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2005年07月31日(日) 事実

月末。

おやすみ。


2005年07月30日(土) 2200まんえん

イギリスの会社の主催する宇宙旅行に、日本人の女性が当選したそうです。
参加費用は、なんと1人2200万円。
実現するのは2008年だとか。

宇宙。
たしかに憧れはあります。
夜空の向こう側に行ってみたいとは思います。

でも、2200万。
220万円でも躊躇(ちゅうちょ)するでしょう。

22万円だったら………、考える。

ビンボーたれなワタシ。

ぷん。


2005年07月29日(金) 修了

ハイキングセミナーが修了しました。
5月末から始まって約2カ月。
我ながらよくがんばったなぁ、と思います。

セミナー仲間もできました。
このうちの何人かは、これからも「仲間」でい続けてくれるのだと思います。

最後に校長がさらりと言いました。

「仲間作りは、技術を超える」

きっと私は、この言葉をいつまでも覚えているんだろうな。
そんなことを考えながら、修了証書を見つめていました。

ありがとう。


2005年07月28日(木) 目に見えないもの

きょうも取材。

「目に見えないもののたいせつさ」を取材してきました。

取材相手は、阪神大震災で家屋全壊という被災を受けた人。
避難先は、近所の大学の研究室で、指定された避難場所ではなく、もちろん救援物資は届きません。

「そんなときに、学生たちがどこからか持ってきてくれた塩辛いおにぎりの味が忘れらません」

思わず目頭が熱くなりました。

震災10年。
町はどんどん復興してきて活気を取り戻してきています。
それでも、忘れてはいけないのが、震災のときに感じた「人と人とのつながり」だと、その人は言っていました。

震災当時、私は関西にはいませんでした。
でも、こうして10年経った今も、被災した人から話を聞くことは、とても大切なことのように感じました。

震災後、10年経った神戸。
市ではなく、町単体としての小さな活動が、あちこちで展開されています。
震災は10年前の話ではなく、震災を通してできたつながりをずっとたいせつにしていこう。
その人の話には、そんな気持ちがいっぱいこもっていました。

きょうもいい取材。
ありがとう。


2005年07月27日(水) 驚いた顔

きょうは、ふたりの友のバースデーパーティー。
ごくふつうの飲み会をするから、といってふたりを誘い、もうひとりと企んで、イベントの内容を決定します。

内容といっても、花束をいつ渡すとか、どうやってふたりにばれないようにするか。

会場は、バースデーイベントをしてくれるところを選びました。
そして、集合間際にスペシャルゲストも参加することに。

このゲストが参加することになってからが、また打ち合わせの連続でした。
しかもメールで。

さて、本番はというと……。
それはもう、大成功。
ふたりの驚き方といったら、表現しようがありません。
とくに、スペシャルゲストが花束を持って現れたときのあの表情。
写真を撮れなかったのが、とても残念です。

サプライズパーティー。
いいですね。
あたたかくって。

おやすみ。


2005年07月26日(火) 小さな体

ずっと将来を見守っていきたい人がいます。
まだ18歳で、今年の春に看護学校に入学したばかり。

病院に勤めながら、看護師になるための勉強をしている彼女に久々に会いました。
どことなく、女子高生独特の頬のふくらみが取れてきたような気がするのは、仕事が大変だからでしょうか。
それとも、だんだんと「おとな顔」になってきているのでしょうか。

