頑張る40代!plus

2001年05月31日(木) 苦悩するバイト達

以前バイトの子に聞いた話だが、バイト料はほとんど携帯電話の通信費で消えていくそうだ。
ということは、携帯を持たなければバイトをする必要がないことになる。
通信費に使う以外に何か使い道はないんだろうか?
ぼくの高校時代は、学校が禁止していたせいもあって、今みたいに学校が終わってからバイトをする生徒はまずいなかった。
バイトといえば夏休みや冬休みにするものと相場が決まっていた。
何に使うかというと、あの当時はギターを買う資金にする人が多かったようだ。
ぼくもその口でした。
他にレコード(LP)を買ったりもしていた。
でも、通信費に消えようがギターに替わろうが、目的をもってバイトするというのはいいことだと思う。
何もせず、万引きや恐喝をして小遣いを稼いでいる馬鹿と比べたら雲泥の差である。
ところで、そのバイト料を狙う商売もあるというから驚きだ。
詳しくは知らないが、あれやこれや甘い言葉で誘い出し、時には脅して物を売りつけるのだそうだ。その学生の先輩とかにやらせているらしい。
世間知らずの学生を食い物にするなんてとんでもない奴らだ。
携帯で消えていくバイト料なのに、物を買わせたらどうなるか?
当然若くして借金を抱えることになってしまう。
また利用されて売っているほうも、自分で買わざるを得なくなる上、そのうち疎まれて友達をも失っていく。
ほんと、ろくな商売じゃない。
うちのバイトたちも気をつけてもらいたい。



2001年05月30日(水) 酔っ払いのおいちゃんと神様

一日中雨が降っています。
今日は客数も少なく、暇な一日でした。
こんな日にも必ずやってくるのが、酔っ払いのおいちゃんです。
出入り禁止にされたにもかかわらず、性懲りもなく店に現れて講釈をたれている。
相変わらず店の中に痰を吐くし、昨日はたばこ銭を見知らぬ人にたかっていたらしいし。
何が楽しくて来るのかわからないけど、もういいかげんにしてくれという感じです。
聞いた話だが、このおいちゃんが川べりで寝ている(どこででも寝る)のを見た通行人が、倒れていると勘違いして救急車を呼んだらしい。
その時は連れて行かれたかどうかはわからないが、一度連れて行って入院させてほしいものだ。
そしてアル中を治してもらいたい。
酒を断てば、あのおいちゃんも人の迷惑というものを考えるようになるだろう。

昨日神様の話をしたが、ぼくは神様とは時間を施すものだと思っている。
よくあるでしょう、事故なんかに遭った時「あと1秒早くここを通り過ぎていれば、こんな事故に遭わずにすんだのに」ということが。
すべての事象は巡り合わせ(因縁)だといわれているけど、その巡り合わせは、時間の配剤にあるんです。
その時間を配剤する主催者こそが神様なんです。
事象(結果)が運命なら、神様が運命を司っていることになるでしょう。
だからぼくは、流れを大切にしているんです。
肩に力をいれずに生きることをね。
神様に逆らったって何の得もありませんからね。
時間を狂わされるだけ損ですよ。



2001年05月29日(火) 眠たい

あまり寝てないので、今かなりの睡魔が襲ってきています。
昼間、黒崎の銀行に行った後は、パソコンにかじりついていました。
今日変えたBGM「雨のふる夜は」を4,5時間かけて入力していたのです。
細かい作業なので、けっこう神経を使いました。
この曲も19歳の頃作ったもので、福岡の照和で歌ったことがあります。
当時ボサノバを作ることは珍しかったので、自信があったんだけど、評価はいまいちでした。
それ以来あまり歌ったことはありません。
ここで鳴らすくらいが精一杯でしょう。
詩はあとで「時折吹く風」にでも書いておきます。

ところで昨日、1年半前に委託販売を頼んでいたギターがやっと売れました。
けっこういい値で売れたようです。
振り込みは来月になるそうですが、ボーナス減額で落ち込んでいた気持ちに光明が射した思いがします。
宗像大社にお参りしていて良かった。
実は出勤前に、いつも宗像さんのお札を拝んでいるのです。
厄年の時にお世話になってから、毎朝拝むことにしています。
おかげで、大した事故にも遭わずにすんでいます。
「イワシの頭も・・・」ってやつですか。
でも、自分でどうにもならない時、例えば神様なんかに「お任せしました」と思うことが、実に有効らしいのです。
気も楽になるし。
あとは期待の気持ちを持って、普段の生活を送っていればいいとのことです。
分相応の答が用意されるらしい。
決して疑わないことが、願成就の秘訣だそうです。

ああ、今日はもうだめです。
目が潰れそうなので、もう寝ます。



2001年05月28日(月) 気がつかなかったけど

昨日の夕方、テレビを見ていて、今更のように気づいたのだが、「サザエさん」まだやっていたんですね。
何気なく、その時間帯を過ごしていたので、そんなことを考えることもなかったが。
いったい何年になるんだろう?
番組が始まったのが、ぼくが小学6年の時、たしか7月からだったと思う。
野球の練習が雨で流れて、その日テレビを見ていたら「7月からいよいよサザエさんが始まります」といっていたのを覚えている。(ちなみにこの年の7月、アポロが初めて月に行ったんです)
とすれば、1969年だから、もう32年もやっていることになる。
当時は朝日新聞で連載やっていたから、内容よりもどういう展開でアニメをやるんだろうか、という好奇心で見ていたような気がする。
昨日見ていると、声優も変わったようだ。
でも、オープニングとエンディングのテーマ曲は変わっていなかった。
スポンサーも相変わらず東芝だった。

