エンターテイメント日誌

2002年10月26日(土) 三谷芝居の本領発揮!<HR>

以前にも書いたが、三谷幸喜さんの台本が一番冴えるのはその舞台においてである。殆ど場面展開はなく、概ね一場のみで完結する舞台空間の中で様々な登場人物が入り乱れ、笑いを醸し出す。たとえ二幕あっても、休憩時間をはさみ一幕と二幕は全く舞台転換がなく同一シチュエーションということも珍しくない。

だから寧ろ三谷さんは場面が細かく切り替わるテレビドラマが苦手で、目下のところその最高傑作である「王様のレストラン」もレストランの内部という限定された空間で物語が展開されるのである。

三谷さんはこの自己の手法を以前より<シチュエーション・コメディ(シット・コム)>と称してきたが、この呼称の定義は間違っていると僕は何年も前から主張し、自己のホーム・ページにもその旨を書いてきた。映画評論家の森卓也氏も、三谷コメディはシチュエーション・コメディではないとキネマ旬報に書かれ、それを読んで僕は溜飲を下げたものだ。寧ろ三谷作品は<スクリューボール・コメディ>という呼び名こそ相応しい。

映画「ラヂオの時間」や「みんなのいえ」が欧米で上映されるようになり、外国人記者から「貴方の映画はシット・コムには当たらない。」と指摘され、漸く本人も勘違いに気づいたらしい。それではと<30分の放送でワン・シチュエーションで成立する連続コメディをスタジオに観客を入れ、その笑い声も取り込み、さながら舞台劇のごとく一気に収録するテレビドラマ>このシット・コムの定義に則した日本で初めての試みに挑戦した意欲作が「HR」なのである。

もともとこういう舞台劇を得意とする人だけに詰まらないはずがない。今まで既に4話放送されたが、もう正に水を得た魚。抱腹絶倒の面白さである。香取慎吾君を中心にして、過去の三谷さんの舞台やテレビ作品を支えた人たちが脇を固め、今井朋彦、篠原涼子、中村獅童といった初参加組が新鮮な彩りを添える。抜群のアンサンブルである。毎回ひとりずつのゲストも愉しい。同じくフジの深夜枠で放送された、僕の偏愛する「子供欲しいね」みたいに三谷さんご自身もゲスト出演すればさらに盛り上がるんだけどな。

タイトルがホーム・ルームではなく、HRというのも可笑しい。ERへの対抗心むき出しである。三谷さんはテレビドラマ「総理と呼ばないで」の制作発表の席で、「総理官邸を舞台としたERのようなドラマを作りたい」とぶち上げた。しかし残念ながらお世辞にも出来が良いとは言えず、初回20%以上あった視聴率も回を追うごとにあれよあれよという内に急降下して、最後は一けた台という悲惨な結果に終わった(作品的には「竜馬にお任せ」よりはマシだったが(^^;)。だからこそこのHRは「総理と呼ばないで」の弔い合戦でもあるのだろう。

それにしても一日でリハーサルをして翌日に観客をいれてノン・ストップ収録を毎週続けるというのは出演者もスタッフも、そして脚本のみならず演出も担当する三谷さんも大変だろうなぁ。頭が下がります。しかし、だからこそ全て生放送だった黎明期の日本のテレビのような熱気にこの作品が包まれているのだろう。

もし未見という恐ろしく不幸なひとが一人でもいるのなら、是非今からでも遅くはないので水曜夜11時にはテレビのチャンネルをHRに合わせよう。基本的に一話完結のスタイルなので、途中から観ても決して困ることはないだろう。



2002年10月23日(水) OUT

雑誌「このミステリイがすごい!」で年間ランキング堂々第一位を獲得した桐野夏生原作「OUT」が映画化された。

20世紀フォックスが初めて配給する日本映画である。スターウォーズでおなじみのあのロゴの後に日本映画が始まるというのも不思議な体験であった。

原作は未読だが特に映画の後半、相当脚色があるらしく原作ファンからは非難の声が上がっている。しかし長大な原作を2時間弱とコンパクトに見事にまとめているし、脚色されたことによる違和感もなかった。バラバラ殺人を扱っているので一歩間違えば猟奇的で気持ちの悪い後味になる一歩手前でとどまり、寧ろユーモラスで日常感覚のある場面に仕上げているのには舌を巻いた。脚色にあたった鄭義信の勝利である。鄭義信は崔洋一と組んで、宮部みゆきの大傑作ミステリイ「火車」のシナリオを既に完成させているらしい。それが日の目を見る事を心より願う。

監督は平山秀幸。最近では「愛を乞うひと」「ターン」などでその実力の程を存分に世間に認知させた。今回も手堅くクールな演出で安心して観ることが出来る。

「愛を乞うひと」で平山と組んで主演女優賞を総なめにした原田美枝子が今回も素晴らしい。中年のおばさんなんなのに艶やかで色っぽいし、とにかく颯爽としていて恰好良い。

物語の中心となる4人の女達がそれぞれ生き生きしていて良いが、特にブランド好きの女を演じた室井滋が意外な拾い物だった。彼女のコメディセンスが遺憾なく発揮され、 一番笑わせてくれた。

題材は暗いのに、観終わった後に清々しいような一陣の風が吹き抜ける、そういう映画である。



2002年10月16日(水) 子連れ狼 地獄ゆき

「ロード・トゥ・パーディション(地獄への道)」を観た。サム・メンデスは素晴らしい監督だ。彼が演出した舞台ミュージカル「キャバレー」も大好きだし、今後も舞台演出と映画監督の二足のわらじで頑張ってもらいたい。是非ミュージカル映画も撮って欲しいな。

