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五輪ピックと、「ワガクニ」というまなざし - 2004年09月01日(水)
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さて、いつの間にか五輪ピックも終わっていました。
唐突ですが、スポーツにはいろいろな見方があると思います。
私の場合は、アスリート同士の戦いに「(我が)国」という要素を絶対に混入させまいと思います。 鍛錬に鍛錬を重ねた人間が見せる極限のパフォーマンスを楽しむ場に、 なぜクニなどというものが持ち込まれなければならないのか理解に苦しむからです。
もっと言えば、「ワガクニ」というまなざしは、時にアスリートの戦いを見る目を曇らせます。 すなわち、ワガクニ以外の選手を「テキ」と認識し(実際テレヴィで何度もその表現に出会いました)、 その失敗を願ったり、喜んだりするような態度でスポーツを見ると、 ワガクニ以外の選手の数多くの素晴らしいパフォーマンスに心を動かされる機会を失するように思えるわけです。
私にとって、「頑張れニッポン」という言葉ほどぞっとするものはありません。 「頑張れ北島」とか「頑張れ谷」とか言うならまだ分かりますよ。 そこで何で応援の対象が「クニ」になってしまうのか理解不能です。 戦うのはアスリート個人なのに。 (まあ、当のアスリートにも国を背負う気マンマンの人がいるのでアレですが、 インタビューで「ヒノマルを背負って頑張ります」などと言っている人に対して、 「あなたはそんなことを考えながら練習を重ね、競技をしてるんですか?」とは訊ねてみたい)
日本人選手がメダルを取ったシーンのみをかいつまんで放送するような番組を私は絶対に見ません。 スポーツを見るということは、過程を見ることなのであって、結果を見ることではない。 街の電光掲示板に突如として「誰それが銀メダル」などという情報のみが流れるのをよく見ましたが、 あれも私の理解の範疇を完全に超えています。 どのような戦いをしたのか、どのようなパフォーマンスを見せたのかという過程なしに、 日本人の誰それがメダルを取ったという結果のみを知ることが、どうして重要なのでしょうか。
普段はまず目に触れることのない競技、アスリートを見ることができるから、 私はいつも五輪ピックを楽しみにしています。 今回は、トラック系の自転車競技とウェイトリフティングが特に印象的でした。 しかし、全世界の多くの人々がワガクニというまなざしに縛られている様を見るハメになるので、 私は、五輪ピックを見るのがあまり好きではありません。
スポーツを楽しむなら、ワガクニというまなざしは捨てるべきである。
これが私がたどりついた当面の結論であり、これからもここにこだわり続けていきたいと思います。
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