。
「つまりはわざとか?」
――あの2人で帰らせたのは。

「当たり〜。まさかまんま本人に出くわすとは思わなかったけどね」

 さぁお参りするぞ〜、とはりきるヒカルを。

「…こら待て」

 緒方はヒカルの手を捕まえ、つくばいの所にひきずっていった。

「…? オレ別に喉なんて渇いてないよ?」
「此処は水飲み場じゃない!」

 緒方は思う。
 …まさか新年早々参拝の手順なんぞを説く羽目になるとは思わなかった…と。 



2005年01月25日(火) 業務連絡〜

ひとことメルフォとMailについて。

ひとことメルフォでは、一度別のサーバーに預かって、そこからウチに配信されるので、送られた方のアドレスは分かりません。(…というか分からないようにしてあるんです。アドレスそのままサイトに載せてて、勝手にコピペって出会い系等に使われたりしますのでね(怒))
…だからひとことメルフォへのレスはBBSになります。
ウチの文章の感想に対してだったら感想BBSに。それ以外はおしゃべりBBSにレスをつけてます。
もし、「メールで返事がほしい」という方がいらしたら、ひとことメルフォの下のMailのアイコンをクリックして、そっちのメールフォームを使ってください。アドレス記入欄がありますので。そうしていただいたら、メールにてお返事させていただきます。

…最近、新しい読者サマが増えてこられたようなので。
ちょいと書かせていただきました。


ネチケットとか、色々言われていますが。
…要はね。

常識と良識をもってカキコすれば問題ないわけです。

分からないことがあれば、そのページの注意書きを探して読む、もしくは管理人さんにお尋ねするなど、行動してみることです。
危険なのは、自分勝手な思い込み「これくらい…」という甘えでしょうかね。
黙ってヒトサマの作品を持ち帰って自分が書いたような顔をしたり、キリ番を取りたいがために何度も更新ボタンを押して(知人のサイトで100以上ひとりで回したバカタレがいるそうな…)みたり…。
そのサイトの管理人さんが目の前にいる時、同じ行動ができるでしょうか?
それと同じです。

…でもま、堅苦しく考える必要も無い訳です。
ウチのサイトに限って言うならば、私の文章を読んで、共感してくださる方は同じ「萌え同志」…な訳ですからvv
同志との「萌え話」は大好きです♪おしゃべりBBS見ていただいたら分かりますが、好きなモノに関してはとことんバカになりますから私(ははは…)。

幸いにもウチのサイトは皆さん礼儀正しい方ばっかりで、カキコやメールをいただくたびに、平は喜び狂っております♪(ひょっとして読者年齢層高いせい…?)
これからも、読んでくださる方にも、そして管理人本人も、やってて見てて楽しいサイトを目指して、活動して参ります♪
どうぞ、よろしゅう おたのもうしますぅ(ちょびっと京都風)



2005年01月24日(月) 『初春』5(リベンジ)

「着物って、苦しいって聞いてたけど、そうでもないんだね」
 肩にショールをかけてもらいながらヒカルが言うと、緒方は苦笑した。
「…まぁ、アレでも伯母様はプロだからな。普段着物を着ていないオマエでも、苦しくないように着付けてくれたんだろう」
「へぇ、美登里さんって、着付けのプロなんだ!」
「ああ。確か近所の着付け学校にも、たまに講師として呼ばれてるぞ。その帯の結び…変わり花文庫も、あのひとのオリジナルだ」
 緒方の言葉に、ヒカルは後ろの帯を見ようとする。…が、やはりうまくいかない。
「んー?よく分かんない。「ぶんこ」っていうの?コレ」
「…ああ」

 そして緒方はにやりと笑った。
「小さい子供に似合う結び方だそうだ」
 ヒカルの頬はむぅ、と膨れる。
「どーせチビだよっ!」
 17歳になっても160センチに届かないことを気にしているヒカルは勢いよく巾着を振り回し、緒方の先にたってずんずんと歩き始めた。

 ヒカルが歩くたび、帯が揺れて、裏地の鮮やかな山吹色がひらひらとのぞく。
 一段目の文庫の垂れをやや長めに垂らし、二つ目の文庫を小さく作って、本来の花文庫なら広げて立てるところを、ふくらませて一段目の上に「ちょこん」と乗せる、美登里がよく好んで結ぶ文庫結び。…最近は背が高い子が多いから、なかなか結ぶ機会がないのだとこぼしていただけに、今回ははりきったに違いない。嬉々とした伯母の様子が、目に浮かぶようだ。

(…正直…驚いたが)

…そう、まさに予想外だった。
 師匠に促されて視線をやったその先に。
 黒地に紅梅模様の鮮やかな着物を着たヒカルが、若葉色の帯を締めて、やはり紅梅色のショールをひるがえして駆けてきたのを見た時は。
 以前、写真撮影の時には自分がほぼ無理に着せたのだが。…まさか、自ら着物を着るなどと、普段の彼女からは想像がつかない。

…そう。いつもとは違う。
 ほんのすこし化粧がほどこされた肌。唇には紅をさして。
 すんなりと伸びた首とか、すっと自然に伸ばされた背中とか。

 ゆっくりとではあっても、蕾はいつか花開く。
――そのほころびを、目の当たりにしたような、気がした。

 裾をけたてて前を歩くヒカルは、まだ少女の色の方が強いけれど。



「……あ、そだ。緒方さ…ぅわっ?!」
 振り向きかけた少女が一瞬視界から消えかけて、緒方は慌ててバランスを崩したヒカルを抱きとめる。…なんとか、転んでしまう前に受け止めることができた。
「……大丈夫か?」
「う…うん。…アリガト」
「さっき師匠も言っていただろう。まだ所々に氷が残ってるんだ」
「…………」