まあ物語としては展開が見え見えで、特にラストはそう終わる以外にないだろうと簡単に予想がついて物足りないが、この作品の価値はプロットにあるのではなくてその描写力にこそあるのである。

「アメリカン・ビューティ」でアカデミー撮影賞を受賞したコンラッド・L・ホールの仕事が今回も感歎の溜め息が出るくらい完ぺきである。灰色を基調とした寒々と研ぎ澄まされた映像。それが父と子が町を出るとともに色彩が絶妙に変化してくる。その映像設計に唸らされる。今回も受章出来るのではなかろうか。

大御所ポール・ニューマンが流石の貫録なのは無論の事だが、猫背の殺し屋役をしたジュード・ロウがいやらしい感じで良い。トム・ハンクスは「ユー・ガット・メール」の頃、太り過ぎでこれは見れたものじゃないなぁと思っていたのだが、今回ちゃんと体重を落として役柄に相応しい体形になっているのもお見事だった。・・・というか、漂流もの「キャスト・アウェイ」の時に絞ったんだろうけれど。

「ゴッド・ファーザー」がイタリア系マフィアだったのに対し今回はアイルランド系のギャングのお話だったというところが非常に興味深かった。ただしニューマンもハンクスもアイリッシュには見えないんだけれど(笑)。



2002年10月06日(日) 二本の日本映画<竜馬の妻とその夫と愛人><阿弥陀堂だより>

<竜馬の妻とその夫と愛人>

僕は劇作家・三谷幸喜さんの芝居が大好きである。

・生で観た舞台作品「彦馬がゆく」「Vamp show」「笑の大学」「君となら」「アパッチ砦の攻防」「温水夫妻」「オケピ!」「You Are The Top今宵の君」
・ビデオあるいはTVで観た舞台作品「天国から北に3キロ」「ショー・マスト・ゴー・オン」「バイ・マイセルフ」「巌流島」「マトリョーシカ」
・映画版を観た元舞台作品「十二人の優しい日本人」「ラヂオの時間」(いずれも三谷さんが脚色)

で、結論としては三谷さんは現役で世界最高のコメディ・ライターである。ニール・サイモンなんか、とっくの昔に軽く凌駕している。大傑作「王様のレストラン」をはじめとするテレビ作品も悪くないが、やはり彼の本領は舞台で発揮されると想う。ちなみに僕の選ぶ三谷作品ベスト3は「彦馬がゆく」「笑の大学」そしてミュージカル「オケピ!」かな。でも駄作「Vamp show」を唯一の例外として舞台では当たり外れのない作家である。

「竜馬の妻とその夫と愛人」は元々舞台作品で、それを三谷さん自らが映画用に脚色された。残念ながらこの舞台版は未見である。映画を観た感想としては伏線が張り巡らされた流石に考え抜かれたコメディで、お見事としか言えない完成度である。特に最後のオチには参りました。感服。

三谷ご夫妻が特別出演なのもご愛嬌。特に小林聡美さんが夫君の作品に出演するのは、ふたりの出会いのきっかけとなった「やっぱり猫が好き」以来だろう。

しかし残念ながら今回はどうも余り笑えない。その一番の原因は監督の市川準にあることは間違いないだろう。この監督、どうも体質がコメディに合っていないのではなかろうか?全体的に軽妙であるべきテンポが重いし、役者の熱演が空回りしている感がどうしても否めないのだ。市川監督の映画はデビュー作「BU・SU」以降、大概観ているが面白いと想ったことが一度たりとない。僕は彼の作品を「自閉症の映画」と命名しているのだが、CM出身者らしく表面的な映像にこだわり過ぎ、登場人物の感情が見えてこないきらいがあるのである。

という訳で今回の作品では三谷作品と市川演出との温度差がいびつに現れてしまっている。結局のところ、三谷さん自身が監督された方が遥かに面白かったのではなかろうか?

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<阿弥陀堂だより>

小泉監督のデビュー作「雨あがる」は故・黒沢明監督の遺稿を映画化したもので、なんとも清々しい静かな感動が余韻を引く作品であった。そこで描かれた夫婦愛も心に滲みた。これは黒沢さんのテイストが強いのかなぁと想像していたのだが、今回の「阿弥陀堂だより」でも全く同様の感慨を覚えたのだから驚いた。黒沢明の呪縛から開放されてもこれだけの傑作を仕上げて世に問うのだから、これは間違いなく本物である。映画のゆったりとしたリズムに心地よく乗せられ、涙し、癒される。そういう作品である。

兎に角、北林谷栄さんが素晴らしい。撮影当時90歳。北林さんは映画界の至宝である。岡本喜八監督の「大誘拐」以来10年ぶりの映画出演。日本映画はどうしてこのような大女優を今まで放ってておいたのだろう?憤りを感じずにはいられない。貴方が真の日本人であるのなら、そして映画を愛しているのなら、今すぐ映画館に駆けつけろ。そうすれば北林さんの圧倒的な存在感に心震わさずにはいられないだろう。

この映画は期せずして大林宣彦監督の「なごり雪」と志が同じ方向へと向いている。それはかつて美しかった日本、そして日本映画への限りない哀惜の念に満ちているということだ。そして日本映画の黄金期を担った名優、田村高廣と香川京子がどっしりと脇を固め、映画の格調を高めている。

日本と日本映画への悲歌(エレジー)。それが「阿弥陀堂だより」なのである。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]