高校時代に比べて、自分から言葉をどんどん発するようになった彼女。
きっと、いろんな世代の人たちに囲まれて、社会人として成長していっているのだと思います。

勉強の面では苦労するだろうけれど、がんばってほしい。

きょうはつくづくそう思いました。
こんな小さな体でがんばっているのだから、私もがんばろう。

うんうん。

まずは、おやすみ。


2005年07月25日(月) 取材デー

ボランティアをしている人の取材でした。
パワーをもらってきた感じでした。

この人は「人を大切にする人」だな、と直感的に思いました。

取材でなくとも、「人と会い、人の話を聴く」っていいことだと思います。
その人の話し方やしぐさ、話しの内容で、その人の人生観が見えてきます。

たった1時間ほどの会話だけど、自分の人生観に影響を及ぼす瞬間にも出会います。

人の話をじっくり聴く。
なんの「正解」もない話を聴きだしていくのは、ちょっと難しいのですが、正解がないからこそおもしろい。

きょうも、いい取材ができました。
ありがとう。


2005年07月24日(日) 私が感じた「あたたかい何か」

きょう、感じたたくさんのことを、きょう、会えなかった多くの人に知らせたい。

そう思っていたけれど、書けません。
きょうの気持ちを、きょうのことを言葉にするには、私にはまだ時間がかかりそうです。

数日前、友がこんなメールをくれました。

「『彼』を知る人たちが、『彼』のことをたくさん話して、思い出してほしい。家族も友も、いつもより近くに『彼』を感じられる大切な時間だから」

もちろん、思い出さない日は、ありません。

でも、こうして『彼』を知る人たちが、1年に1度、ひとつのところに集まって、『彼』の思い出を語っていく。
悲しい気持ちも、悔しい気持ちも、いつまでもそのままそこにあるけれど、「あたたかい気持ち」にも触れることができる不思議さ。

数年前のお通夜の席で、私はみんなにお願いしました。

「彼の思い出を、分けてください」

人に語られる思い出は、さらに悲しみを呼ぶけれど、思い出を共有しあうことで『彼』が近づいてきます。
時には、語り合っているような錯覚にも陥ります。
その瞬間が、あたたかいのか?

そして、そのたびに、こうつぶやきます。

「カレガ、ココニイタラ、ワタシハ、ココニ、イナカッタノカ?」

そんな堂々巡りの悲しさを、きょうは、初めて吐き出しました。
その瞬間、「あたたかい何か」に包まれたような感覚に、涙がとめどなくあふれて、仕方がありませんでした。

帰り道。
きょう、感じた「あたたかい何か」を、私は、いつまでもいつまでも覚えているんだろうな。

そんなことを考えながら、ゆーらゆーらと自転車に揺られつつ、夜空に向かって「ありがとう」を繰り返していました。


2005年07月23日(土) 沢登り

滋賀県の琵琶湖の北側。
比良山まで、沢登りに行ってきました。
もちろん、ハイキングセミナーの実技のひとつです。

水恐怖症の私。
数日前から、かなり緊張。

「セミナーだからこそ、行かなきゃ」

と、いうことで、意を決して行ってきました。
1泊2日の沢登り。
私は、明日、予定があり、きょうだけの実技になります。

ます、5本指のソックスと地下足袋、それからわらじを履いて、浅い平坦の川に、じゃぶじゃぶと入っていきます。
ふだんは、水場があれば、またいだり、避けたりして、歩く道。
川はもちろん、橋、もしくは飛び石を渡って、水には入りません。

でも、沢登りは、積極的に水に入って、積極的に小さな滝や深いところを歩きます。

これがなんとも楽しい。
子どものころ、水たまりに入って叱られたときとはまったく逆です。

緩やかな坂になっている川を、上流へ上っていきます。
河原でバーベキューをしている人たちから、こぞって見つめられます。
それもそのはず。
両岸に、岸辺があるのに、川の中をじゃぶじゃぶと歩いている団体がやってくるからです。

最後は、まったく背の届かない川を泳いで渡りました。
私が5かきも6かきもしてぜいぜいいいながら平泳ぎで対岸まで渡ったのに、ほかのセミナー生は、3かきで渡りきっていたことは、ちょっと内緒です。

「えーー」
「え゙〜〜っ!」

を繰り返した1日でした。

夜はみんなで、キャンプごはん。
テント泊は、やっぱり楽しい。

団体行動も、いつもこう楽しいといいな。


2005年07月22日(金) やすみ

忙しい1日でした。
きょうのハイキングセミナーの座学は、休みました。

でも、明日は比良山で沢登り。
水キライの私。
ちょっと緊張しますが、がんばってきます。

おやすみ。


2005年07月21日(木) 体育館

子どものころ、私の兄は体が弱くて、母といっしょによくお医者さんに行っていました。
そういうときは、私はたいていお留守番。
隣の家に預けられたり、近所のパン屋さんに預けられたり、仕事を終えた祖母がいっしょに留守番をしてくれたりしていました。

体が弱いくせに、運動神経はとてもよくて、勉強もできて、友もたくさんいて、これで顔さえよければ、モテモテだったんだろうな、と今もよく思います。
いや、兄の名誉として追記させてもらえば、そんなに悪い顔ではありません。美男子でもありませんが。