 上から間近にのぞきこまれて、ヒカルは少し驚いた。
 何だか、緒方の腕にすっぽりおさまってしまっているような、そんな気がする。
 回された腕とか、背中にあたる肩とか、自分の手を掴んでいる、手とか。
 父親のそれよりも大きくて…広い。
 以前自分を包んでいてくれた…白い袖よりも、ずっと確かで。
 その腕と手が、自分をしっかりと立たせてくれる。

「…どうした?どこかひねったか?」
「ううん。ヘーキ」
 ぶんぶん、と無造作に降られる頭に、おそらく最初は綺麗にとかされていたであろう髪がますます乱れる。
 そんな様子に緒方は微笑むと、乱れた髪を直そうと手を伸ばした。
 …すると何かが手にひっかかり、髪からするりととれる。
「…あ。とれちゃった」
 ヒカルが慌てて落とさないように受け取ったのは、朱色の玉がついた、ちいさなヘアピン。
 去年の12月。女流棋聖戦の本戦出場を決めた時に、「みやげだ」と言って、緒方がくれたお菓子と一緒に入っていた。鮮やかで…しかしほんわりと柔らかい朱色が気に入って、今日も最後に髪を整える時に、つけてもらったのだ。

「…使ってたのか」
「うん。かわいいねって。美登里さんも褒めてくれたんだvv」
 小さなヘアピンは、ヒカルの手の中でコロコロと転がる。
 緒方が髪を整えてやると、もうひとつのピンが、センリョウの実のようにヒカルの黄金色の髪の間から現れた。
 緒方はヒカルのてのひらの上のピンを取り、もう片方にとめてやる。

 ヒカルは知らない。
――その朱色の玉が、本物の珊瑚であることを。

 緒方も、知らない。
――そのピンを、ヒカルがつけているのが今日だけではないことを。


「…よし。こんなもんだろ。もうよそ見するなよ」
「うん。ばーちゃんの着物、汚したくないもんね。ありがとう」

 ヒカルはにっこりと微笑むと、今度は先程よりも大人しく、歩こうと…した。

 彼女の幼馴染が彼女の視界に入るまでは。

「あかり〜〜っっ♪」

 …先程の言葉はどこへやら。ヒカルはまたしても、裾をけたてて駆けていったのである。
 置いていかれた緒方は一瞬呆然とし…くつくつと笑う。

「…まったく……長襦袢はおろか、裾よけすっとばして生足まで見えてるぞおい……」


…どうせ聞こえていないだろうが。
 緒方は苦笑しながら、ヒカルの後をゆっくりと歩いていった。



2005年01月23日(日) さっきまで書いてたんです続き…

……さっきまでね、書いてたんです。『初春』の続き。

あとワンシーン入れたら出来上がってたんです。

突然、画面が真っ黒になったかと思うと、パソコンに再起動がかかりました。

原因不明なんですが。


……めちゃめちゃショックです。
プチアクアは直打ちなので、もちろんテキストなんて残ってません。
一応話の流れは頭にありますが、もぉ真っ白。


…ちょっと立ち直れないので明日書きます………わーん。



2005年01月21日(金) 『初春』4(やっとこさ年明け。あけましておめでとうございます)

足音が、いつもと違う。
母のおさがりのピンクの草履は、新品ではなかったけれど。丁寧に履きならされたそれは、草履を履き慣れないヒカルが履いても殆ど痛みを感じなかった。

いつもと違う足音が、なんだかくすぐったい。
大晦日から、1日たっただけ……なのに。
道とか、空とか、空気とかが。
何となく新しくなったような気がするのが不思議だ。
そんな風に考える自分がおかしくて、ヒカルは肩からはおっていた紅梅色のショールの前を掻き合わせ、はあっ…と、両手に息をふきかけた。
息はすぐに白くなって、ふわふわとゆらいで消えてゆく。

「…やっぱ……寒いや」

そんな白い息にもくすりと笑って、ヒカルは再び歩き出した。
目的地の小さな神社は、もうすぐだ。
じっとしていられなくなって、ヒカルはよしっ、と気合を入れると、裾をけたてて駆け出した。
一応、着物姿なので小走り…ではあるけれど。









「…「飛梅」ならぬ「駆梅」かな…」
「は?」

師匠がぽつりと呟いた言葉に、緒方がけげんな顔をして師匠を見た。
――果たして師匠は、神社内ではなく、鳥居の外を見つめて、微笑んでいる。
「…見なさい。早咲きの梅が…駆けてくる」
「……………おやおや」
師匠の視線を追って……そこに緒方が見つけたのは、紅梅模様の着物を着、同系の色のショールを巻きつけ、赤い巾着をポンポンと揺らしながら元気に駆けて来る黄金色の前髪の少女だった。

「やっぱり!向こうから見かけてまさかと思ったけど、塔矢先生だぁっ♪」
少女はずれて落ちそうになったショールを肩からしゅるりと落として片手にくるくるっと巻きつけると、はぁはぁと弾む息も整えず、ぴょこん、とおじぎをした。
「あけましておめでとうございますっ!塔矢先生」
出会った頃と変わらない無邪気な子供の様子に、塔矢名人も顔をほころばせる。
「こちらこそ、あけましておめでとう」
ゆったりと礼をする様は、どこか貫禄があり、和服を着慣れた風情といい、やはり市井の者とは一線を画していた。

元気よく頭を上げたヒカルは、隣に立っていた羽織袴姿の人物が緒方と知って、目を丸くしながらぺこん、とおじぎする。
「あけましておめでとうございます。…緒方先生も…着物着るんだ……」
「…あけましておめでとう。…正月だからな。それに、これは師匠が見立てていただいた着物だ。塔矢門下の正月行事でな。こうして正月には、先生にいただいた着物でご挨拶にうかがうんだ」
「…ってことは、塔矢も?」
「いいや」
塔矢名人は首を振った。
「弟子に羽織袴を送るのは、成人式の時としているからね。あの子はまだ成長期だから、今から一式を揃えてしまってはもったいない。私の若い頃とは違って、そう着る機会もないだろうからね」
そう言いながら、名人はヒカルの姿を改めて見て、目を細めた。