スポンサーで思い出したが、TBS系で日曜の午後7時からやっている「さんまのスーパーからくりTV」のスポンサーは武田薬品だ。
「それがどうした」という方もいるだろうが、この時間帯はもう40年近くも武田薬品がやっているのだ。
これはすごいことですよ。
「隠密剣士」も「忍者部隊月光」も「ウルトラQ」も「ウルトラマン」も「ウルトラセブン」も「柔道一直線」も、オープニングはすべて「♪タケダ、タケダ、タケダ−・・・」だった。
その延長上に「からくりTV」があるんですね。
うーん、「サザエさん」よりもこの感動のほうが大きい。



2001年05月27日(日) 修学旅行

朝、体重を量ったところ、75�圓砲覆辰討い拭�
2週間ほど前に量ったときは78�圓世辰燭�ら、3�垳困辰燭海箸砲覆襦�
ねじり運動、効果大ですね。
ちなみに体脂肪は18、4%だった。
来週の日曜日にまた測定やってみますが、楽しみです。

最近、朝の通勤時に大型の観光バスを見かけることが多くなった。
それもほとんどが他県ナンバーだ。
バスは座席が高いので、どんな人たちが乗っているのか、ぼくの車からは見えないが、時期を考えると、おそらく修学旅行だろう。
どのバスもみなスペースワールドに向かっている。
ぼくが修学旅行で行ったのは、小学校の時は中九州、中学校の時は関西、高校は中部だった。
小学校と中学校の時、騒ぎすぎて正座をさせられたことがある。
小学校の時は5人で正座だったが、中学の時はあの裸天国のホテル紅葉(びわ湖畔)で、一人で正座させられた。
酔っ払い客から「おっ、何か悪いことしたんか?」と絡まれ、赤面したものだった。
高校の時は、女子を驚かそうとして、旅館の風呂から上半身裸で下半身にバスタオルを巻いて部屋までダッシュしていく作戦を立て実行した。
女子達は「キャー」と言って顔をそむけ、作戦は成功した。(くだらん)
が、その後重大なことに気づいた。
パンツがないのだ。探し回ったがどこにも見当たらない。
風呂まで探しに行ったけど、やはりない。
どこでなくしたんだろうと考えていると、一人の女子が「これ、しんたくんのやろ?」となくしたパンツを持ってきた。
女子の前を駆け抜けた時に落としたらしい。
またしても赤面ものである。
旅行の間、そのこの顔を見ることが出来なかった。
でも、修学旅行は楽しかった。
社員旅行とかでは味わえないものがある。
もう二度と修学旅行がないのかと思えば、寂しいものである。



2001年05月26日(土) 一日中寝て、いらんことを考えていました

今日一日、ボーっとしておりました。
まあ、大半寝ていたというのが正しいでしょうね。
昨夜ずっとビデオを見ていたので、寝たのは午前5時を過ぎていました。
もう空は明るくなってきていました。

ぼくの家の近くに川が流れているのですが、そこに鷺が住み着いているのです。
夜中になると決まって「ギャーギャー」と騒ぎ出します。
それに呼応してニワトリやアヒルも鳴きだすのです。
深夜は鳥たちの天国です。
おまけに昨夜はホトトギスまで鳴いていました。
山で鳴くものとばかり思っていたのですが、人里にも下りてくるんですね。

こう書くと、「わりと田舎に住んでいるんだなあ」と思う人もいるでしょうが、そうではありません。
ぼくの家は工場街に隣接する大団地なのです。
交通量も多く、夜中はいつも暴走族の音に悩まされています。
川もきれいな川ではなく、橋を越えると、もうそこはかつて「死の海」と歌われた洞海湾です。

それにしても、どうしてこう鳥が多くなったんだろう?
自然があるというのはそれはそれでいいことなのですが、今までが公害の町だったから何かピンとこないものがある。
最近は星もよく見えるし。
「北九州は100年の栄華で終わってしまうんじゃないだろうか」という余計な心配をしている今日この頃です。



2001年05月25日(金) 外でタバコを吸っています

売場のバックヤードでタバコが吸えなくなってから、外で吸うようになりました。
場所も離れているし、最初は嫌だったけれど、今ではこんないいことはないと思うようになりました。
第一にタバコの本数が減らせる。
場所が離れているため、そうしょっちゅう行けないのです。
一時間に一回のペースですね。
以前は日に一箱半(自分にとっては多すぎ)吸っていたのですが、最近は一箱に抑えられるようになりました。
おかげでタバコがおいしい。

次に一日を感じられるようになったこと。
ずっと店の中にいるので、いつ日が暮れたのかもわからない状態でした。
それが一時間一度のペースなので、日の傾きや影の動きを知ることが出来ます。
朝の風景,昼の風景,夕方の風景を楽しむことができるし、朝の気や夕方の気を肌で感じることができるし、日光浴もできる。
大変体によろしい。

最後に精神衛生に良いということ。
そこで吸う人間はぼく一人しかいないので、誰に気兼ねすることなく吸うことができる。
他人に気を使うというのは、かなりのエネルギーを要するんですね。
お客さんの気配を気にしなくてもいいし。
何よりも、この一瞬は自分でいられるということ、これが一番いいですね。

こんなにいいこと、なぜ今まで気がつかなかったんだろう?



