夢ちゃんWELCOMEざます!
DiaryINDEXpastwill


2010年12月31日(金) 枕経

お寺さんの都合で、一夜明けての枕経。

布団の中で寝ている叔父の顔は
闘病前の穏やかさを取り戻していて、
少し、薄目になっている顔は
まるで釈迦像のようで、気品を感じた。
こんなお顔で眠っている人を見るのは
生まれて初めてだ。

ゆめ子も叔父ちゃんの顔を
じっと見つめてはニコニコ笑って
いつもの優しい叔父ちゃんだ、と。

夕方、やっと納棺の儀。

ゆめ子は今年だけで
3回も喪の儀式を体験することになるが、
今回の叔父の儀式で
最もたくさんのことを体験するのかも。

いろんな兼ね合いがあって
葬儀は正月七日。

それまでの間、毎日会える。
悲しいけど、嬉しい。


2010年12月30日(木) と、思ったら。

闘病中の夫の叔父危篤の知らせ。

お正月はなんとか越せるだろう・・・
くらいの見通しであったのだけど、
ああ、もうついに力尽きてしまうのか叔父ちゃん・・・。

とてもお世話になった叔父なので
臨終に間に合う/合わないに関わらず、
駆けつけることに。

わが母も、
亡くなってしまった人(わが父)の事は
もういいから、
叔父さんのところに行きなさい、と
後押ししてくれたので
持って来たまま、解いてなかった荷物を
そのまま持って
ゆめ子をつれて新大阪へ。

で、JRの在来線に乗るところで
旅立ったとの報せを受け取った。

叔父に伝えたいことは
昨日、すべて病院で伝えてきた。
叔父は、うんうん、と頷いてくれた。

今度病院に来る時は
ゆめ子を連れてくるから待っててね、と
約束したのは守れなかったけど、
でも、今から会いに行くからね。


2010年12月29日(水) 仕事を納めて、最終ののぞみで。

午前様で実家着。
ゆめ子はさすがに寝てました。

年越しは実家で。

満中陰志のあれやこれやの
事務的な作業をサックリこなして行く予定。


2010年12月26日(日) ママ帰京。

ゆめ子をひとり置いて、
ワタクシは帰京。
仕事納めしてから、また来阪。

おばーちゃんの慰めになりますように。


2010年12月25日(土) さすがサンタさん

東京にいなくても
ちゃんと探してくれるんだわ。

前にも一度、
たくさんの絵本を持って
おばーちゃんちに来てくれたから、
今年もきっと来てくれると思ってたんだ!

と、言ってましたが、
内心はヒヤヒヤしてたのでは。
くくく。

今年はサンタさんからの
手紙の内容が嬉しかったらしく、
うふふ、と笑いながら教えてくれた。

さー、来年はどうなることか。


2010年12月24日(金) 終業式

今日で年内終業。

クリスマスイブだけど
サンタさんには何も伝えてないけど
今晩から実家へ移動。

サンタさん、ちゃんと来てくれるかな。
前に一回来てくれたことあるから、
大丈夫かな、おばーちゃんちでも。

心配したり、楽観したりしながら
のぞみに乗車。

実家に到着したのは23時前。

サンタさん来るかなー
うしししし。


2010年12月14日(火) 分かれば出来る。

夏くらいから会社が異常に忙しくなったせいで
ゆめ子とまったく交流がない毎日だった。

平日は会えない。
休日はこっちが疲れすぎていて相手ができない。

私の父のことで一緒に過ごした数日間が、
久しぶりにも程がある、母と子の時間だった。

で、先週くらいから
やっとちょっと落ち着いてきて
ゆめ子とも土日は一緒に過ごせるようになり、
これまた久しぶりにゆめ子の宿題につきあったのだけど、
これが、まーーなんというか
ビックリしすぎて入れ歯がハズレそうなくらいの
算数の不理解っぷりで、
足の裏まで鳥肌が立ちそうになった。

即、手を打たねば。
取り戻さねば、追いつかねば。
ヤバすぎるっ!!!