「…私も驚いたよ。よく似合っているじゃないか。良い着物だ」
「…へへ……そう…?……デスカ?」
ヒカルはちょっと照れくさそうに微笑みながら、改めて自分の着ている着物の袖を眺めてみる。
「着物はばーちゃんのなんです。草履はかーさんからのお下がりで、帯は着付けてくれた美登里さんから借りて……」
「美登里伯母さまが?」
「うん♪」

ヒカルが締めている帯は、着物の地紋の黒、そして紅梅の赤とは対照的な、明るくて柔らかな若葉色のものだった。その若葉色の地に、黄色い麻の葉模様が入っている。その帯が可愛らしく変わり花文庫に結ばれていた。
名人にとってはなつかしいその結び。
…出会った頃の妻が、よく結んでいたものだ。

――ヒカルとはじめて出会った時は、少年と見まがうような小さな子供だった。
しかし子供はしなやかに成長して、今、自分の弟子の目をひきつけるまでになっている。
囲碁の力も。その容姿も。
(…おそらく……本人は無意識なのだろうが)


ヒカルは無邪気に笑いながら、小さな箱型をした、鹿の子絞りの赤い巾着を揺らして緒方と話していた。

「ところで…進藤くん。参拝はまだのはずだね?」
「…あ、はい。今神社に来たばっかりです」
名人は頷いた。
「緒方くん」
「はい」
「進藤くんについて行ってあげなさい。確か参道や橋が所々凍っていた。ひとりでは危ないだろう」
「…はい。しかし……」
ためらう緒方に、名人は微笑む。
「アキラなら、もうすぐ芦原くんと帰ってくるだろう。門下生も挨拶に来ている頃だ。彼らと先に帰っているよ。」
「分かりました」

名人はヒカルを見つめた。
「進藤くん」
「はい」
「3日の日は、私の家で碁の打ち初めをする。気楽な席だから、時間があるなら顔を出すと良い」
「え?!良いんですか?オレ、門下生じゃない…んですけど」
つっかえそうになりながら、なんとか丁寧語を付け足したヒカルの様子に、緒方は内心冷や汗ものだった。
「…むしろ3日は門下生以外の方が多いな。…毎年そうだね?緒方くん」
「はい。囲碁なしには三が日も明けない…棋士ばかりですね」
苦笑して答える緒方に、ヒカルは納得したように呟いた。
「つまり囲碁バカ……?」
「コラ」
こつん、と軽く緒方に叩かれる。
首をすくめるヒカルに、塔矢名人は声を立てて笑った。
「まさにその通りだ。明子も、ぜんざいを用意して待っているよ」
「絶対行きます!」
ヒカルのきっぱりとした答えに、緒方はやれやれ、とため息をつき、名人は楽しそうに微笑む。
「…待っているよ。さぁ、せっかくの初詣の途中なのに引き止めて悪かったね。行っておいで。緒方くん、頼んだよ」

「は〜い。行ってきま〜す!3日、絶対おじゃまします♪」
「(コイツは…)…はい。では後程……」


2人は名人と別れ、神社へと歩いてゆく。
歩きなれないヒカルの歩幅に合わせてゆっくり歩く弟子の姿が、妙に微笑ましかった。気が向く相手にしかそういう気遣いを見せない弟子の性格は、よく承知している。
…つまり、彼女は、「そういう」対象なのだろう。

「…後で、アキラは怒るかもしれんな……」

――彼女の晴れ姿を、自分と緒方だけが目にした、と知ったなら。
彼らが向かった正面の参道とは別の脇道から、アキラと芦原が向かって来るのが見える。
しかし、彼らは気づかない。


遠目に、緒方はヒカルからショールを受け取り、彼女の肩にかけてやっていた。
何事か、言葉を交わしながら。
……そして、ふたりは人ごみにまぎれていった。



2005年01月20日(木) よし、決めた。

今度のお休みの日、思いきり本屋めぐりしちゃる!

…なんかもう、ずーっと仕事関係の活字しか読めてないので……。(かなしー)
先日の休みも、祖父の年祭で琴平にかえってすぐとんぼ返りしたし、その前日なんて、姫路のホテルとってじったりネタを練るはずが、結局仕事持ち帰りで、徹夜で校正してたし…(泣。終らずに早朝の列車の中でも続行。…おかげで酔った……)

こう、どっぷりとねー、漬かりたいんですわ。(現実逃避?)
考えたり構成をしっかり組立てて書きたいものがあるのに、その考える時間がなく、僅かな時間では疲労回復のためにしか頭が働かない、というのはねー。はうう。やはり年か。
…でも昔は、話一本書くのに、おそろしく時間をかけていました。ラフからプロット立ち上げて、下書きして、そこから清書……急いでたら一回。時間とれるなら二、三回……。
今のパソコン直打ちしてるのなんか、信じられないですよ。(短編書くの激苦手だったし……)
妄想を沸かすだけだったら、それこそばっつんばっつんはじけてくるのですが、それをどう「話」にするかは、やっぱり時間がほしいのです。
シリアスだったら余計に。


ついでに、読まなくなった古本や同人誌も売りに行こうっと。
午前中は、まったりして、洗濯して、部屋の掃除とかして…。あ、朝マックもひさしぶりにしたいなぁ。買ってこよっと。



2005年01月18日(火) 『117』(遅れたけれど緒方さん誕生日小ネタ)

