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女子ジャストミート楽坊 - 2003年12月28日(日)
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さっきまでやってた日テレのバンキシャという番組が、 女子十二楽坊をわざわざスタジオに呼んで、オープニングとエンディングで演奏させていたんですけど、 その演奏に思いっきりジャストミート福澤の司会をかぶせていました。
あまりの配慮の無さというか、阿呆さというか、無神経さというか、とにかくまず呆れましたね。 例えばシェミストリさんが熱唱したり、モルニンゲン娘さんがぴょんぴょん飛び回ってる背後に、 アナウンサーの司会をかぶせたりするでしょうかね?
が、別のことも考えました。
もしこの演出を考えた人間が、これを社会に対する皮肉としてやったんだったら第一級だと思います。 要するに、「彼女らの演奏は結局あなた方にこういう風に消費されたんでしょ」というシニシズムの表現として。
確かに、多くの人間にとって、今年バカ(この言葉も今年の流行)のように売れた女坊のそれに限らず、 あらゆる音楽がどんどんBGM化していっているような気がします。 言い方を変えれば、BGMとしてしか音楽を求めない、消費しない人間が多くなっていて、 そういう人間達のためのオンガクが量産され、幅をきかしているのではないかと思うのです。
もしこの考えが当たっていたとしても、別に僕にそういう傾向をどうこう批判する資格はありませんが、 はっきり言って悲しいですよね。 BGMとしてしか音楽を捉えられないのって。 あらゆる主体性を動員して、身体全体で音楽と向き合い、受け止め、楽しむことが、 「いつも」とは言わずとも、せめて「たまに」くらいはあってもいいんじゃないかと思いますけどね。
こうやって考えていて、 前に掲示板で話にのぼった「この国民にしてこの政治(家)あり」という警句を思い出しました。 テキトーにオンガクを消費する人間が多い社会では、きっとテキトーなオンガクが量産されるのでしょう。
まあ、僕はこれからも、僕の信頼できる人たちが真剣に創った音楽とお付き合いさせて頂きますので、 ま、別に勝手にやっててもらって構いませんけど。
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