兄とは正反対に、私は、クラシックバレエを習っていたからでしょうか。
子どものころから頑丈で、走ったり飛んだりするのが大好きで、生傷が絶えず、保健室でいつもヒビテンとオキシドール、それからバンドエイドがお友だち。

兄はといえば、全校集会で貧血で倒れて保健室のベッドの上にいることが多々ありました。


 私も、一度、保健室のベッドで寝てみたい。


小学校のころ、体育館で倒れた兄が保健室に運ばれる姿を見ては、いつもそう思っていました。
貧血で意識がなくなる感覚。
私にはまったくわかりませんでした。

昨夜、急に脂汗がにじみ出てめまいに襲われました。
気がついたら、家の玄関に倒れていて、どこかで打ったのでしょう。手足に生傷が数箇所。

それでもだれも私を保健室に連れていってくれる人はいず、大きな音がしただろうに両親も起きてこず、自力でベッドまで行きました。

 やっぱり小学校のとき、体育館で倒れたかったな。

そんなことを思いながら、すやすやぐっすりと眠りにつきましたとさ。

きょうはシャワーがしみるだろうな……。


2005年07月20日(水) 以前

生まれ育った町の市役所に行きました。
パスポートを申請するために、戸籍抄本をとりました。

私の本当の親は……、というショッキングな記載はまったくなく、私は紛れもなく両親から生まれた子だということが記載されていました。

いや、そんな話ではなく。
戸籍なんてもう何度も取っているし、それよりも、母ゆずりのまゆ、父ゆずりの目。母ゆずりの心配性、父ゆずりの「ずぼら」さ。
まさしく親子です。

いやいや、だから、そんな話ではなく……。

………。…。
もうどうでもよくなりました。

ホントは、高校時代に市役所に何度も通って、でも、力になってくれなかった「役所」の存在にほとほとあきれ返った、という話にまとめよう、と思ったけれど。

戸籍。

私の「思い出」の始まり以前が、そこに記載されていました。

おやすみ。


2005年07月19日(火) 大事な、こと

人の「価値観」はさまざまで、あまり立ち入らないようにしています。
でも、きょうは私としては控えめに、その価値観は間違っている、ということを言いました。

でも、後から考えたら、私もよく説教されました。

「お前、その考えかたは、やめろ!」

飲み会の席で、ほかの部署の上司や先輩に冗談で言った言葉を真剣にとられて、後に引けなくなったとき。
真剣に「説教」されました。

飲み会の席で説教。
聞いただけで、イヤかもしれません。
でも、私が就職した会社では、それは日常茶飯事のことでした。
翌日には、説教された側も説教した人も、ケロリとして仕事をしています。
でも、確実にその二人の距離は、縮まっています。

最後に勤めた会社には、女性が多いせいか、残念ながらそんな雰囲気はまったくありませんでした。
でも、しかるべきときにしかるべき場所で、しかるべき方法(言い方)で、後輩指導をしてきているように思います。

きょうは、久々に、価値観について「恐る恐る」意見をしました。
なぜ、「恐る恐る」かは置いておいて、さて、本人は、それを、どう、受け止めているのでしょう。

もしかしたら、本人は話のタネに「冗談」で言った言葉なのかもしれません。
それが、「説教」される環境を生んだのかもしれません。

結果のほうが、怖い、ですね。
とにかく、自分の言動には責任をもつことが大事、なのだ、ということで。

おやすみ。


2005年07月18日(月) 400円

登山道具ショップのバーゲンがきょうまで。
ということで、梅田まで買い物に出ることにしました。

山の我が家から梅田まで1時間半。
往復1000円ちょっとの交通費がかかります。

駅近辺の銀行で、預金を引き出すつもりで、片道のバス代だけを財布に残し、あとは貯金箱にちゃりんちゃりん。
お札はまったくありません。

行きのバスの中、うとうとと心地よい眠りに誘われながらの小一時間。
駅に着いて、さてまずは銀行でお金をおろそうと、カバンの中のカードケースを探しました。
………あれれ?