と、頭のつむじから湯気を出しながら
何が、どこが、どういう風に分からないの?
逆にどこまでなら分かってるの!?と
ゆめ子にインタビューしていくうちに、
ふと、去年から始まっている「少人数制」という
算数の授業形態に関係しているかも!?と気がついた。

単元ごとに1クラスを2〜3のグループに分けて
授業をするのが「少人数制」なんだけど、
ゆめ子は、特定の先生が担当するグループに
分け入れられた単元だけが異様に理解できていない。

その先生の授業っぷりは
参観日ウィークの時にしっかりと見させて頂いたのだが、
そうだよ、そうだよ、思い出したよ、
何を言ってるのか、全然分からなかったんだよ。

私だけではない。
一緒に参観したママやパパ達も
「あんな授業で子ども達は分かるのかな?」と
首を傾げながら見てたのだ。

で、授業のあと何人かの子どもに
○○先生の授業わかる?とインタビューしたんだった。
で、で、みんな
「んーーーーー、なんとなく」って答えてたんだ。

うげげ。ヤバし。マジでヤバし。
スマン、ゆめ子。
もっと早くにちゃんと把握してやるべきだった。

出来/不出来のムラの原因は、
【ゆめ子がさぼっている】じゃなくて
【○○先生の授業だとよく分からない】だったんだ(汗)

キミの性格では、分からないからといって、
分かるまで先生に質問をするなんて事は
一切しないだろう。もしも食いついたところで
あの先生のあの説明じゃチンプンカンプンだろう。

今まで、アホだバカだと叱りたおしてすまなかった。
母を許せ。あれじゃワカラン。
すでに分かっている母だって
あの説明は全く分からなかったんだもの・・・

・・・ということで、

気付いたが吉日。これからは時間が許す限り
この1年の復習をするぜよ。

キミは分かれば出来るのだ。

現に今朝、1から説明したら
すぐにひとりで順調に解答できるようになっていたし。

あああ、ヤバすぎ。
マジでマジでヤバすぎ。
でも、間に合う間に合う間に合う!
間に合わせるぞ、進級までに!!!


2010年12月05日(日) 書いて!

ゆめ子に「ちゃんと書いておいて!」と
言われたので書いておきます。

実家にいる時のある日の朝の出来事。

前夜、
髪の毛を束ねるためのゴムと
鼻をかんだあとのゴミを
枕元に放置して寝こけてしまったゆめ子。

朝、起こしてから
ゴミはちゃんとすてて、
ゴムはテーブルの上に置いておくように
ワタクシが指示をしましたら、

ゆめ子は、ゴムを捨てて、
ゴミをそっとテーブルの上に置きやがりました。

寝ぼけ故の所業ですが、
目の前で素でやられるとかなり面白く、
思わず「アホやー!」と笑ったら
ゆめ子の目もシャキッと覚めて
自分でもウケていました。

あとで思い出して再笑いするために
日記に書いておいてほしいとのことで、
言うとおり、
のちのち「アホやー!」と思い出し笑いするために
一応書いておきます。

書くと、全然面白くないんですけど、
これで満足か、ゆめ子。ん?


2010年12月04日(土) ポロポロと。

先週、私の父が亡くなりまして
ゆめ子を連れて1週間ほど実家に帰っておりました。

夫の方の曾祖母の死で
お通夜→納骨までの一連の仏事を
淡々と体験したゆめ子だったので、
今回も、特に何もなく過ごすであろうと
思っていたのですが、

火葬場にて、ゆめ子から受けた
「これからおじいちゃんを焼いてしまうの?」
という質問に「そうよ」と答えたら、
途端に、ゆめ子がうつむいて
ポロポロと静かーに涙を落とし始めたので
驚いてしまいました。

あなたが最高に愛した初孫が、
あなたが空へ帰ってしまうことに
涙を流して哀しんでいますよ、と
思わず心の中で父に話しかけてしまいました。

ゆめ子の涙は何よりの父への手向けになり、
寂しいながらも、心が温かくなりました。

ありがとうね、ゆめ子。

ここ数年、色々と発症し、
生き辛そうにもどかしく暮らしていましたが、
なんとか孫の記憶に残るまで
頑張って生きていられて「良かった」って
言ってもいいでしょうかねぇ、お父さん。


2010年12月01日(水) 落ち着いたというよりも

色々なことが次々と起こるもんで
ひとつひとつのことを
ゆっくり考えるとか、悩むとかって
時間がなくなったのを幸いとして
とりあえず前を見て生きております。

ゆめ子は変わらず元気です。


への投票ボタンです。
いつか「日記才人」が復活することを願って放置。


いつか「日記才人」が復活することを願って放置。
夢吉