スナックおのれ
毛。



 大晦日のセオリー。

 今、私は、面倒臭がっている。実家に帰らねばならぬのだけれど、準備して、靴を履いて、バスに乗って、電車に乗って、新幹線のチケットを買って、乗り込んで。そんなことが無性に面倒くさい。そうこうしているうちに、時刻は16時半。そろそろ母リエコからの電話が恐ろしくなる時刻。
 いや、でも面倒くさいんだもの。家を出ちゃったらいいんだけども、それまでがねえ。毎年のことながらの私の大晦日のセオリー。
 大晦日のセオリーと言えば、今日のドラえもんでのぶ代ドラえもんと迎える大晦日は最後です。今年は傑作集をやるみたいだけど。子供のときからの恒例がひとつなくなるというのは、やはりさびしいものです。
 今日のその時刻、私はたぶん新幹線の中にいるはず。だから、先ほど、友人にビデオの予約を頼みました。残り少ない2004年と残り少ないのぶ代の任期を惜しみながら。年がひとつ過ぎていきます。

2004年12月31日(金)



 クリスマスを終えて。

 クリスマスなので、ひとりでケンタッキー。時間がないのに、ケンタッキー。10分で私的考察とするクリスマスイベントをすませ、もちろん間食。はなやぐ店内を尻目に、口元をぐいっとぬぐいながら、店を出る。
クリスマスなので、ごちそうをと思って、すき焼き。金に糸目はつけまい、と意を決し、小田急百貨店へ乱入。にもかかわらず購入したのは、タイムセールにかかっていたちりちりほうれん草のみ。店員の「99円でございます」との馬鹿丁寧な言葉に、満面の笑みで対応。悔しくなって、900円のチーズを購入。いつもの文化堂(地元のスーパー)でがんばろうと一念発起。ところが、文化堂ではいつもより20円高い春菊を購入したにもかかわらず、賞味期限間近により30円引きの木綿豆腐を買ったりする。
クリスマスなので、チーズを肴に日本酒をちびりちびり。M1グランプリを見ながら、ちびりちびり。
 こうして過ぎていった私のクリスマス週末。六本木ヒルズのイルミネーションも新宿高島屋の浮かれた恋人たちも追い抜いて、私はまだまだ幸せです。嗚呼、年末だなあ。

2004年12月26日(日)



 皮膚不具合に勝つ。

 皮膚の不具合がではじめています。なんてったって、27歳。夜更かし泥酔大好きな遊びたい年頃。でも、20歳の頃の乱れた生活をそのまま送ろうとすれば、そのまま皮膚にでるようになりました。
 で、なにに頼るかと言えば、化粧品。先ほどもちょっと高級そうな化粧品のバナーをポチン。でもって、値段を見てドキン。石鹸2個と化粧水で3万ってよ。トライアルキッドには2980(ニーキュッパ)なんてのもありましたが、継続するためのことを考えると、値のはるものは買えません。
 嗚呼。でもちょっとやっぱり気になるなあ。3万円の石鹸ってさ〜。嗚呼。どんな感じなのかなあ。お肌がはにかんだり、大笑いするような使い心地なのかな。嗚呼。気になる。でも高い。嗚呼嗚呼。
 きっとこうしている間に、シミとかそばかす、しわは形成されていくんだろうなあ、なんて。将来の美しい肌のためには迷いを捨てろ、そんなことなんでしょうか。

2004年12月25日(土)



 閉じこもり虫。

 遊ぶことが大好きであります。遊びが嫌いなやつなどいるか、阿呆め、と思われるかもしれませんが、たとえば、世界中の遊び好きがあつまって、自らの遊び好きを競う選手権大会があったとしたなら、優勝しかねない、そんな自負を持っております。しかし、遊び好きとはいえ、うまく週末をうめることはやはり至難の業。私が遊びたい友人は、みんなが遊びたい人。彼、彼女の時間を独占することはできないのです。ところが、この1ヶ月。うまいこと、週末がうまりました。みんなが遊びたいであろう友人をとっかえひっかえに、週末ぶらぶらと、遊びまくり。もちろん、所用も多くありましたが、総じて遊びまくり。こりやあいいやあ、と思いきや、ふと部屋を見ると、乱れ放題。しかも、体はなんだか疲れてる。いかんなあ、と思った矢先の本日。予定があきました。久しぶりのお家での休日であります。午後におきだして、ゲームして、掃除機かけて。予定がうまることは喜ばしいけれど、やっぱり一人きりの休みも大事だよね、と痛感しました。まあ、心残りは洗濯まで手が回らなかったことではありますが。