2001年05月24日(木) 黒崎においしいラーメン屋なんて存在しません!

朝、三日月に「唐そば」の悪口を書いたので、続きを書きます。
『業界では博多よりも黒崎の方がうまいと噂されている・・・』とか例のサイトに書いていたが、業界は黒崎のラーメンを過大評価しすぎる。
あえて言います。
黒崎においしいラーメン屋なんて存在しません!
これはぼくの仲間内では常識です。
唐そばは人の流れで持っていた店で、実際「おいしいけ食おう」なんか言って入る人はまずいなかった。
もしいたとしたら、それは勘違いだ。
唐そばは立地がよく、各交通機関にアクセスしやすかったので、仕事帰りや学校帰りの人がよく利用していた。
でも、その時間は誰でも腹が減っているから、おいしく感じるのは当然じゃないのか。
空腹じゃない時食ったら、誰があのラーメンをおいしいと言うだろうか?
いつ行っても味が違う。
おいしいのはゆで卵だけ。
マスコミもこぞって唐そばの特集をやっていたが、彼らの味覚はどうなっているんだろう?
人がよく入るから、おいしい店だとは限ってない。
地元の人に「黒崎のラーメン屋はどこがおいしいですか?」なんて聞くから、別においしいところはないけど、名前を知っているのは「唐そば」ぐらいだからそう答えたに過ぎない。「三平ラーメン」と答える人は今でもいないだろう。

それにしても、黒崎は餃子のおいしい店は何軒かあるのに、どうしてラーメンのおいしい店がないんだろう?
昔、黒埼東宝の前に「栄軒」という醤油ラーメンの店があったが、そこはおいしかった。
まあ、回りがとんこつの店ばかりなので、新鮮に感じただけかもしれないけど。



2001年05月23日(水) ショック

ちょっとショックなことがありました。
ボーナスが減額になるというのです。
いろいろなローンを抱えているので、かなり痛手です。
ただでさえ赤字を出しているのに、この仕打ちは何だ!
せっかく、この夏でローンの半分が終わると思って喜んでいたのに。
これからも苦しい状態を強いられるとは!
うーん、やっぱりバイトを探さんといけんなあ。
実は前々からアルバイトとか内職を探していたのですが、なかなか見つかりません。
ホテルの風呂掃除とか、早朝のビル掃除とか、牛乳配達とか、いろいろ当たっては見ました。
でも、いつも断られています。
どこかいいところないかなあ。
月3万円位の仕事があると、本当に助かるのに。



2001年05月22日(火) 早く寝るぞ!

今日もじっと体を休めていました。
少食に徹していたので、体調も元に戻りつつあります。
少食に徹するというのは、「ゲゲゲの鬼太郎」でねずみ男が地獄に行くのを恐れて断食をやっていたのを見て思いついたのです。
断食とまではいかなかったけど、今日の食事は昼だけにしてみました。
睡眠も充分にとりました。
でも、まだ眠たい。

寝てない時間は本を読んでいました。
「よりぬきサザエさん」にハマっていました。
そこで面白いことに気がついたのですが、最初のページのところで、カツオやワカメは下駄を履いていたのです。
いまどき下駄を履いている子なんかいませんよね。
ぼくが小さい頃はみんな履いていたような気がする。
下駄は健康にいいらしいですね。
足の親指に力を入れることが、健康に大変いいらしいのです。
そういえば軍隊でも、親指に力をいれて歩くようにすると聞いたことがあります。
どう健康にいいのかわかりませんが、ぼくもこれからはそうやってみようと思っています。
「サザエさん」でもう一つ気がついたのが、波平やマスオさんは洋装で黒足袋を履いていたこと。
こういういでたちも、最近は見かけませんね。
たしかに足袋を履いていると足はむれないでしょうね。
こう考えてみると、昔の文化というのも捨てがたいものがありますね。



2001年05月21日(月) ブルー

なんとなくブルーです。
仕事のことや家庭のこと、また将来のことなどを考えていると、時々こんな気持ちになります。
疲れています。
何が疲れたのかはわからないが、とにかく疲れています。
これ以上刺激しないでくれ、という感じです。
明日も雨みたいだし、それも原因の一つかもしれません。
まさか5月病じゃないよね。

そういえば、東京にいた頃5月病にかかったことがあります。
体調もおかしかった。なんとなく熱っぽいのです。
普段はそんなことないけど、その時は非常に鬱な状態になったのを覚えています。
それ以来そんなことはなかったけど、今はその軽い症状が出ているのか?
そんなことを考えていると、またブルーになってきます。

ブルーで思い出しました。
前の会社にいた時、FM福岡の公開録音のゲストで出演したことがあります。
3度録音して、2度オンエアーされました。
オンエアーされなかったのは、「今日のゲストはしんたさんでーす」と紹介された時に、ぼくは何を思ったか「今日はブルーです。何もかもブルーです。ここにいるみんなもブルーです」と言ってしまった分だった。
DJやアシスタントは嫌な顔をしていた。当然プロデューサーなども嫌な顔をしていたんだと思う。
土曜日に放送していたのだが、その週の放送は他のゲストが出ていた。
やっぱりブルーは表に出してはいけないんですね。
でも、今日はなんとなくブルーです。