どうやら、カードケースは家に忘れてきたようです。
私は現金とカード類は別のケースに入れています。
いつもは、念のため、キャッシュカードを1枚だけ財布の中に入れているのですが、昨日のハイキングに備えて、なるべく財布を軽くしようと、いろんなものを、財布から抜き取っていました。
もちろん、キャッシュカードも。
………あらら、どうしよう。

財布の中味は102円。
登山道具屋さんに行っても、何も買えません。
いえ、それどころか電車にも乗れません。
いやいや、よく考えると、家にも帰れません。

う〜ん。
タクシーで家まで帰る手も考えましたが、それは最後の手段。
友に電話するにも、今は仕事中ですぐには出てこれないでしょう。
携帯電話がカード代わりにならないか考えましたが、そこまで便利ではありません。
とにかく私は、今、どこにも行くことはできません。

う〜んう〜ん。
どうしよどうしよ…。

こんな困った一市民を助けてくれるのは……。
交番!

ということで、無事に交番で400円を借り受けることができました。
いや、正確に言うと、おまわりさんのポケットマネーを借りてきました。

「交番には、お金はありませんよ」

と若いおまわりさん。
こういうときは、市役所に行くと500円ほど貸してくれるとか。

そうか。
今度から、市役所で堂々と借りよう。

それにしても、なかなかステキなおまわりさんでした(はあと)。



2005年07月17日(日) 嵐山から高雄まで

東海自然歩道を歩きました。
嵐山から高雄の高山寺(こうざんじ)まで。

曇り空だったけれど、蒸し暑くて、汗が吹き出て止まりませんでした。

途中、清滝の河原におりて、昼食。
狭い河原でしたが、水面が近くて涼しくて、いいランチタイムでした。

東海自然歩道は今回で何回目になるのでしょう。
今回は、急に歩くことを決めたため、最初はひとりで歩こうかと思っていたけれど、みんな、それとなしに予定をあけてくれました。

京都で、東海自然歩道の地図を見ながら反省会。
いずれ、延暦寺のあの急坂を登ります。

「ここを歩くなんて、驚きやなぁ」

友のひとりが言いました。
そして、みんながうなずきます。

こんな遠くもいっしょに歩いてくれるんだな。

そんなことを思いながら、いずれは到着する東京の高尾に思いが馳せます。

東海自然歩道。
もう、私だけの「旅」ではありません。
いずれは、ひとりで歩く道も出てくるだろけれど、でも、どこかで支えてくれる人がいます。

なんとなく、心強く思った「ビールタイム」でした。

おやすみ。


2005年07月16日(土) 自信と謙虚さ

きょうは、1日、取材デー。
疲れました。

取材自体ではなく「人」に。
自分に自信をもちすぎる「人」に。

自信をもつには、それなりの経験があってのことだけど、そのなかにも謙虚さを持ち合わせているのが、「日本人」の良さだと思っています。
「和」だとも思います。

多くは、語らず。

おやすみ。


2005年07月15日(金) ファミコン

きょうは、1983年に、任天堂が「ファミリーコンピュータ」を発売した日だそうです。

通称「ファミコン」。

ゲーム好きの兄妹だった私たちは、お金を出し合って「ファミコン」を買いました。
その後、そのファミコンは兄の部屋にばかりあって、私が使用することは1〜2度しかありませんでした。
買う前から予想はついていました。

でも、兄と共同で何かを「買う」ということが初めてだったため、いっしょに買うことに同意しました。

今となっては、いい思い出です。

ファミコンは、今はプレステ2になり、それから……?
私のゲーム人生は、プレステ2で止まっていますが、初めてファミコンで遊んだときのあの興奮は、忘れることができません。

おやすみ。


2005年07月14日(木) そんな日、こんな日

きょうはすっかり元気。
いえ、きのうも体は元気だったのですが、なにしろ〆切に追われていて、元気を発散できませんでした。

ということで、きょうはちょっとした大掃除ならぬ小掃除。
シーツや枕カバーなどを洗濯して、フトンを思いっきり干しました。
ふぅ、すっきり。

きょうは、そんな日。

こんな日があっても、いいんじゃないの?