それは。ひんやりとした、冬の朝。

空調も床暖房も効いている筈なのだが、窓は白く曇り、そこからじわりと床を伝わって寒さがしのびよるような気がする。

いつもなら聞こえる北風の音も聞こえない。

いつになく、静けさが漂う朝だった。


「……緒方さん…?おはよー」

「ああ」

ヒカルが寝室からパジャマのまま、眠い目をこすりつつ緒方に声をかけたが、
彼は、ソファに座ったまま、ぼんやりと応じただけだった。

「…………?」

緒方にしては珍しく、まだ着替えてもいない。彼もヒカルと色違いの、黒のパジャマを着たままだ。
そしてコーヒーが入ったカップを手にしたまま、口をつけようともせずに、じっと大きなテレビ画面を見つめている。

「あ……」

そこに映し出されていたのは、一瞬で廃墟と化した、美しい港町。
きらびやかな街の明かりも、人々が働くビル街も、まだ家ですやすやと眠りに落ちていた家族も………。

なくなった、あの時の映像。

空からのそれは、次々と上がる火の手と黒煙を映し出す。
――見えてはいても、何もすることができず。
広がってゆくだけ。
黒く焼けていく、焦土が。

何とかできないのか。
消防車は?水は?!

人が屋根の下でつぶれているという。
走る大人。泣く子供。
早く、はやく助け出さなければ。
――動かない、屋根の木材。
その下に。


「……神戸…?」

ヒカルは、ソファの緒方の隣にすべりこむように座った。
画面を見たままで。
緒方も、また。

「……ああ」

…ふたりの目の前に映るのは、「あの時」の映像。
そう。これは過去の出来事。
しかし忘れられない、あの日のことを。

ヒカルは、膝を抱えたまま、ことん、と緒方の腕にもたれた。
それを感じて、緒方はコーヒーをテーブルに置くと、ヒカルがもたれる腕をそっと引き抜いて、肩を抱き寄せる。

ふたりが触れ合う、そこだけが、ほんのりとあたかい。


――あの日を祈る人々は、竹の中のともし火を守っていた。
冷たい雨の、中で。
この、「117」の灯りを、絶やさぬように。


「1月17日か……」

ヒカルは、緒方の胸に頬を寄せて、囁いた。

「……緒方さんの、誕生日でもあるんだよ…。…忘れてた?」

「…そういえばそうだったな」

「うん。…たんじょうび、おめでとう」

ヒカルの言葉に、緒方はひっそりと苦笑する。

「…おめでとうという日でもないだろう……」

――多くのひとの命がなくなった、こんな日に。


「ちがうよ」

ヒカルは、緒方からテレビの画面をさえぎるように起き上がり、緒方の膝に乗り上げた。そして正面から、彼の顔を見つめる。
そしてふわり…と微笑むと、ヒカルは緒方の首に腕をまわして、抱きついた。

「ヒカル…?」

思わず緒方もヒカルの背に腕をまわす。
…いいや。それは無意識にぬくもりを求めたのかもしれない。
この腕の中に。

「ほら……あったかい」

耳元で囁かれる、やさしい響き。

「俺にこのぬくもりを伝えてくれたのは…緒方さんだよ」

いつも。いつも。
気がつけばそこにある、大きな手。
前を向けば待っている、広い背中。
飛び込んでも受け止めてくれる…腕の中。

「…1月17日は…あの地震が起こってしまってから、悲しい日になってしまったかもしれないけどさ」

――テレビは繰り返す。あの日の惨劇を。

「俺にとっては……緒方さんが生まれた、大事な日で」

――なのに。この腕の中の彼は、どこまでもあたたかくて、優しい。

「しかも緒方さんと初めて出会った、記念日」

ちょっとすごい出会い方だったけど。…そうくすくす笑う息遣いが、耳元でくすぐったい。

「ヒカル…」
「なに?」

緒方が呼ぶと、ヒカルは少しだけ身体をはなして、恋人の顔をのぞきこんだ。

「……………」

言葉にしようと、口を開きかけても。
言葉に、ならない。

そんな彼を見て、ヒカルはふ、と微笑んだ。
どこか泣き出しそうな表情で。


「忘れないで」


そう言ったヒカルを、緒方は衝動のままにくちづけた。


――わすれないで。
         自分が生まれた日を。
――わすれないで。
         アナタが生まれなければ…今のぬくもりもないのだと。
――わすれないで。
         この日が、はじまりだから。



ヒカルも緒方にしがみつき、声もないまま。
むさぼるようなキスだった。
どうしようもなく、お互いのぬくもりがほしくて。
――それが、愛しくて。


かすかな音をさせて、ふたりの唇がはなれる。
けれど名残を惜しむかのように、触れるだけのキスが何度も繰り返された。

…そして、その合間に、ヒカルが囁く。

「……たんじょうび、おめでとう」

それからまたキス。少しだけ、音をたてて。
お返しにキス。ついばむように。

「ありがとう………」



それは、ひんやりとした冬の朝。
テレビでは、どこかの教会で賛美歌が高らかに歌われていた。



2005年01月17日(月) 間に合いません…

どーにかこーにか日付変わる前に部屋にもどってきました。
…ははは……ホントにここんとこ残業天国だー(泣)

………えーん。

今日緒方さんの誕生日なのに〜。

早く帰る筈が、予定が狂いまくりました(ToT)。

何とかして、明日には……
なんとか、したいなぁ。(実はまだプロットが固まらない…)



2005年01月13日(木) 書きたいけれど…

ううう。早く続き書きたいんですけど『初春』の続き。
でも立て込む仕事とごたつく実家……おかげで、書くだけの集中ができないでいます(>o<)
おかげですぐに書けるSSSに反動が……。

うーむ。もうすぐ17日で緒方さんの誕生日なのになー。
なんとかしないと!