2001年05月20日(日) マルチな話

前の会社にいたとき、楽器販売の担当をしていた。
よく学生(特に高校生)が遊びにきていたが、その中で特に目をかけていた奴がいた。その才能はすばらしいものだった。
長渕にあこがれていたようだが、曲作りなども独自のものがあって、ぼくは将来を楽しみにしていた。
彼は高校を卒業して、長渕と同じ大学に入ったが、卒業したのか中退したのかわからないままに音信不通になった。
それが何年かしてひょっこりぼくの前に現れた。
「しんたさん、いい話があるんですよ」とぼくが休みの日に連絡してきた。
近くのファミレスであったが、そのいい話というのが、あのマルチ商法で有名なAというところの話だった。
彼は、いかにAがいいところかということを資料を見せながらぼくに説明し、「決してネズミ講なんかじゃない。ちゃんと商品を販売するんだから。しんたさん、一緒にやりましょうよ」と言った。
なんかうさん臭さを感じていたぼくは、「おれは別にしたいことあるけ」と言って断ったが、執拗にぼくに絡み付いてくる。
「したいことも金がないと出来ないでしょう?」「きれい事言ってもやっぱり金ですよ」「金があれば何でもできるんですよ」などと御託を並べていた。
結局ぼくは断ったが、その後何度か会社に訪ねてきて、近況報告をしていった。
「ぼくは今、その辺の企業の部長以上に稼いでますよ」「天神の近くのマンションに住んでますよ」とか自慢話ばかりしていた。
会社の他の従業員にも声をかけていたようだが、だんだん彼は誰にも相手にされなくなっていった。
自慢話をする彼の目はどこか寂しそうだった。
その後、ぼくは会社も変わり彼と会うことはなくなったが、「今どうしているんだろうか?」と思うことがある。
「金、金・・・」に走った彼は、それを使う側にいる「人」というものを舐めてしまい、何よりも大切な「友情」とか「人の和」という、何ものにも代えがたいものを失ってしまった。
その後も何度かその類の話をぼくに持ってくる人がいたが、そのつどぼくは断っている。
そして、そういう人たちとは、その後の付き合いをやめるようにしている。
「そういう人と友達になりたくない!」というのが一番の理由である。



2001年05月19日(土) おやすみなさい

来週の土曜日からフレッツISDNになります。
申し込んだのが昨年の12月4日だったので、半年以上かかったことになります。
これで少しは早く寝ることができるでしょう。

それにしても土曜の夜はどうして面白い番組がないんだろう?
ホークスが負けたときは、特にそう思います。
あの負け方はないやろ?

ぼくは以前書いたように、野生の動物に興味を持っています。
だから、NHKの生き物の番組なんかがあると、ハマってしまいます。
こんな番組を夜中に流してくれんかのう。
でもそれを見出すと、また寝るのが遅くなる。

腹の調子はだいぶ良くなったのですが、まだ少し張っているようです。
食中りじゃなかったのかなあ?
風邪とか盲腸とか、そんな病気じゃないのか?
でもあまり気になりません。
昔なら結構神経質になっていたけど、年取った証拠か?
で、今精神年齢鑑定をしたんですけど、ぼくの精神年齢は31歳でした。
詳しくは、http://ryu2.plaza.gaiax.com/seitop.html を見てください。

ということで、もう1時になったので寝ることにします。
おやすみなさい。



2001年05月18日(金) 何とか良くなりました

昨日家に帰ってから今日の昼まで、都合13時間ほど寝ました。
その間食事も一切とりませんでした。
おかげで何とか持ち直したようです。
どうもご心配おかけしました。
それにしても、腹痛でダイエットするとは思ってもいませんでした。

さて、気分も良くなったので、昼から銀行に行きました。
自動車税を収めてきました。
でも、どうして39500円も払わないとならないんだろう?
購入価格は高いし、保険料をしっかり取られるし、ガソリン代も馬鹿にならないし、さらにこの仕打ちです。
国は国民に車に乗るなとでも言っているんでしょうかね?
車の普及がこの国の経済を支えてきたのに、還元ぐらいしろ。
ふざけやがって!



2001年05月17日(木) 絶不調

汚い話ですが、今日は嘔吐あり下痢ありの散々な一日でした。
朝方はどうということはなかったのですが、昼前に急に腹が張ってきて気分が悪くなりました。
悪いものを食べた覚えはないのです。 本当に突然でした。
おそらくはここ何週間体を酷使した反動ではないかと思います。
明日は休みですがゆっくりと体を休ませることにします。



2001年05月16日(水) おいちゃん、警察に連行される

酔っ払いおいちゃんの話である。
夕方の5時半頃に現れ、床に座り込み相撲を観戦していた。
再三そこに座るなと、スキップさんに注意されていたが、知らん顔であった。
ぼくがおいちゃんの側によってみると、タバコの灰が落ちていた。
「おいちゃん、ここでタバコ吸うたらいけんち言うたやろ!」
おいちゃんはかなり飲んでいたのだろう。真っ赤な顔をして「消した」とひとこと、あとは知らん顔をした。
ぼくは『相撲が終わったら帰るだろう』と思い、倉庫に行った。
ぼくが用を終えて売場に戻ってみると、店長が店の外に連れ出したということで、もうおいちゃんはいなかった。
おいちゃんが座ったところを見てみると、タバコの吸殻と吐いた痰があった。