2005年07月13日(水) 締め切り前のため

きょうの日記は、お休み!
仕事熱心な、ワタシ。


2005年07月12日(火) 筋肉痛2日目

きのうよりは、まし。
でも、おおいに生活に支障あり。

きょう、駅のエスカレーターが私の目の前で止まりました。
階上の駅のホームから車椅子の人が降りてくる様子。

「すみません。階段でお願いします」

という駅員さんに、思わず、

「いえ、動くまで待ってます」

………。
いいのだ、きょうくらい(^o^;

それでも「筋肉痛で……」なんて言えず、「ちょっと捻挫していて、アハアハ…」と愛想笑い。

あぁ、つらい。


2005年07月11日(月) ……の多い日記

あうぅ……。
もう、ダメ。
歩けない……。

そう、きょうは激しく…、筋肉痛。

もっと鍛えないと……。

………。
………………。
…。

がくっ。


2005年07月10日(日) 岩歩き。

阪急「芦屋川」駅に集合。
まさに高級住宅街の中を通り抜けて「六甲ロックガーデン」に向かいました。

きょうは、ハイキングセミナーの「岩歩き」の練習です。
あいにく朝から雨に見舞われましたが、「雨天決行」とのこと。気合を入れて、実技に向かいました。

いわゆる「芦屋の高級住宅街」を突き進んで、アスファルトの坂道を通り抜けると、いよいよ山道に入ります。
「ロックガーデン」と呼ばれる山。
想像以上に岩だらけ!
先頭を行くコーチの足跡を忠実にたどりながら登っていくのですが、なかなか同じようには登れません。
聞けばそのコーチ。
レスキュー隊にも所属しているとか。
思わずため息が出るほど、ひょいひょいと身軽に岩場を飛び回ります。

途中、鉄塔の下で「ロープワーク」の講習会が開かれました。
「細引き」というナイロンロープを使って、その結び方や使用方法などを学びます。
激しく雨の降りしきるなか、みんなであーでもない、こーでもない、と言いながら結ぶ細引き。
なんだかわからないけど、中学生くらいに戻った気分で、妙に楽しい(戻りすぎ?)。

それから、いよいよロックガーデンをあちこち散策。
「怖い〜、怖い〜」とつぶやきながら、でも安心感があるのは、やっぱりセミナーだからでしょう。
砂場の降り方、登り方、トラバース(斜面の横断)を練習……、いや特訓!
何度も何度も練習をして、これまた高校時代の部活を思い出しました(笑)

ちょっとくたびれてきたなぁ……なんて思っていたときに「そろそろ下山しましょうか」とコーチ。
ふぅ、よかった(汗)。

下山して、それから梅田で反省会。
あしたは久々に筋肉痛でしょう。
いや、絶対に筋肉痛です。

おやすみ。


2005年07月09日(土) あしたのために

あしたの装備を調べていたところ……。

あぁっ!
ないっ!!

何がないかというと、あしたは、ハイキングセミナーの実技。
六甲ロックガーデンに登ります。
必需品リストを見直していると、「地形図・宝塚」と書いてありました。

あぁっ!!
どうしようっ!!

地形図を置いている本屋なんて、近所にはありません。
ネットで地形図は見つかったけれど、なにしろ地形図ってサイズが大きくて家庭用のプリンタではうまく出力できません。

ということで、急きょ、梅田まで車を走らせました。
石井スポーツで地形図を買って、それからその近所のドラッグストアで、きのうの座学で学んだテーピングを購入。

あしたの実技は「岩歩き」。
私のもっとも苦手とする山歩きです。
いや、沢のほうが苦手か?

どちらにしろ、あしたはしっかりと岩の歩きかたを習得してくるつもり。
さて、そろそろ寝るとしますか。


2005年07月08日(金) 応急手当

金曜日は、ハイキングセミナーの座学。
でも、今月で終わります。

実技には、あんまり参加できないけれど、私が求めているのは「今」だけではありません。
このセミナーをきっかけに、今後も「つながり」をたいせつにしていきたい。
そう思っています。

きょうの座学は「応急手当」。
現役の「やまやナース」がおもしろおかしく、しかも簡潔にわかりやすく、そして短時間で講義をしてくれました。

仕事がら、知識だけは豊富な私。
でも、いざというときに実践できるか?というと話は別です。

きょうの座学の収穫は……、

・山で捻挫したときは、ハイカットの登山靴の上からテーピング
 →後ろから、こんこんと叩いて、痛かったら骨折を疑う。
・副木は、ストックやかさで補う
 →2関節にまたがらせて、副木をあてる
・出血していても「あんた、血ぃ、出てるで〜」と言わない。
 →かえって興奮してしまう(!)

