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オサムをひたすら振り返る - 2003年01月08日(水)
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オサム最終稿、提出!!
思えば一昨年の6月に動き始めて、 あんなことやこんなことがありました。 自分の日記から振り返ってみましょう。
2001年6月、昭和23年政令401号が見つけられませんでした。 2001年10月5日、図書館にこもるも収穫はなし。 10月9日、人事院に行くも、結果は散々。 11月28日、初めての国会図書館。政令401号はありましたが、今度は政令401号施行細目がありません。 当時はこの施行細目の法形式すらわからなかりませんでした。 (ちなみにこれは新給与実施本部通牒62号。法令集に載ってないはずだ) 5階の憲政資料室で所在なくSCAP文書に当たってみたりも。 2002年1月22日、先生のオフィス。「うーん。いよいよ主題を変えないといけないかも知れないぞ」・・・聞かない振りをしました(笑) 2月15日、隆先生に「春休み中は修論のことしか考えません」宣言。履行されず。 3月15日、先生に新アウトライン提出。先生のコメントは「ほう。なかなか面白いものになるんじゃないですか。資料があれば。」・・・聞かない振りをしました(笑) しかしこの時、先生はまた人事院に連絡をしてくださいました。 思えば、これが縁でUさんにお会いできたのでした。 3月20日、人事院。先生が連絡してくださったYさん(エライ人)の紹介で、Uさんと初めてのご対面。 優しい方でした。官庁に行って初めて優しくされました。感激でした。 Uさんに欲しい資料をお伝えして、捜索を依頼。 3月28日、再び人事院。Yさんと面会。 エライ人苦手。なんか怖いし・・・。結局話かみ合わず、何も通じず、Yさんも困って結局Uさん登場(笑)。 部屋に入ってきたUさんの笑顔がどんなにありがたかったか・・・ 思えばこの時、僕の面倒を見る担当はUさんに決定したのでした。 でも、肝心の資料は何も出てこない。落胆。 そして、人事院を一歩出た瞬間、頭の中から修論という文字が消滅しました。 暗黒時代の始まりです。 5月3日、思い立ってちょっと修論を書いてみたようですが、何を書いたかは覚えていません。 きっとろくなものを書いていないのでしょう。 ちなみに当時の僕は「来年の2月には書き上がっているということが まだぜんぜん信じられない」 と記しています。提出期限を間違えてますね。 ただ、この時、ようやく僕の修論スイッチが入ったようです。 5月7日、図書館で徹底的にリサーチしてます。 5月13日、国会図書館と人事院。Uさんと1時間ほどお話。 この時、職階制に関する資料がぽつぽつ出始めて、若干の光が射してきました。 6月1日、西尾隆『日本森林行政史の研究』を読む。行政史に目覚め始める。 これが一つの大きな転機でした。 6月24日、タカシ先生の授業のレポート「『キャリア』の歴史〜概念史・言葉史的アプローチ」をタカシ先生と先生に提出。 これが修論の第1章第3節を構成することになります。 6月28日、飲み会の席で24日に提出したレポートを誉められました。 当日の日記より「なんかオサムやる気になってきたぞー!!!」 7月1日、「オサムポーチ」作成。情報カード、ボールペン・付箋などをダイソーで買いまくりました。 そしてこの日から、ノートを取り始めました。 7月10日、「オサム書けそうな気がするのとオサム書けなそうな気がするのが交互にやってきて精神状態があまりよくない」 7月11日、完全凹み。「修論書けない→卒業できない→研究者になれない→路頭に迷う」 7月15日、いよいよ本文を書き始めました。この決断は正しかった。 7月21日、「歴史を書くということの難しさを実感する。」 7月23日、20枚を越えました。 7月24日、先生と面談をしました。先生のコメント「まあ、調べてください。書いてください。としか言えないねえ。はっはっは」 はっはっは。 そして「夏休み中に草稿を書き上げます」と宣言。今考えると片腹痛し。 7月31日、東京大学経済学部図書館。今井一男の著作・談話録と、「国労関係資料」の閲覧。 思えばこの頃は公務員給与をめぐる昭和20年代前半の状況に関する知識がまるで足らず、 せっかくの1次資料もほとんど役に立たずでした。 「もう少し自分にとって何が必要か明確になったらまた足を運ぼう」と思いましたが、 恥ずかしながらこれ一度きりになってしまいました。 8月5日、jeudi jaune正式始動。これは関係ないか。 8月20日、人事院。初図書室。こもって5時までノートをとり続けました。 この日から28日までに4回人事院図書室通い。 その度にUさんにお昼をごちそうになり、 しかも書架を漁ってみると、いろいろな興味深い資料が。 この時、初めて調べる喜びを味わった気がします。 めげずに通い続ければ、必ず何かがあるもんだと。 8月31日、ソツロン合宿で修論途中経過を発表しました。 9月8日、97枚。 9月29日、115枚。 10月1日、中間概略を提出しました。 「論文の根幹にかかわる部分を、いままであまり真剣に考えてこなかったことに気付き、ノートにいろいろ書き殴りつつ思索する」 10月2日、「概略を書くときに本質論ばかり練り直してしまったためか、 考えすぎで本文が書き進められなくなる」 10月7日、突如として決まった、先生への中間報告。 11月13日、人事院。この日は素晴らしかった。 貴重な資料が図書館から出てくるわ、貴重な話しをUさんからいろいろ聞かせてもらうわ。 この日の静かな興奮は今でも忘れられません。 11月19日、136枚。 11月22日、140枚突破。 12月1日、鬱。 12月2日、初稿完成。157枚。 12月3日、タカシ先生に初稿を提出しました。 12月6日、先生にも初稿を提出しました。 12月7日、アブストラクトを作ってみたものの、圧縮できず。 12月10日、先生から初稿に対するコメントが返ってきました。 いくつかの足りない点は指摘されたものの、大筋で誉められて、ホクホク(単純) 12月20日、タカシ先生からコメント。年表を作り始めました。 12月30日、プリントアウト開始。いきなりインクが切れる。 2003年1月5日、プリントアウト。 1月6日、プリントアウト。さらに図書館で最後のリサーチをしました。これで全部完成!最終的に本文212枚。 1月7日、3部コピー、製本。 1月8日(本日)、ついに提出。 目次・凡例3枚、本文212枚、年表6枚、参考文献6枚、 合計227枚。 おそらく行政学研究科始まって以来のヴォリューム。 書き始めてから実に178日。 長かったような、短かったような。
絶対書けないと思ってた時もありました。 今こうして、無事に出すことができて、本当に嬉しい。 みんな、ありがとーーーーーー!!
<今後の予定> 1月28日 最終試験(口頭試問) 2月20、21日 博士後期課程編入試験
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