それからしばらくして、仕事を終えたスキップさんが売場に戻ってきて、「おいちゃん、入り口の前で寝とるよ」と言った。
入り口に行ってみると、おいちゃんは地べたに横になって寝ていた。
「おいちゃん、おいちゃん」とぼくは起こした。
おいちゃんはちょっと目を開けたが、また寝てしまった。
何人かのお客さんがこちらを見ていた。
スキップさんは「倒れたんかもしれん。救急車呼ぼうか?」と言った。
ぼくが「今、目を開けたけ大丈夫。酔いで寝とるだけよ」と言うと、こちらを見ていたお客さんたちは「なーんか」と言って店の中に入っていった。ぼくも売場に戻った。
それから何度か見に行ったが、おいちゃんはまだ寝ている。
明らかに寝ている。さっきと寝相が違うのだ。
7時前ぐらいだったか、ぼくはまたおいちゃんを起こした。
「おいちゃん、おいちゃん」と揺さぶってみた。
それでも起きないので、ちょっと蹴りを入れた。
おいちゃんは目を覚まし、「なんか、こらあ。文句あるんかあ」とすごんだ。
ぼくが「誰に言いよるんね」と大声で言うと、一瞬顔色が変わった。
そして、ぼくとわかると「あ、相撲はどうなりましたな」と言った。
「相撲なんか知らんよ。それより暗くなるけ、早よ帰り」とぼくは言ったが、相変わらずおいちゃんは知らん顔をしていた。
それから10分ほどして、警察がやってきた。店長が呼んだらしい。
おいちゃんは暴れていたが、パトカーに乗せられてしまった。
営業妨害や迷惑条例に引っかかることばかりやっているけど、酔いが覚めたら釈放されるだろう。
気の小さいおいちゃんだから、酔いが覚めたら、きっと真っ青になるはずだ。



2001年05月15日(火) あじさいの湯

結局登った山は花尾山でした。
標高477メートル(?たしかこう書いてあった)ぐらいの山で、この間よりも楽だろうと思っていたら、途中から階段ばかりで、途中何度も休憩しました。
今日は午後から用事があったので、登ったのは午前中でしたが、気温は高く汗びっしょりになりました。
今度からは着替えも持っていかないと。

ところで、どの山に登ろうかと帆柱山系の周りをまわっていたのですが、「あじさいの湯」やっと見つけました。
あんなところにあったんですね。
時間に余裕があったら、そこに車を停めて、皿倉に登り、降りてから「あじさいの湯」に入りたいですね。
疲れも癒えるでしょう。
そこからだと15分もあれば市ノ瀬に抜けられるので、渋滞を避け家に帰ることが出来るし。
うん、いつかやってみよう。
それが病みつきになったりして。



2001年05月14日(月) ハラマワリ

さて明日は休みです。
週間予報に反して、明日は晴れるということです。
今どこの山に登るか考えているところです。
皿倉山はこの間登ったので、今度は逆方面から登ろうか、それとも花尾山にしようか。
まあ、気が向いたほうにします。

そういえば今日体重を量ったのですが、78キロでした。
全然減ってないやん!
何のために、甘いものを絶ち、体を動かし、山に登っているんだ!
せめて76キロぐらいには落ちていると思ったのに。
いっそのこと「あしたのジョー」ばりの減量をしようか。
でもあんな顔になるのは嫌だし。(「金竜飛」戦を参照して下さい)
力石みたいに狂うのもいやだし。(「力石徹」戦を参照して下さい)
まだ真っ白な灰にはなりたくないしなあ。
とりあえず体重は二の次にしておきます。
目標は腹回りをスッキリさせることですから。



2001年05月13日(日) 酔っ払いのおいちゃんが来た

今日閉店前に、またあの酔っ払いのおいちゃんが来ました。
今日は筍が3本売れたそうで、上機嫌でした。
あまり酒は飲んでなかったけれど、相変わらず大声を出していました。
ちょうどテレビで野球をやっていたのですが、「今日西武はどうでしたか?私は西武が好きでねえ。どうもダイエーは好きになれんですたい。巨人も長嶋が好かんですけねえ」などと言っていた。
ぼくは今日ホークスが延長負けしたこともあって、イライラしていた。
そしておいちゃんに向かって「巨人の悪口は言うてもいいけど、おれの前でホークスの悪口を言わんでくれんね。」とちょっと語気を強めて言うと、おいちゃんは話をそらした。
そして、「大将お疲れ様でした」と退散していった。
相変わらず小心者である。
弱い奴ほど大きな声を出すものだ。そしてよく吼える。
あのおいちゃんを見ていると、それがよくわかります。

さて、今日から閉店準備の時に階段の上り下りを始めました。
だいたい5分ぐらいだから疲れない。
それでも今日は息があがっていました。
何度も言うようですが、1ヵ月後を楽しみにしておいて下さい。




2001年05月12日(土) 痛い話

昨日の山登りで足腰が痛い。
特にすねの筋と尻筋が痛い。
おかげで今日は変な歩き方をしていた。
幸い誰にもさとられなかったけど。
腕立て伏せと腹筋もやっているから、腕や腹も痛い。
でも、この手の痛みは心地よいですね。
思えば学生時代は運動部に入っていたので、いつもこの痛みとの戦いでした。
試験休み明けの練習はとくにきつかった。
吐き気までしていました。