2005年01月09日(日) あー楽しかった〜♪

はい。イベント行ってきました。
いつもながら、友人のサークルの手伝いです。
交代で売り子しながら、遠くの友人から送られてきた希望の同人誌わ購入すべく奔走し……。
一ジャンルでぶ厚さ20センチ以上なんだからすごい。(一万以上…)
……いやその。そうした原因は私なんですが。
ええ。シャアムに転ばした彼女からの注文です。
別ジャンルの購入はもう一人にまかせていましたが、まー量が多いこと!
おかげでTurnerさんとの待ち合わせ30分遅くしてもらいましたのことよ(苦笑)。

まーそんなこんなでTurnerさんと合流♪
ぶらぶらとヒカ碁サークルを回り、オガヒカを購入♪
今回はいつもに比べたら結構ありましたvv。
…といっても大して冊数ないんだけど。
新しいサークルさんも発掘できましたし。奥付見たら、サイト運営されているようなので、また今度行ってみようと思いますvv

会場を出てから、Turnerさんとごはん食べながらオガヒカ話にふけりましたvv
…でも、そこの店のメニューにあった「ハリハリポッターサラダ」…には絶句しました。(何のこたない、水菜を使ったサラダ。水菜を使った鍋を「ハリハリ鍋」って言うでしょ?ネーミングはそこから…らしいが。何ちゅうセンス……)
今後の展開についてもイロイロ話ましたが、それについてはいづれ形になるだろうから今はナイショvvというコトで。
ごはん食べた後、波止場に出てみると、これが海風が気持ち良い!
のびのびしながら帆船をみつけてはしゃぎまくった平です。
…そんなこんなで話してたら、(当然オガヒカ)Turnerさんのおかげで、寒中見舞い用のネタが完成。キーワードは「3連発」です。お楽しみにvv
大笑いしながら妄想をひろげるふたりでしたが、ここで、ATCのファンシーショップで、あの「しろたん」がイチゴの被り物をしてころん、って寝転んでるじゃありませんか!!
あまりの愛らしさに携帯でパチリ。後で、しろたんを愛するいのサマに送ろうと思ってます。
そこから、ゲーセンスペースに行って、「太鼓の達人」を楽しみましたvv平はこのゲームが大好きで、Turnerさんにもほぼムリヤリ付き合ってもらっちゃいました(笑)。
ここでも平の妄想が暴走しまして。
「塔矢門下と森下門下で、「太鼓の達人対決」やってほしいですね〜♪」
…なんて話し始め。

一回戦、緒方vs和谷。
→若い和谷有利と思われたが、曲を決める権利を緒方が取り、選んだ曲が「ジンギスカン」(爆笑)。和谷、曲を知らず、緒方の勝ち。

二回戦、芦原vsヒカル
→ヒカルが選曲。芦原も知っている曲ではあったが、選んだ曲は「摩訶不思議アドベンチャー」。レベルの高さに芦原撃沈。ヒカル圧勝。
何のこたない、ヒカルは記録の上から三番目に名前を残すほどの、正真正銘の「達人」だった。

最終戦、塔矢名誉名人vs森下九段
→双方ともにヤル気満々。特に塔矢名人はたすきがけまでする気合の入りよう!
選曲をまかされたのは緒方精次。そして…彼が選んだ曲は……
「ドラエもん音頭」
さぁ、いよいよクライマックス、注目の決着はどっちだ?!

…なんてことを、勢いのまま語りまくり、Turnerさんを大笑いさせたのでした。


そんなこんなで、今日一日、すっごく楽しかったです!
さぁ、明日もがんばるぞー!



2005年01月07日(金) 正月行事終了〜〜!

やったー!本日の七草粥で、正月の行事ラッシュはとりあえず終了です♪
いやもう、今年の七草は寒かった…。
4日の七草摘み(田んぼに行って本物を摘みます。……3000食分………)では、雪こそとけていたけれど、足元がべちゃべちゃ〜(泣)。
寒風は容赦なく吹きつけてくるわで、いやもう、寒かった……。
しかも、毎年いやって言うほど取れるハコベが今年は少ない?!
セリも、いつもの所には生えてなくて、皆で川ぞいを探し回りました。
笑えるのはナズナ。
田んぼにはナズナが少ないか、あったとしても去年の年末の暖冬のせいで育ちまくって硬くて食べられないという悲惨な状況だったのですが。
係員の知人が丁度農作業で近くのハウスに来てまして。あいさつに立ち寄ったら、ハウスの中に育ってるわ育ってるわ。
……ナズナが。
雑草として。(爆笑)

雑草ですから、「取らせてほしい」とお願いしたところ、快く承諾をいただき、まるで栽培したかのように綺麗な、まさしく「温室育ち」のナズナが手に入ったのでした。(大笑)

集めた七草は、ゴミや枯葉を取り除き、洗ってから翌日の刻みに回されます。

そして6日はひたすら刻むべし。
トントントントントントントントン…………
この作業はけっこう楽しかったりするのですがねvv
そんでもって、7日当日のため、七草粥を広間の本席でいただいてもらうための準備や、外のテント席で気軽に食べてもらう席の準備や、お茶席の準備をする訳です。…私は今年もお茶席……とほほ…苦手なのに………。

そして7日!
市民や来苑者の皆さまに、七草粥をふるまう訳です。
テレビや新聞の取材も来ていたようです。…ま、毎年のことですからね。
朝6時からずーっと、お茶席でお菓子を運んだりお茶を点てて運んだりお点前をしたりと……お茶室にこもりきりです。(苦笑)
片付け終了が夕方5時……いやもう、今日は一日が長かったです。(苦笑)

もー、こんだけのコトしてますから。
いつか七草粥の一連の大騒ぎをネタにしてやろうと画策中。(過去、このノリで『月光』書きましたからね…)


大晦日に寝込んだりしたけど、相変わらずのドタバタ年末年始はこれにて終了!
さーて、明後日はいよいよ大阪のイベント行くもんねーっ♪
んでもってお茶会だお茶会♪

楽しいことを思う存分楽しんで、その後の会議ラッシュに備えようと思います(苦笑)。



2005年01月06日(木) 『初春』3(女の子ヒカル。着物のうんちくしかないかも…)