2004年12月23日(木)



 退廃聖夜序曲。〜流行を取り入れて〜

 クリスマス近い休日前夜であります。ランドマークにイルミネーション、道ばたにイルミネーション、なぜか家の軒先にもイルミネーション。家族のささやかな幸福よりも恋人たちの浮かれ気分、甚だしく。
 今晩、我が西馬込駅を降り立つと、目に入ったのは、黒コートのいやに背の高い男女。すでにその浮かれボルテージたるや頂点に達し、あの寒そうで寂しい駅構内であってさえも、頬をよせあう、手をつなぎ合う、はにかみはじらう、微笑みあう等々、いつもの疲れきった西馬込乗降者の注目を一身に集めておりました。私はといえば、電車の中の爆睡をひきづりながら、ぼやぼや歩き、「ああ、文化堂(駅前のスーパー)で何買お?何を食べよう」などと考えておったわけです。
 さて、その文化堂に入ってみると、こちらにもいつもと違う人々がちらほら。恋人たちです。浮かれています。二人では食いきれないような肉を眺めたり、シャンパンを手に取ったり、うふうふと、食材を手にしては笑い合っております。その間を申し訳なさそうに通り過ぎる単身赴任らしきおじさん、残業づかれを引きずる女性。さながら、店内は浮かれと疲れのの混沌と化しておりました。
 ここで一言言わせて頂くならば、浮かれ人は紙袋をレジ袋にするようなとこで買い物しろよ、なんて。だって、あなたが手に取るそのチキン、「奉仕特価!198円」って書いてますから!残念!浮かれムード退廃斬り!

2004年12月22日(水)



 生田の幾多。

 先日、機会があって生田に行って参りました。生田とは、私が学生時代を過ごした神奈川県は川崎にある小さな町であります。駅に降り立ち、するすると階段をのぼると、少し広くなった改札が見え、左を向くと、変わらない風景。住んでいたのは、4年程度。ですが、されど4年。色々な記憶が思い起こされました。たとえば、駅前のマックで、友人とだらだらしたこと、角をまがってすぐにあるどんぶり屋に通ったこと。スーパーに行ったこと、友人への家まで、暗がりの道をのんびり馬鹿な話に花を咲かせながら歩いたこと、学園祭で肉を買うために肉屋で豚バラ1kgたのんだこと、花火をしたこと。5年もまえのことなのに、それはそれは鮮明に思い起こされました。
 はたして、記憶は、いつ色あせるんでしょうか。そもそも、色あせることはあるんでしょうか。できれば、ただただ楽しかったあの時代のことを、ずっと色鮮やかに覚えておきたいものですが。

2004年12月20日(月)



 no music,no life

 以前にその人は自分の歌を「うんこ」と称した。私は、その人の歌はおよそ「うんこ」と呼べるものではないと感じていた。たとえば、「うんこ」は「栄養」の「搾りかす」。でも、その人にとって歌うことは、「解毒」行為で、その人の歌は、体に貯められなくなった「毒」そのものだったような気がしていた。だから、その人の歌には、「負」の念がいつもからみついた。
 でも、その人はある日、突然、歌わなくなった。解毒を歌ではなく、文字と絵に託すようになった。あれから、数年。彼女はまた歌い始めた。今度は解毒ではなく、大切なものとして、自分に取って貴重なものとして、歌を歌うようになった。
 いちファンとして、とても喜ばしく思った。久しぶりに聞いたはにかんだ歌声に、成長を感じました。no music,no life。名曲です。あらゆる意味で。

2004年12月16日(木)



 享年53歳。

 友人のお父さんが亡くなったそうです。友人は今年のはじめに結婚したばかり。そういえば、結婚式の時にお父さんがスピーチされていたような、そんな記憶があります。その1ヶ月半後、亡くなったそうです。
 享年53歳。私の父と変わりありません。自分の「あたりまえ」が崩壊する恐れ。以前に、私は従兄弟の死で体験しましたが、しばらく忘れようとしていた概念が蘇り、恐れる自分がいます。享年53歳。今は、友人の心中をさっするばかりです。

2004年12月15日(水)