痛みといえば、高1の頃クラブの練習中に足の親指のじん帯をやってしまい、その激痛が引くまで3ヶ月かかったことがあります。
意地を張って休まずに練習をしたのが長引いた原因です。
でも故障個所があると、踏み込んだ練習ができないんですよね。
またやるんじゃないかと、精神面の痛みも入ってきたりして。
集中力が欠けたまま練習していると、また同じところをやってしまう。
ようやく治ったと思っていた矢先、今度は右手の小指を骨折してしまいました。
そういうわけで、その後運動選手としての成長はありませんでした。
どちらも目立たない個所の怪我だったので、誰も気づいてはいませんでしたが、本当は大変な怪我だったのです。
右手の小指は今も満足に曲がりません。

その後は高校生活を楽しもうという考えに至り、部活もいいかげんなものになり、放課後は面白おかしく過ごしていました。
でも、その心構えがその後の人生に与えた影響、今考えるとそれが一番痛かった。



2001年05月11日(金) 登山

皿倉山に登ってきました。
今日はちゃんと山頂まで行きました。
だいたい1時間ぐらいで登れますね。
ケーブルカーの工事のため、業者の車が多くて若干興ざめすることもありましたが、自然を満喫できたことには充分に満足できました。
野鳥の姿もちらほらと見えました。
途中「サッサッ」と音がしたので見てみると、なんとカラスヘビが山を登っているじゃないですか。
カラスヘビを見たのは小学生の時以来です。
あの時は川を泳いでいました。
あのヘビは辺鄙な所を好むんでしょうね。

さて、山頂で昼食を取ろうとしたのですが、今日は山の上ホテルのレストランもリフト乗り場の食堂も休みでした。(ちなみにリフトも運休中)
下山して麓の食堂をのぞいたのですが、ここも休み。
早く工事が終わらないと、食事も取れない。
当分弁当持参になるでしょうね。
とにかく痩せるまでは休みのたびに登ることにします。
今日は疲れました。



2001年05月10日(木) 3つの謎

今日も漫画の話です。

1、
鉄人28号でいつも不思議に思うのは、正太郎君は自分でリモコンを操作しているのに、どうして「鉄人、頑張るんだ!」と言うんだ?ということである。
鉄人は別にアトムみたいに意志をもっているわけはなく、リモコンがなかったらただの人形である。
頑張れるかどうかは、正太郎君の操作の腕にかかっているわけで、けして鉄人が頑張るわけではない。
それを署長たちもよってたかって「鉄人頑張ってくれ〜」などと言うんだろう?
永遠の謎である。

2、
昔の漫画というのは戦争を題材にした物が多かった。
「ゼロ戦ハヤト」はもろそれだった。
W3では主人公の真一の兄光一は秘密諜報部員で、A国と戦っていたし、ビッグXはドイツらしき国(ナチス同盟)と戦っていた。
マグマ大使や遊星仮面は宇宙人と戦争やっていた。
「男一匹ガキ大将」は米軍と戦争をやった。
戦後20年、まだ戦争の後遺症が残っていた時代である。
「戦争はうんざりです。もう戦争しません」と宣言してあまり時間の経ってない時期である。
なぜこういう内容のものが流行ったんだろう?
時間が経つにつれ反戦物が多くなるというのも謎である。

3、
オバケのQ太郎は「少年サンデー」の他、小学館の学習雑誌にも連載されていたが、「小学1年生」と「小学6年生」の内容は同じだったんだろうか?
(そういえばオバQの中で、伸一が隣の神成さんに「ビートルズは立派な芸術です」と言い切る場面があったが、今考えると卓見だったなあ)



2001年05月09日(水) 再びW3

明日から、出社してから朝礼までの時間に、腕立て伏せとヒンズースクワットをやろうと思っています。
実際今日やってみたのですが、20回程度なら無理なくできるようです。
しばらくの間、朝礼中に息を切らしているかもしれません。

さて、以前W3(ワンダースリー)のことをここで書きましたが、今朝主題歌を聴きながら会社に行きました。
子供の頃覚えた歌というのは忘れないものですね。
しっかり歌うことができました。
それに、ボッコ・プッコ・ノッコがお尻を振りながら遠ざかって行く画像が、「♪ゆけ ゆけ ワンダースリー・・・♪」のところで心の中に蘇るのです。
これと似たことがスーパージェッターやマグマ大使の歌を聴いた時にもありまた。
今日は他に、ソラン,パピー,宇宙エースなどを聴きましたが、それぞれ話の内容は忘れたのに、ぼくの中にイメージが残っていて、「ソランはちょっと暗い少年、パピーはくそ真面目で堅物、宇宙エースはノー天気な少年だったなあ」などと思っていました。

子供の頃の記憶というのは、大人になってからの記憶よりも強烈に残っているものなんですね。
大人になってからの記憶で強烈に残っていることといえば、そうですねえ・・・、好きな人に振られた時のことぐらいかなあ? 
忘れたいことだから逆に残ってしまうんでしょうね。