「……まぁ…良い着物」
美登里はたとう紙から取り出された古風な着物に、目を細める。
彼女たちの目の前に広げられたのは、ヒカルが選んだ黒地の着物だった。
同じ黒でも、それぞれに違う糸を使って、微妙に光沢の違う縦の縞模様を浮かび上がらせている。その縞の間には、光る糸がアクセントとして織り込まれ、地の色に変化をもたらしていた。そんな洒落た黒の地紋に浮かび上がるのは、友禅で上品に染められた、大小の紅梅。開いた花の真ん中には、控えめにではあるが金が置かれ、華やかさを添えている。
大胆な色使いながらも、どこか落ち着いた雰囲気のあるそれ。

「でしょvvオレ、見た途端すっげ気に入ったんだ〜♪」
ヒカルは横でにこにこと上機嫌だ。
そんな彼女の様子に、美登里はにっこりと笑った。
「ええ。きっとよく似合うよ。…丁寧にとってあって、痛みも少ないし。お母さん、大切にお手入れされてらしたんですねぇ」
関心したような女将の言葉に、美津子はかえって慌てた。
「い、いえ…これは私のではなくて、姑……ヒカルの祖母のものなんです。私の着物ではこの子に似合うものがなかったので、夫の実家から…」
自分は着物などごく稀にしか着ないし、着るとしてもいつも着付けてもらって、その後はクリーニングに出して返ってきたのを箪笥にしまう程度なのだ。手入れなんてできる訳がないし、知識もない。
恥ずかしそうな美津子の様子に、美登里はころころと笑った。
「…まぁ。ますます素晴らしいじゃないですか。お祖母さまのものなら、この着物は昭和の初めくらいのものかしら」
「はい…そのくらいにはなると思います。…でもこんな古い着物、お正月に着ても良いものなんでしょうか。普通はもっと…華やかな、振袖とか……」
美津子の言葉に、呉服屋の女将はゆっくりと首を振った。

「いいえ」

そして彼女はゆっくりと、まるで宝物を扱うかのように着物を取り上げた。
「振袖は確かに未婚女性の正装ですけれどね。――ヒカルちゃん、ちょっとこれ軽く羽織ってごらん」
「はーい」
美登里は立ち上がると、前に立ったヒカルに着物を着せ掛ける。

「初詣に行く時なんかは、そりれこそ人ごみの中に出かけるんですから、ほんのちょっと、「おでかけ」くらいの感覚な着物の方がよろしいんですよ。長い時間歩く訳だし、大掛かりな格好したら、着ているだけで疲れちまいます」

美登里は話しながら、その着物がヒカルによく映る事を確認して、満足げに頷いた。

「ほんとによい品だこと。…さ、ヒカルちゃん、もういいよ。奥の冷蔵庫にしょうがのはちみつ漬けを置いてあるから、お湯で割っておあがりなさい。あったまるし、良い香りだよv」
「やったぁ♪」

ヒカルはするりと着物から抜け出すと、勝手知ったる様子で奥に駆けていった。
「…こ、これ、ヒカル!」
慌てる母親だったが、ヒカルはもうその場にはいない。
そんな様子に、美登里はくすくすと微笑った。

「…それにねぇ……。まだ着物に慣れてもいないヒカルちゃんですよ?あんな調子で駆け回るのに、振袖着せてごらんなさいな」
美登里の言葉に、美津子は頭の中で娘に振袖を着せてみた。
…そしてため息、ひとつ。

「……いつ袖や裾を汚すか気が気じゃないです……」

思わず漏れる本音。
あまりに正直な言葉に、美登里はぷっ、と吹き出した。
「……でしょう?お母さんの気苦労も増える、染み抜きのお金も余計にかかる、こちらとしては、あまり勧められませんよ」
さばさばと言いながら、美登里は手際よく着物をたたみ始めた。
そんな美登里の様子に、美津子は少し安心する。
相手は呉服屋なのだ。着物を売ってこその商売である。「この際、娘さんに新しく振袖を…」なんて、高いものを勧められるのではないかと危惧もしていたのだ。
…しかし彼女は一向にそんな発言はしないばかりか、こちらのことまで細かく気を配ってくれるのだ。

「商売っ気を出させてもらうなら、どちらかというとお母さんに作っていただきたいんですけどねぇ?」
いたずらっぽい美登里の微笑みに、つられて美津子も笑った。
「…ええ、その時には相談に乗ってください。…でも、ウチは庶民だから、そんなに高くないのを」
「あら。庶民が楽しんでこその着物ですよ。世間じゃ高いばっかりのものがよく目をひいていますけどね、安い値段でも楽しめる着物や、汚れても自分で洗える化繊の生地だってあるんです。自分なりの楽しみや着方があるんですから、それに合わせたものを選んだらよろしいんですよ。…最近は、若い子の間で昔の着物が「アンティーク着物」なんて流行しているらしくてねぇ。大正や昭和の頃のモダンな柄が好まれていますよ。……この着物だって、ちっょとしたアンティークですよ」
「……え?」

ただの古い着物、という認識しかなかった美津子は改めて目の前の着物を見つめる。
「…ほら、この地紋の黒が縦縞になっているでしょう?これは錦紗と繻子を交互に縦に織り出してあることで、黒の質感を変えてあるんです。昭和の初期の頃でも今でも、珍しい…そして昔ながらの丁寧な織りですよ。しかも同じ幅の縞ではなく、色々に変化をつけて……。それにラメ糸をところどころに入れて、単調になりがちなところにちょいと洒落っ気を出したりしてね。柄はそう珍しくもない古典柄ですけど、こんな洒落た……しかも黒の地に紅梅を散らすなんて、何とも粋じゃないですか。こんな良い着物、ちょっとありませんよ。……それに」

