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分かっています。

なぜあなたが私を避けているのか。

私と一緒にいることによって、流されたくないんでしょう。

あなたが今、距離を置いていたい世界に連れて行かれそうになるから。

分かっています。

そして私はそれでもぜんぜん構いません。

怒っているのではありません。

あなたの選択を尊重します。

そうしたい時はそうする。

それが一番いいと思うから。

近づきたくない時は、近づかなくていいのです。
2005年01月26日(水)

見ていると辛い。

津波で被害を受けて、1人で帰って来た小学生の男の子。

大変な思いをしているのだろうと、見ていて胸が痛む。
そしてもっと胸が痛むのは、彼がとてもしっかりとしていること。
悲しいだろう、寂しいだろう、どんなにか不安だろうと思うのに、
マスコミや周囲の人に、ちゃんと接している。

もっと感情を出してもいいんだよ、自分を押し殺さなくてもいいんだよって思う。
登校する時にカメラを向けられて、きゅっと口を結んで歩いている彼を見て。

いやきっと彼はホントにいい子で、無理なんてしてないのかもしれない。
きちんとした親御さんに、しっかり育てられたのかもしれない。

こんな風に感じてしまうのは、私自身に傷があるから。
子供なのに、子供らしく振舞えなかった苦しかった自分がいるから。
彼の事とは一緒にしちゃいけないのかもしれないね。

きっと彼は、今必死で自分を保とうと頑張っているのかもしれない。
一度崩れたら、もう立ち上がれなくなってしまいそうで。
これはあくまでも、私の憶測なんだけど。

いつか肩の力を抜ける日が来るといいね。
2005年01月16日(日)

心を受け取る。

以前、初期の流産をしたことがあった。
そんな時仲良しのネット友達は私の気持ちを察して、
とっても優しい言葉をかけてくれた。
一緒に悲しんでくれた。

でもその他の人たち・・・と言ってもこの話をした人は数少ないんだけれども、
このような経験に関してはきっと想像も出来ないんだろうなという人たち、
例えば男性だったり、とても健康だったり、
そういった人たちがかけてくれる言葉はむしろ私にとって辛いものであったりした。
ほんとにきつい言葉で言わせてもらえば『気休め』的な言葉だった。
その悲しみに敏感になっている時期には、返って傷つくような言葉だったりもした。

でも、私はその言葉たちを嬉しく受け取った。
それはその相手の心を感じだからだった。
この人は今私の事を思って、少しでも慰めようとして声をかけてくれている。
そう感じたら、その言葉一つ一つの意味合いなんて関係なくなり、
今この人が持っている私へのいたわりの気持ちをしっかり受け取っていた。
ありがとうという気持ちが生まれた。

・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆

自分と他人は同じものではない。
自分がもし相手の立場だったらどうだろうと想像してみるものの、
まったく同じ気持ちになれるなんて事はまずない。
それは仕方のないこと。
でも、同じ感情を共有する事は出来る。

『怒り』『悲しみ』『喜び』『不安』・・・。
今相手の感じている感情が悲しみであるならば、ともに悲しみ、
喜びであるならばともに喜ぶ。
それを共有するだけで十分なのではないだろうかと。

あの時友達は、ただ見守ってくれた。私と思いを共有してくれた。
悲しみをごまかさずにしっかり感じて、と言ってくれた。
その過程での辛さは、私が受け止めてあげるから。
その先にはきっと新たに歩みだせる道があるからと。

辛くて目をそらしてしまえば、その悲しみは残る。
そしていつまでも心の底の方でその存在を主張する。
だから辛い思いをずっと持ち続けてしまったと友達は言った。
私にはそんな思いをして欲しくないと思ってくれた。

ネットで出来た友達の話をすると、けげんそうな顔をする人がいる。
きっとネットに接する事の出来ない人には想像できないのだろう。
世間のニュースなどで取り上げられるそれは、
何だかとても怪しげで危ういものに映っている事がよくあるし。

でも人間関係というのは、リアルであろうともネットであろうとも、
その根源は変わらないと私は思う。
それは『自分らしくある』という事。
自分を飾らず出す事が出来る相手とは、信頼関係が生まれる。
性別とか収入とか境遇とか、そういった物に左右されない、
自分と相手との素の部分、魂での交流。

以前の私は、その環境の中だけの人間関係で生きていた。
学校に通っている時はその中の友達との付き合い、
会社に入れば同僚との付き合い。
その場を離れたり環境が変わると、その時付き合っていた人とも疎遠になる。

でもここ何年かで私は変わってきている。
会社を辞めた同僚とも、仕事に関係のない付き合いをしているし、
私は結婚しているけど、結婚していない友達もいるし、
私には子供がいないけれども、子供のいる友達もいる。
私はPDだけど、PDじゃない友達もいる。
年下の友達も、年上の友達もいる。

自分や相手が身にまとっている物たちにとらわれない。
ただその相手自身を見て感じるという付き合い。
じっくり向き合って付き合うから、もちろん人数は少ない。
このペースが私には合っている。
器用に誰とでも軽い会話を交わして一緒に出掛けてなんて出来ないキャラ。

それでいいんだ。それが私らしくていい。
2005年01月01日(土)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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