2001年05月08日(火) 登山部も作らないけん

皿倉山に行ってきました。
麓に車を停め、そこから登っていったのですが、3合目まで行って引き返してきました。
決して疲れたとかいうものではなく、3合目から上が雲に覆われていたので、これ以上登ると危険だと判断したためです。
でも、以前のようにペースは上がらなかった。
1合目から、もう「ふうふう」言っていました。
平坦な道は1時間ほど歩いても息が切れることはないのですが、山道のせいか10分歩いただけで息が切れました。
やはり体力が落ちているのでしょうね。

皿倉山は近くということもあって、昔からよく登っています。
高校時代は学校がこの山の麓にあった(校歌は“帆柱山を背において〜”だった)ということもあり、この山でよくキャンプをしたものです。
体育祭や修学旅行の打ち上げキャンプと銘打って、酒を飲んで騒いでいました。
また、高校3年の時の春の遠足の行き先がこの山でした。
何も裏庭みたいなところを、遠足の行き先に選ばなくてもよさそうなものですが。
朝学校に集合してさっそく登山、山頂に着くとすぐ食事、1時間の自由時間の後「ここで解散します。各自気をつけて帰るように」といわれ下山。
意味のない遠足でした。

卒業後は年1回のペースで登っていたのですが、ここ何年かはサボっていました。
また今日から再開します。
やっぱり山は季節を感じられていいですね。



2001年05月07日(月) 運動

高校時代に読んでいた「自己トレーニング」という本を引っ張り出して、体型改革に乗り出しました。
「卵黄にんにく」のじいさんみたいに腹をへこませたい。
あのじいさんも40代の頃は腹が出ていたそうです。
あそこまでマッチョじゃなくていいけど、せめて高校時代の逆三角形の体型に戻したい。
というので、今日やったのはイスを使った逆懸垂と腹筋・背筋、それと腰回し運動です。
一日各運動を10回やれば充分ということで、やってみたけど実にハードです。
もうすでに、腕に力が入らず、わき腹と背中が痛い。
明日は最悪でしょうね。
でも、ここでやめると腹をへこませることができない。
まあ、1ヵ月後を楽しみにしといて下さい。
きっとズボンがブカブカになっているはずですから。

そういえばここ十何年かやってない運動があります。
それはジョギングです。
前の会社の頃、運動不足だったので、朝起きぬけに2キロほど走ろうと思い立ったことがあるんです。
でも、初日からつまずきました。
普段より1時間も早起きして走ったのですが、500m位走った所で気分が悪くなり、リタイヤしてしまいました。
その日一日気分の悪かったこと。
それ以来走るのが怖くなって、運動といえばもっぱら歩くことにしています。

さて、明日は休みだし、久しぶりに山でも登ってこようかな。



2001年05月06日(日) 缶けりやりませんか?

昨日の「長州VS小川」のことだが、スポニチにも『歴史的凡戦―小川も「最悪!!」長州も』という見出しで酷評してあった。
『小川「レベル違う」長州「実力認めん」』と言っていたらしいが、ろくに組みもしないあの試合内容でどうして相手のレベルや実力がわかるんだろう?
今「ベスポジ」(テレ朝系列)で、昨日の試合をやっているが、スポーツニュースでこんな茶番をやるな!

さて、最近の悩みといえば、前にも書いたが「腹の肉問題」です。
今日も仕事中に一生懸命に運動していました。
運動といっても体を曲げるだけの簡単なものです。
この程度の運動は、これ以上太らないという効果しかないでしょう。
そこでぼくは考えてみたんです。
「子供の時はどうして太らなかったんだろうか?
 やはり外で遊んでいたからだろう。
 いったい何をやっていたんだろう?
 パッチン(メンコ)やダンチン(ビー玉)は動きがない遊びだし。
 野球は別として、動きのある遊び・・・。
 ああ、あれがあった。
 缶けり。
 そうだ、あれはスポーツといっていいほど動きがある。頭も使うしね。
 ああいう遊びを毎日やっていたんだから太らなかったんだ。
 缶けりか。最後にやったのは予備校の頃だったなあ。
 今やったらおかしいかなあ?
 でも、40代で缶けりやってどこがおかしい?
 誰にも迷惑かけんわい」
ということで、誰か一緒に缶けりやりませんか?



2001年05月05日(土) 長州VS小川

なんか、あの長州VS小川の試合は!!
それに新聞には、どこにも4人タッグとは書いてなかったぞ!
お互いはけん制しあうばかりで、実際戦ったのは他の2人じゃないか!
2時間もかけて放送するような内容じゃないやろう!?
前書きが異常に長いし、だいたい馳の試合なんかどうでもいいんですよ。
せっかく楽しみにしていたのに、肩透かしを食らった感じです。
おそらく遺恨を残したまま、「東京ドーム決戦」っていうことになるんでしょう。
そうしたほうが興行的には潤うしね。
でも、そうなった場合、テレ朝系で放送やってくれるんだろうか?
またスカパーやWOWOWの独占になったりして・・・。

それにしても、こういう鳴り物入りの試合は肩透かしに終わることが多いようですね。
猪木VSアリの時もそうだった。
あの時は急いで学校から帰って見たのに、ショーモナイ試合だった。
結局、語り草になったのはアリキックだけだった。 
この技は春一番でもできる。
近くはWOWOWの独占放送になったタイソンの試合。
5時間もかけて放送したのに、タイソンの試合は10分ぐらいしかなかった。
しかも結果は、タイソンの噛みつき負け。
佐竹や前田は負けてばかりだ。
こんなのばっかりですよ。
もう少しハリのある試合が見たいなあ。