などなど。

後半は、次々回の実技、キャンプの打ち合わせ。
オートキャンプかと思えるくらいに出てくる食材にちょっとびっくりしたけれど、でも、これもこのセミナーでしかできないこと。

たくさんたくさん。
楽しい思い出を作りましょう。

ね。


2005年07月07日(木) しゅざいデー

取材。
久々に病院の施設取材。

疲れた。
おやすみ。


2005年07月06日(水) 甲子園

甲子園球場に行ってきました。
そよそよと吹く浜風がとても気持ちよかったです。

久々に座るイエローシート。
応援の盛り上がりには、今ひとつ欠けますが、それでも、応援団が声を張り上げてとる音頭に、みんなそれぞれ好きなグッズで応援します。

選手の名前はほとんど知りません。
それでも、子どものころに兄から叩き込まれた野球のルールと、さんざんやらされた「12球団プロ野球ゲーム」、近所のおにいちゃんたちとさせられた草野球のおかげで、純粋に野球観戦を楽しみました。

ところで、阪神。
今、首位だとか?

先日、キッチンで母が新聞を読みながらつぶやいていました。

「……、優勝するかも、しれんなぁ……」

そして、Xデーは9月13日の巨人戦(長崎)だとか。
強い、ですね。阪神タイガース。


2005年07月05日(火) ぐったり日記

なんか、気分的にぐったり。

おやすみ。


2005年07月04日(月) 送り梅雨

雨が続きます。
梅雨だから、当たり前といえば当たり前。
でもちょっと激しすぎるかな。

「送り梅雨」という言葉があります。
梅雨の時期になる雷で、雷鳴が空にとどろけば、梅雨が明ける、と言われています。

ここ数日の雨は、雷は鳴っていなかったかな。
それとも、最近の異常気象で「送り梅雨」は鳴らなくなったのでしょうか。

古人が残してきた生活に密着した言葉も、環境の変化でどんどん生活に意味のないものになっていってしまうのは、仕方がないことなのでしょう。

それでも、日本人独特の「言葉の響き」の美しさを大切にしたいな、とあらためて思ったのでした。

明日は晴れるかな?
ちなみに明日のビール指数は、70、とのこと。
暑いみたいですね。


2005年07月03日(日) え・い・ご

ほぼ十年ぶりに再開した英会話の勉強。
といっても、テレビの英会話番組を相手に、ほとんどリスニングのみですが、3カ月経ちました。

十年前は、海外旅行が大好きだったので、1日中、英語を話す機会も年に1〜2度はあり、ふだんからも英会話教室に行ったり、日本を旅する外国人の旅行者にも積極的に話しかけたりもしていたけれど、今はそんなことはまったくしません。
いえ、できません。

去年、仕事で訪れていた姫路の駅で、外国人に英語でこんなことを質問されました。

「京都に14時に着きたいのだけど、私は何時くらいに、何番線から、どの電車に乗ればいいですか」

地元民でも駅員でもないのに、そんなのわからんっちゅーねーん!

なんてココロの中でつぶやきながら、そばにいた駅員さんに相談。
説明してくれた内容を英語で伝えようとしたら、あれれ?
言葉が出てきません。

もちろん、複雑なフレーズなんてもともと使えないのですが、簡単な道の説明は昔はできたはずなのに……。

かなりショックを受けたのをきっかけに、「英語の勉強をしよう!」と思い立ったのでした。

さて、その成果は……?
私に足りないのは、英語の勉強よりも、十年前にどこぞに落としてきた「度胸」だということに、きょう気づいたのでした。

久々に、海外一人旅、行ってこようかな。


2005年07月02日(土) あぁ

きょうも、へとへと。


2005年07月01日(金) かみなり

5月末から始まった「ハイキングセミナー」。
きょうで座学(講義)は3回目です。

きょうのテーマは「気象」。
天気図だか高気圧、低気圧だかを勉強してきました。
中学校の2年くらいで習ったような理科の授業を、さらにマニアックにしたような内容。

たとえば……、と話もできないくらい難しかったです。

でも、山で雷が鳴ったらどうするか!の話は理解できました。
雷は、金属に落ちるのではなく、地面から突き出しているものに落ちるそうです。

だから、なるべく身を低く。
でも、地面を伝って感電する場合もあるので、座り込まず、しゃがんだ状態で、雷が通り過ぎるのを待つ。

雨の日なんか登らない、なんて思っていますが、山の天気は変わりやすいもの。

きょうの座学も、なかなか勉強になりましたとさ。

おやすみ。


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