SS‐DIARY

2022年12月27日(火) (SS)指切り/塔矢アキラ誕生祭21参加作品



毎年、誕生日に指切りをする。

いつから始めたのかはもう忘れてしまったけれど、ケーキがあっても無くても、プレゼントがあっても無くても、喧嘩していてもいなくても関係無く、ぼくと進藤はこの日に絶対指切りをするのだ。



『一生裏切ること無く、他に心を移すこと無く愛し続けることを誓います』

小さな子どものように無邪気な行為だけど、内容は重い。

なのに今年はこれに更に『死ぬまで、死んでからも変わらずに添い遂げることを誓います』が付け加えられた。


「まるで寿限無だな」

指切りしながら小声で笑うと、進藤が「落語の?」と聞き返した。

「よく知っているじゃないか」
「知ってるよ。桑原のじいちゃんと、たまに寄席に行ったりするし」

あの呪文みたいなヤツだろうと言われて頷く。

「これから先もこんな風に付け足して行ったら、きっと同じようになるだろうね」
「ならねーよ、っていうか、どんだけおれ、おまえに信用ねーの?」
「それは、キミが浮気なんてするから」
「してないって! アレは誤解だって、ちゃんとおれ説明したじゃん!」
それでおまえも納得したじゃないかと言うのに苦笑する。
「まあ……一応ね」

それでもきちんと釘を刺さなくてはと思ったので指切りの約束を付け足したのだ。

「キミもぼくに不満があったら付け加えればいいよ」
「え?」
「キミとぼくの縁は長いものになる予定だし、キミもキミで不満を覚えたら、

キミの誕生日に約束に付け足して指切りするようにすればいい」

「おれはっ……別っっにっ! 不満なんて何も無いけど?」
「あったから浮気したんじゃないのか?」
「だからしてないって!」

進藤は憤慨したように言うけれど、ぼくからしてみればあれは少しだけグレーだった。

「まあ、それは本当の所はどうでもいいんだけど」
「はぁ? なんだよ、それ」


ぼくは、進藤がぼくのことを深く愛していることを知っている。
ぼくを絶対に裏切らないだろうことも解っている。

(それでも……だ)

天性の人たらしで人懐こい性格の進藤は、好意を向けて来る相手には無自覚に好意を返してしまう。

ぼくとしては、僅かでも彼が他者をその瞳に写すのが許せず、気にかけることが許せないと言うのに。


「これから先キミが色々やらかして、それにどんなに腹を立ててもぼくはぼくで自分で気の済むように処理するから気にしないでいいってことだよ」
「それって、寿限無が増えて行くってことだろ」
「まあね。それとキミのカードで買い物したり、物理的な報復もちゃんとする」

しでかしてくれたことにはちゃんと釘を刺すから大丈夫だよと言ったら一層渋い顔になった。

「おまえの釘って……なんか五寸釘臭いんだよなあ」
「お望みなら、丑の刻参りでもなんでもやるけれど?」
「やめろよ、おまえが言うと洒落にならない」
それでも進藤は指切りをしないとは絶対言わない。

約束事を増やすなとは、決してぼくに言うことが無いのだ。

「時々思うけれど、キミってマゾヒストの資質があるよね」
「単にお前がドSなだけだろ!」

おまえと居たらどんなヤツだってドMになるさと言われて今度は声を上げて笑ってしまった。

ぼくはとても狭量で、偏執的でもあるので、この先どんなに息苦しくなったとしても進藤を離してやることは出来ない。

恋人としても人としてもぼくは最低な部類に属すると思うけれど、それを拒まない、むしろ嬉々として受け入れている進藤もまた恋人として、人としてどうかと思う。

しっかりと絡められた指と指。
一見無邪気なようでいて、酷く重い制約。

ぼく達は案外とても似通って居て、世界中の誰よりお似合いなのかもしれない。
ゆっくりと指切りの指をほどきながらそう言うと、進藤はぴくりと眉を持ち上げて、何故か酷く得意げに、「当たり前だろ、バーカ」と言ったのだった。


end



2022年12月13日(火) (SS)bitbirthdaybirthday 塔矢アキラ誕生祭21参加作品



進藤から別れを告げられた。


『悪い、ごめん。他に好きなヒトが出来た』


淡々と言うその口が信じられず、瞬きすら出来ない。


『これ以上続けても、おまえとの未来なんて無いから』


こんなに簡単に人は人の心を切り裂いてしまえるのか。

こんなにも容易く、人は人を壊してしまうことが出来るのかと、思いながら涙がこみ上げて来るのを堪えきれない。


(これは夢だ)