2001年05月04日(金) また試合時間が5時間を超えた

今日もホークスは5時間以上も戦い、接戦をものにしました。
一昨日5時間以上戦い、寝不足のまま昨日も試合、大阪に移動して、今日も5時間以上の試合、きついでしょうね。
ぼくだったらとうに逃げ出しているでしょう。

ところで、今日は出先でラジオを聴いての応援だったのだけど、KBCラジオはどうして日曜や祭日のデーゲームの途中午後3時と3時45分に競馬中継を入れるんだろうか。
あんなの結果だけでいいじゃないか。
競馬を聴くためにKBCラジオをつける人はいないのではないだろうか?
競馬が気になる人は、最初から競馬場に行くか、WINSに行くか、テレビを見るか、短波を聴くかしているはずだ。
わざわざ、3時と3時45分にラジオのスイッチを入れるようなことはしないだろう。 
それもこの時間をめどにやるというだけで、野球の関係で時間がずれこんで、中継録音でやることもあるのだ。
ぼくが競馬ファンならそんな不確定な放送は決して聴かない。
やはり上記のような方法をとるだろう。
テレビでホークスの中継がない時には、KBCラジオが頼りなんだから、中断などせず、ゆっくり野球を聞かせて下さいよ。

ああ、それと、トップのBGMを変えました。
曲名は「夏の夜」です。
いつものようにオリジナルで、19歳の時に作った曲です。
当分これで行きます。



2001年05月03日(木) 困った

今日の日記のテーマを考えてなかった。
今日一日何をしたんだろう?
たしか朝は荷出しで忙しかったよなあ。
昼間は何をしたんだったか?
よく覚えてないなあ。
だいたい日記のテーマはお風呂に入って考えるんだけど、今日は「渡る世間・・・」を見ていたので入浴時間も短かく、考える暇なんてなかった。
いったい何してたんだろう?
うーん、わからん。

そういえば、以前読んだ本にちょっと気になることが書いてあったのを思い出した。
西鉄ライオンズの黄金時代にうぐいす嬢をやっていた人の話だ。
もうけっこうお年の女性であるが、今でも時々『おおその声は! もしかして平和台球場でうぐいす嬢をやっていた方ではないですか?』と聞かれることがあるそうだ。
そんなことあるわけないやん!
だいたい40年も前の、それもマイクを通して聞いていた声を、生声を聞いたぐらいでわかるわけがない。
ぼくなら到底わからない。つい20年位前の、大好きだった人の声でさえ覚えてないのに。
それを毎日平和台に通ったとはいえ、覚えているほうがおかしい。
仮に本当にそう聞かれたとしても、その声をかけた人が、誰かから「あの人平和台のうぐいす嬢だったらしいよ」と聞いて、「本当か?ちょっと聞いてみようか」ということで聞いただけじゃないのか?
それか、知っていてわざと聞いたんじゃないのか?
それとも、「声がきれいですね」と言われたので、「以前平和台のうぐいす嬢をやってたんですよ」と答えたのを、「平和台でうぐいす嬢をやってた方ですか?」と聞かれたと誤って記憶しているだけじゃないのか?
まあ、どうでもいいことですけどね。



2001年05月02日(水) 延長11回、サヨナラでした

「なんか今日の試合は!」と言いたくなるくらい、今日のダイエーVSロッテ戦は長い試合でした。
仕事中に始まって、帰る時には5回の攻防中だった。
試合が終わってから風呂に入ろうと思っていたが、10時過ぎてもまだ8回、仕方なく9回の表に風呂に入りました。
それからがまた長かった。
ぼくは風呂の中で本を読んだりするので、けっこう長風呂なんですが、それでもYahoo!の今月号を一通り読んでも、試合の決着がつかなかった。
結局、サヨナラ勝ちを収めたのは、風呂から上がって食事をしている時でした。
9回表のエラーさえなかったら、すんなり終わっていた試合だったのに。
試合をやっている人たちも、明日はデーゲームだし疲れるだろう。
我々会社勤めがよく経験する「ちぇっ、仕事がぜんぜん終わらん。今日は残業かあ。明日は早出なのに・・・」というのと同じ感覚だろう。
案外、ミッチェルなんかはそう言っているかもしれない。



2001年05月01日(火) 体が痛い!

最近、休みの日は本当によく寝ています。
今日も12時間は寝ていました。
でも、寝すぎると背中や腰が痛くなるし、胃は悪くなるし、あまり健康的ではないようです。
そういえば何日か前に腰が痛くて、というかだるくてたまらないことがありました。
腰を揉んでも、ストレッチやっても治らない。
「どうしてだろう?」と思いながら、バイブレーターを片手にマッサージやっていると、肩甲骨の下のところが異常に痛いのに気がついた。
「ここか?」と思いながらその場所を徹底的にいじめていると、腰の痛みがうそのように消えていきました。
肩こりもそうだけど、痛い場所(例えば肩こりの肩とか腰痛の腰)はいくら揉んでも良くはならない。
別のところに原因があることが多いのです。
肩こりや腰痛は、ぼくの場合(今回もそうだったけど)そのほとんどが背中にあります。
若い頃激しい運動をやっていたので、背骨がずれやすくなっているんでしょうね。
治そうと思えば背筋を鍛えて筋肉をつけるしかないけど、休みの日にこんなふうじゃね。


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