 東京水の悪夢。

 いつものように自転車をおして坂をのぼっていると、家の前がなにやら工事中。はてさて、年末恒例の道路工事かしら、と思いましたが、なにやら様子が少し違う。というのも、工事現場とおぼしき場所には、黄色のランプがぐるぐるまわるトラック。神妙な面持ちで腰まで穴に埋まった作業員が数人。あら、変わってるわね、と思った途端、思い出しました。今晩は断水なのです。23時から7時まで、大田区の東雪谷近辺広大な場所が断水なのです。
 おそらくそれは、今、ちまたの地下鉄に飾られている「東京水」なる水のせい。「より安全でおいしい水の供給」をコンセプトに、サンリオのキティちゃんまで登場して広告活動がなされています。自分に関係ないことのように思っていたんですが、よもやこんなところで!
 そもそも、私は水の切り替えに工事が必要になるとは思っていませんでした。もともと水道管はあるわけだから、そこを通る水がある日からついっと変わるとばかり思ってたんです。だのに、だのに。断水工事だなんて。
 嗚呼。どうせなら、広告に工事の有無まで書いて欲しかった。いやいや、そもそも、この工事が本当に東京水のせいかは不確かなこと。ですが、なんにせよ、水がおいしくならなければ、なんとなく解せない気分であります。嗚呼。私のばか。

2004年12月14日(火)



 凶の血筋。

 父母ひきつれて、浅草寺に行って参りました。曇天でしたが、どうやら酉の市だったみたいで、仲店は大にぎわい。そこらへんをヒヤカして後、いざ浅草寺へ。煙をかぶって、高い天井を見て、さあさあ寺の中にあるおみくじを。私はついこの間、引かせて頂いたばかりだったので、遠慮して、とりあえず父母がみくじへと挑みました。
 まず、母ですが、「凶」。「私もこの間、凶だった〜」なんて笑いながら、いざ父のみくじをみてみると、こちらも「凶」。どうなってるんだ、こりゃ。本当に浅草寺のみくじは凶だけしかないんじゃないのか。それとも、凶も血筋なのか。謎です。

2004年12月12日(日)



 おばちゃんの特攻服。

 朝、電車で。おばちゃん集団に取り囲まれました。おばちゃんといっても、お孫さんがいそうな年代のおばちゃん。それぞれが大きなリュックをしょって、地方の言葉を話していました。その数、ざっと20人くらい。空いている電車とはいえ、さすがに席はいっぱいです。すると、席に座れなかったおばちゃんが私の前で、ぶら〜ぶら〜としているわけです。一瞬、席をゆずろうかしら、と思いました。だけれど、なにやら不公平感を感じてやめました。だって、私が一人譲っても、あまったおばちゃん10人全員が座れるわけではないんですもの。しかも、東京に旅行に来るようなおばちゃんだから元気でないわけがないじゃない!
 とはいえ、なんだか肩身が狭い。とりあえず視線を下に落とすと、20人のおばちゃん全員が歩きやすそうな靴を履いているのが見える。おばちゃんの本気が具現化したような靴。さながら、暴走族の特攻服のような東京旅行への「腹据えた」感じがする靴。考えてみれば、おそろいのようなリュックも、みんな手を自由に使えるようにするためのもの。完全に席を譲らなくていい、と思えた一瞬でした。
 九段下でおりたおばちゃんたち×20、東京旅行は満喫できたかしら?

2004年12月09日(木)



 ラクトバチルスカゼインシロタ株。

 ラクト:乳糖、バチルス;菌、カゼイン;なにかの物質、シロタ株;シロタさん。(たぶん。でもシロタさんはあたってるはず)
 幼少のみぎりから、便秘です。赤ん坊時代からの便秘。筋金入りなんです。なので、母親;リエコは私にありとあらゆる便秘対策をさせてきました。たとえば、ヤクルト。たとえば、ヨーグルト。たとえば、腹マッサージ。たとえば、アロエ。たとえば、何かを煎じた汁などなど。一般的に便秘に良いとされるものから、あきらかな民間療法までそりゃあ色々と。でも、子供のときって、便秘をあまり気にしちゃいないもんです。むしろ、学校で便意をもよおさないだけ、万々歳くらいに考えていまた。しかし、大人になってみると、そうもいきません。やっぱり、便は便。お腹からのお手紙。腸と言うポストがいっぱいになれば、体の調子がよくありません。さて、どうしたものかと、最近は率先してラクトバチルスカゼインシロタ株をとるようにしています。昔よりミルミルうまく感じるようになったなあ、とか感心しながら、毎日のように摂取に勤しんでいます。ですが、その効果があまり見えない。あいかわらずの便秘が続いています。本当に「生きて腸まで届いて」いるのかしら。それを調べる術がまったくないのが口惜しい。できることなら、腸いっぱいにラクトバチルスカゼインシロタ株が増えていることを祈ります。