耐えがたい痛みに歯を食いしばりながら思う。


(本当の進藤は絶対にこんなことをぼくに言わない)


仮にもし本当に別れ話になったとしても、こんな思いやりの欠片も無い冷淡な言い方はしないと自分自身に言い聞かせていたら、目の前の進藤が苦笑のように口角を上げた。


(もしかして、おれはこんな冷たい物言いはしないなんて思ってる?)


嘲るような言葉に全身を刺し貫かれ、ぼくは叫びながら両手で顔を覆い、そして目を覚ました。




薄闇に沈む部屋。

カーテンの隙間から微かにのぞく、白んで来た空。
ああ、本当に夢だったのか、良かったと、思うより先に嗚咽が漏れた。


苦しい。
苦しい。
苦しい。
苦しい。


夢の中の自分が感じた痛みがそのまま生々しく残っている。


痛い。
痛い。
痛い。


心が、体が痛くて辛くてたまらない。

もう今まで何回こんな夢を見て来たことか。心を通わせる前、ぼんやりとした認識しか持っていなかった頃から幾度と無く夢の中の進藤に傷つけられて来た。

つき合うようになってからは更に、体の関係を持つようになってからはもっと残酷に。

進藤はぼくに別れを告げる。


(でも何も今日じゃなくても良いのに)


背中に当たる進藤の肌の暖かさを感じながら歯を食いしばった。
関係は上手く行っている。

碁の方も問題は無く、充実していると思う。

少しずつ明るくなって行く部屋の隅には碁盤。昨夜寝る直前まで二人で打っていたものだ。最近は打った後の興奮や没頭のまま行為に至ることも多い。

ケダモノだと進藤の言う通り、本能で生きてるなとそう思う。
だからこそ、心の奥底ではこんな日々が終わることを恐れているのかもしれない。

嬉しくて、楽しくて、有頂天になりそうな自分を自分自身が呆れ果て、冷水を浴びせかけているのかもしれなかった。


(だからってワンパターンが過ぎる)


どれ程自分は進藤に嫌われことを恐れているのかと、止まらない涙を拭っていたら、ふいに温かい腕に抱きしめられた。


「イヤな……夢でも見た?」


半分寝ぼけたような声が尋ねて来る。


「大丈夫……だから……それ」


返事をしてもいないのに、進藤は繰り返し、そしてぼくのうなじにキスをした。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


小さい子どもをなだめるかのような言い方にムッとする。


「……無責任な」
「でも、ほんとに大丈夫だから」


進藤は腹から胸からなで回し、満足そうに笑った。


「おれの恋人は今日も抱き心地最高だなぁ。……碁も強いし、美人……だし」


とろとろと今にも再び眠ってしまいそうだ。


「たぶん一生……尻に敷かれっばなし……だと思うけど」


シアワセと、そこだけ妙にきっぱりと言った。


「シア……ワ……セだから……だいじょ……ぶ」


すーっと深く息を吸い込む音が聞こえ、そのまま進藤は静かになった。


(なんか目茶苦茶なことを言っていたな)


寝ぼけているから理論立てもおかしいし、まともな日本語になっていない。
それでも、気がつけば噛みしめていた口元は緩み、涙も引いている。


(まったく)


進藤のこういう所が本当に愛しくて、本当に憎らしい。

目をやるとベッドサイドの時計が今はもうはっきりと見える。
12月14日、午前六時二十分。

そろそろぼくだけでも起きた方が良いのかもしれないけれど、まだ胸の奥底にじくりと痛むものがあったので、ぼくは彼の温もりにつつまれることを選んだのだった。

end


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