ここまで話して、美登里はふふ、と微笑んだ。
「亡くなったお祖母さまは、お祖父さまに随分、愛されておいでですねぇ…」
「…そう…なんですか?」
美津子の疑問に、美登里はええ、と頷く。
「この着物は正絹……絹でしょう?絹に限らず、天然素材のものは虫がつきやすいし、しまっておくのにも湿度や温度など、気を使うことが多いんですよ。たまに風を通してあげないと、折ったところから糸も弱りますしね」
要は面倒ともいいますけどね。…と、美登里は苦笑する。
「この着物は、古いものでありながら、虫食いもないし、痛みもそれほど見られません。…きっとお祖母さまが娘時代に着られたものでしょうけど、大事に、大事に着ておいでだったのでしょうね。……そしてそのお祖母さまが愛した着物を、お祖父さまは大切に、大切にとっておかれた。そんな「気持ち」が、この着物にはいっぱいに込められていますよ。幸せな着物だこと……」

「…………………」

美登里の説明に、美津子は改めて着物に手をふれてみた。
さらさらと、着慣らした感のあるやさしい手触り。糸の違いからくる微妙な違いも、言われてみればよく分かるような気がする。
細かい心配りのされた、一枚の着物。
思いがあふれる、一枚の着物。

…自分の着物も、そうやって、母がいろいろと考えて、持たせてくれたのだろうか。
…そう思うと、美津子は帰ったらもう一度自分の着物を出して見たくなった。
(お正月には、ちっょとがんばって一人で着てみようかしら)
帰りに、分かりやすい着付けの本を買いに行こう、そう思った。
(…あの人、どんな顔するかしら)
きっと驚くであろう夫の顔を、思い浮かべながら。










「かーさん?何か良いことあった?」
ヒカルが美登里と母のぶんのしょうが湯を入れて持ってきた時、母は美登里とあれこれ話しながら、様々な色の帯を着物の上に置いて選んでいた。
その表情が、どこかしら柔らかいのに気がついたのだ。
「何話してたの?」
美津子はふふふ、と微笑んだまま、答えない。
美登里も同じ。
なんだか仲間はずれにされたような気分がして、ヒカルはむぅ、とふくれた。
「なんだよ、もぅ〜////」
そんな娘に、2人はくすくすと笑う。
「ヒカルちゃんがこの着物を着てくれて、お祖母さまはきっと嬉しいだろうねって、そう話してたのさ」
…ね?と美登里が目くばせすると、美津子もにっこりと微笑んだ。

「ヒカル、初詣には、私の草履を履いて行きなさいね。履き馴らしてあるから、歩いても痛くないと思うわ」
「いいの?」
ヒカルは美津子の肩に腕を回して、背中にもたれかかる。
「ええ。母さんはこちらで新しいのを買うから」
「え〜ずるい〜〜」
「良いじゃない。アンタはこちらで帯も借りて着付けてもらうんだから。母さんはがんばって一人で着るのよ?」
「かーさんもお正月に着物着るの?!」
「そうよ。…後でお祖父ちゃんにも一緒に見せに行きましょう」
「うん!」


そんな母娘の会話を、美登里は微笑ましく眺めていた。
…後で、美津子に似合いそうな足にやさしい草履を出さなくてはね、と思いながら。



2005年01月04日(火) 『初春』2(女の子ヒカル)

着物を包んだ風呂敷を抱えて助手席に座ったまま、ヒカルは何かを思い出したようにぷっ、と吹き出した。そのまま下を向いて、くすくすと肩を震わせる。

「ヒカル///もういい加減に笑うのやめなさい//」

車を運転しながら、美津子はそんな娘の様子に、少し頬を赤らめてきまりわるそうにたしなめる。
「……だって…なんかさっきの思い出しちゃって………」
くすくすくす。ヒカルの笑いは止まらない。
「まったくもう、誰のせいだと思ってるの?!」
「はーいはい。大雪降るようなコト言ったオレのせいだよ〜。…あ、次の信号左ね」
ヒカルはなんとか笑いをおさめた。何しろココは車の中。運転手の機嫌を損ねるのはやはりまずいので。













……時は戻って半日前。

ヒカルの爆弾発言に、軽いパニックに陥った美津子だったが、そうそういつまでもじっとしている訳にはいかない。なにしろ今日は12月30日。やることは山積みなのだ。
美津子はすっく、と立ち上がった。