2004年12月08日(水)



 逆「これみよがし」ランデヴー。

 寒い季節になりました。人肌恋しい季節となりました。一般市民の民家に灯される「これみよがし」なクリスマスの飾り付けが目にしみる季節となりました。
 電車に乗っていると、これまた「これ見よがし」な恋人たちに出会います。そう混んでもいない電車内で行われる、50ヘーホーメートル満員電車。ふたり埼京線(朝)ごっことでも言いましょうか。手だけ握っているのならまだしも、顔と顔の距離が10cm未満だったり、果ては首に腕を、こうはんなりとまきつけていたり。まわりを見てみると、あきらかに目をそらそうとしているおじさんや、あからさまに顔をしかめるおばちゃん、自分の人生にとってはまったく関係ねえやとばかりに無関心な若者と、周囲のみんながみんな、見なかったことにしていることに気づきます。なにも迷惑かけてないじゃない、と開き直られたら終わりですが、人ってどうも「これみよがし」に、弱いみたい。
 今日、京王線にて、その逆バージョンカップルを見ました。どうやらまだつきあっていないらしい男女。女の方は積極的に横の男子にアピールしていて、男子の方に体を向ける、乗り出す、突き出す。しかし、一方で男子はそれをよけすぎたか、体と座席の角度が30度くらい。これまた「これみよがし」すぎます。いっそのこと、いつもの恋人たちのように、はんなりと手のひとつでもまきつけてもらった方がよかったのかしら、と思いながら、珍しい「これみよがし」に困惑。
 その後、私は乗換駅でいっしょにおりた男女の後ろにぴったりとくっつき、様子をうかがってしまった次第であります。これまた「これみよがし」だよなあ、と思いつつも。

2004年12月07日(火)



 SSS(スマート・スメル・スタイル)

 香りというものに、鈍感な私。以前からまわりの人が「冬の電車がくさいくさい」といっていたことが、やっとわかりかけてきました。
 冬の電車。足を踏み入れたとたんに、蒸れたかおり。親戚のこたつの中のかほりのような、色々な人の色々なにおいが、コートやセーターなんかの防寒着で蒸れてまじって、こもっている、そんな感じ。なんで、全然きがつかなかったのかなあ、と思います。今だって、そんなに強烈には感じていません。たまににおってくるような、においの存在を探ろうとしてやっとわかるような。みんな、敏感なんだねえと思いながら。
 そういえば、ここ数年ニオイグッズが大流行り。ファブリーズなんかもそうだし、臭い消しグッズは必需品みたいになっております。最近は、もとから寄せ付けないグッズまでもが。そのうち、電車の中も防臭になるのかしら。つり革が竹炭でできたりするのかしら。そうなると、みんな出勤時、真っ黒の顔でいたりして。それはそれで楽しいなあと思いつつも、スマートな生き方をぜひとも目指したい私としては、やっぱり直前になっていやがるんだろうなあ、なんて。まあ、今のところ、やっと電車の臭い気づいた私には、スマートな生き方なんてできないんだろうなあ、なんて気もしますが。

2004年12月06日(月)



 昨日の住人。

 もう土曜日ですけれど、昨日の住人の今日の私は金曜日の日記に書き込みます。
 寝ていません。昔、ドラえもんの秘密道具の中に寝なくていい薬「ネムラーズ」とかいうのがあったけれど、あれ、ほしいです。子供の時は、寝なくていいことに憧れていたのびたに共感ができなかったけれど、今はわかる。だって、遊びたいもの。もっともっと遊びたい。
 ああ、自堕落な文章を書いている気がする。だって、眠たいんだもの。
ねむたい。ホーミタイ!

2004年12月03日(金)



 まぶたのおでき。

 まぶたにニキビ、否、吹き出物が・・・。まったくめずらしいところにできたもんだよと、放っておいたら、なんだか顔が小岩さんっぽくなりつつあるらしい。会社の人に大丈夫?大丈夫?すごいよ?と言われます。目医者行け、とも言われます。だけれどもね、これね、たぶん、吹き出物。ジャングルハウスに暗躍している虫に食われたわけでもなんでもなくて、ほんとうに吹き出物。時折、まぶたからじんわりと痛みがしみて、頭がいたくなるけれど、たかが吹き出物。10代女子においては「ニキビ」。20代からは「吹き出物」。明日、朝起きたら目が開かなくなってたとか、ちょっと経験してみたいけれど、ほんとうはいけないことなんだろうなあ、なんて。

2004年12月01日(水)
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