「ヒカル」

「ふぁに(なに)?」

ヒカルはみかんを頬張ったまま母を見上げる。
美津子は真剣だった。

「初詣に着物を着せて振袖はお礼がいるのかしら?」


……一瞬の空白後、ヒカルが爆笑したのは言うまでもない。

我に返って自分が何を言ったのか把握した美津子は真っ赤になってうろたえたが、言ったことは取り消せない。笑い転げる娘をこづいて、照れ隠しに猛然と自分の押入れから着物を取り出しはじめた。
…しかし、彼女が持っているものをヒカルにあててみても、どうもしっくりこなかった。顔立ちは似ている筈なのに何故…?とふたりは首をかしげる。
そこで、今度は平八の家に行き、彼の妻…つまりヒカルの祖母の着物を見せてもらうことにした。今は亡い彼女は着物を好み、結婚前のものも大切にとってあるのだ。「いつかヒカルが大きくなったら、着せてやりたい」そう言っていた姑の言葉を、今さらながらに思い出す。
しかし彼女の若い頃ということは、昭和も初期の頃のもの。戦争を経て、痛んでいたりはしないか。そしてそんな古いものを、現代っ子の娘が着たがるのだろうか……そんな心配をしながら、平八に桐箪笥を開けてもらい、いくつかの着物を取り出した。
すると即、ヒカルは
「これが良い!」
とひとつの着物を選んだのだ。
それは黒地に、大小の紅梅が全体に散らしてある古典柄だった。袖もあまり長くはない、いわゆる「小紋」だ。正月なのだし、振袖を着るものだと思い込んでいた美津子は、そんな娘の選択に驚いた。心配していた痛みもなく、きれいな状態だが、やはり振袖のもつ華やかさ、というものには欠ける気がする。
自分が気に入ったのは総絞りの振袖だったが、いかんせん、ヒカルに羽織らせてみると明らかに大きかった。いくら多少のサイズの違いは着付けで修正できるとはいえ、これでは肩や背中の部分で縫い上げないと着られないし、そして直す時間もない。
…結局、着る本人が一番気に入っている黒地の小紋を選ぶことになった。
しかしここで困ったのが帯である。
古典柄とはいえ、黒地に赤い梅模様という大胆な色づかい。どのようなものを合わせれば良いのか、皆目見当がつかない。
平八も着物の事は分からない、というし、ヒカルに至っては問題外である。
行き詰まった挙句、取り合えず使わない着物を片付けはじめた時、ヒカルの携帯が鳴った。
「帯は貸してくれるって〜vv」
…どうやら、ヒカルに着物を着せてくれる、という人物かららしい。
「着物が決まってるなら、一度持ってきてほしいって。それを見て合わせる帯とか色々決めたいんだって」
まさしくこの状況では渡りに船の申し出だ。美津子は一も二もなく頷くと、ヒカルはさっさと時間を決めて、携帯を切ってしまった。
「夜7時以降だったらいつでも良いって〜」
「ヒカル、何で切ってしまうのよ。お母さんだって色々ご挨拶とかお礼とか…」
娘はぱちぱち、とまばたきした。
「なら今晩一緒に行く?そん時言えばいーじゃん」
あっけらかん、と言い放つ娘に軽いめまいを覚えつつ、美津子はその言葉に同意した。…というかするしかなかった。この分では、先方にどれだけの失礼を働いているか、分かったものではない。





…そんなこんなで、美津子は大急ぎで年末年始の買い物を済ませ、夕食の仕込み(後で暖めれば良いだけで放っておけるのでシチューになった)をした後、件の着物をたとう紙にたたんでから風呂敷に包み、ヒカルをナビにその着付けてくれるという人物のもとへと車を走らせたのである。


「あそこだよ」

ヒカルが指し示したのは、歴史のありそうな呉服屋だった。
大きな看板には、「あつみ」とある。

「呉服屋さん?!」
「そうだよ」
「そんな人とどうして知り合いなの?」
およそ普段のヒカルからは関連づけられない意外な場所に、美津子は驚いていた。
「二年前くらいにさぁ。オレ、カレンダーの仕事で着物着たじゃん。その着物を着せてくれたのがここで、今年の夏、オレととーさんが雨宿りして着物貸してくれたのが、ココの女将さん」
「何でもっと早く言わないのよ!」
「―?だって聞かれてないもん」

……正確には、違う。
その時に質問はしたが、こちらが答えて欲しい事柄と微妙にねじまがった答えが返ってきたきりだったのだ。例えて言うなら、キャッチボールをしようとボールを投げたのに、サッカーボールがヘディングで返されてしまった……そんな感じ。
美津子は呉服屋の前で車を停めて、大きくため息をついた。

(……そうだった…こういう子だった)

囲碁を始めて、プロになって。いろんな意味で成長はしたと思うわが子だが、この出たトコ勝負でどこかずれた天然さ加減はまったく変わっていないのだ。

……しかしそういう所が、意外に好ましく映る人物は意外に多いらしく。


暖簾の奥から出てきた着物姿の女性も、おそらくその一人であるらしかった。



2005年01月01日(土) あけましておめでとうございます。

新年、明けましておめでとうございます。
今年も平 知嗣ともども、サイト「AQUA VITA」をよろしくお願いいたします。
管理人が一番楽しんでしまっているサイトなんですが、
読んでくださる皆さまも楽しんでいただけたら、これほど嬉しいことはございませんvv
今年もヒカ碁中心でつっ走りますが、たまに思い出した時に別ジャンルの連載の続きもなんとかしたいな〜、…なんて思ってます。(←明らかにテンションが違うぞコラ)


…とかなんとか。
実は、30日の夜から夜を徹して食べたモノ全て吐きまくりましてね。
31日早朝には下り特急も入ってもぉヘロヘロ。
何とか午前中仕事に出たんですが、(だって熱はないし、ホントに吐き気と軽い腹痛だけだったんだ…)
「帰って薬飲んで休め」
…と強制送還をくらいました(苦笑)。
まる一日薬飲んで暖かくして安静にしていた結果、
本日1月1日には、多少のだるさは残るものの、吐き気もすっかりなくなり、(まだ大して食べられないけど…)今日は仕事に行くことができました。

…なので、『初春』の続きは3日以降になりそうです。
お友達サイトのお年賀回りもそれ以降になりそう……くすん。

何が原因か、全く分からないまま突如襲ったこの症状。
……なってから言われたんですが。
「今年の風邪って、腸にくるらしいよ〜」
……はい、身をもって体験しました……(とほほ)。
大人である私であれだけ大変だったんだから、子供なんかがかかったら大変だろうな〜。(子供に流行しているらしい。…私まだ子供……?)

皆さん、風邪には重々、注意しましょう。
何も悪いもの食べた覚えがないのに吐き気が止まらない時は、おそらく風邪です。
胃に何かあると吐き気がして苦しいので、私は吐くだけ吐いて水分だけ摂って薬飲んであったかくして寝ました。薬はね…えーと。医者に行けなかったので、我神散(胃薬。吐き気をなんとかするため)と正露丸(下りをなんとかするため)飲みました。後で偏頭痛もしたのでノーシンもプラス。まさしく薬漬け。
でもちゃんとよくなりましたよ。市販の薬だけでも何とかなるもんです。(ノーシン以外苦い薬の代名詞だ……)
しかし。
こんな無茶な治し方は、大人の体力あってこそです。
もしも子供がかかったら、迷わず病院に行ってください……。


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