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日記4行 - 2002年12月26日(木)
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<今日のニュースから>

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出会い系サイト 18歳未満の利用禁止へ 警察庁が新法方針

 携帯電話の「出会い系サイト」が女子中高生の買春事件の温床になっていることから、警察庁は26日、中高生など18歳未満の「児童」が携帯電話から同サイトを利用することを禁止する新法を制定する方針を固めた。サイトの運営者に利用者の年齢確認を求め、従わない運営者には罰則を科すほか、児童自身が「援助交際」を勧誘することも禁止し、サイトに書き込みをしただけで処罰対象にする。同庁は国民から意見を聞いた後、来年の通常国会に法案を提出したい考えだ。

 新法の素案によると、児童が携帯電話の出会い系サイトを利用することを禁止し、サイトの運営者には利用者の年齢を確認することを義務付ける。18歳未満は利用できないことも明示させ、指導に従わない場合は処罰の対象にするという。

 また、サイト利用者に対しては、(1)児童との性交等を伴う交際の勧誘(2)金銭の授受を条件にした交際の勧誘――を禁止する。児童買春では児童の方から勧誘する例が多いため、こうした勧誘行為をした児童も、少年法に基づく保護処分などの対象にする。
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というわけで、ようやく時代が僕に追いついてきた。
前から言ってたんだよね。買う大人だけ罰して、売るガキを罰しないのはおかしい、って。
そもそも現在の日本の性(行為)犯罪に関する法制はおかしい。
売春防止法ってのは、買った男を取り締まれなくて、
逆に児童ポルノ・買春禁止法は、売った女を取り締まれない。
その境界線は18歳。
イビツじゃない?この構造って。

某弁護士は「買う大人がいるから売る少女がいる。少女を罰するのはおかしい」と言っていた。
この論理はあまりに脆い。
「売る少女がいるから大人が買ってしまう。大人を罰するのはおかしい」
という詭弁を許してしまう可能性がないか?

少女は守られるべき対象、とアプリオリに決めてしまう議論には、
(少なくとも経済的に不自由ないはずの少女が、奢侈のために体を売るような現実があるこの日本では)
相当の無理があるのではないか?

http://www.ecpatstop.org/qaecpat.html
例えばこのQ11に対する解答に代表されてるように、
未成年性的搾取撲滅運動の理論構成っていうのは、
「子供は経済的理由から同意なしに(あるいは同意を強制されて)「性的搾取の対象」とされているのであって、
お互いの同意によって買売春が行われているんだから、いいんじゃねえの?
という考え(性的リベラリズム sexual liberalism)は間違っている」
っていう風に組み立てられているわけで、
これでは、プラダの財布やヴィトンのバッグを買うために体を売る少女を、
「性的搾取の被害者」「守られるべき対象」とみなすことは無理なのではないか?
そもそも途上国で無理矢理に売春させられている少女たちと、
奢侈のために売春する日本の少女たちを、
同じ「子どもの権利」で守ろうとすることは、途上国の少女たちにとても申し訳がない気がする(これは感情論)。

某弁護士は、96年の児童の商業的性搾取に反対するストックホルム宣言を引き合いに出して、
ここで売り手側の子どもが犯罪者として処罰されないという原則が確認されており、
国際的な流れに逆行するものだ、と主張する。
でも、この会議の流れや、宣言の他の部分を見れば明らかなように、
ここで想定されているのは、どう考えても、
経済的理由から同意なしに(あるいは同意を強制されて)「性的搾取の対象」とされている子どもの保護だろう。
警察庁はすでに、「宣言が想定しているのは、貧困、迫害等で性的搾取を余儀なくされている児童で、買春を積極的に勧誘する子供は対象外」というコメントを出している。
僕もこれに賛成。
コンテクストを無視して、「国際社会の流れ」を引き合いに出すやり方には納得できない。

某弁護士はまた言う。
「カネが欲しいから、というのは表向きの理由。本当は家庭環境などに恵まれていない子供が、心理的問題から売春に走っている」
もっともかもしれない。
(すべての少女がそういう理由で売春に走ると言うことにはもちろん無理があるが)
彼女はその延長線で、「だからこそ、必要なのは罰則ではなく、教育である」と言う。
もっともかもしれない。
でも、
この罰則で、浅はかな少女がいくらかでも思いとどまるようになるなら、
それは「子どもを守る」ことにつながりはしないか?
(僕自身は奢侈のために体を売る「子ども」を「守る」必要など毛頭ないと思っているが)

何かにつけ社会の難問の解決法が最終的には「教育」に行きつくことは多い。
でも、「教育」はそんなに簡単に事態を打開できる方策ではない。
少しずつ体質を改善して、病気の元を身体全体から治す漢方薬のようなものだろう。
無論それも重要な対処法かもしれない。
でも、当面の問題を解決するには、即効性のある化学合成の薬だって必要なのではないか?
それが「罰則規定」なんじゃないか?

こうも考えられる。そもそも、「教育」によってどうしようもできなかったから、
今みたいな現状がひろがってしまったわけだ。
それなのに今更「教育が重要」と言ってみたところで・・・と。

もちろんそういう教育、そういう社会を作りだしてしまったオトナが悪いんです、
っていう言い方ができるんだろうけど、
そういう考えに「甘え」て、子どもは全然悪くない、子どもはいつも守られるべき、と主張することは、
本当に正しいのか?
本当にそれがみんなをハッピーにするのか?

この、大人がみんな悪い論や、家庭環境起源論を突き詰めていったら、
大人がみんな悪いから、家庭環境が複雑だったから、
「夜の校舎窓ガラス壊して回った」り、「盗んだバイクで走りだ」したりしても許される、むしろ守られる、
なんていう訳の分からない方向性に行ってしまうんじゃないか?
壊された校舎のガラスの修繕費は誰が払う?税金だろう。
バイクを盗まれた人は嬉しいか?そんなわけはない。
ほとんどの場合、自分で働いて得た金で買ったバイクを盗まれて、悔しい思いをするだろう。

究極的には外的要因に起源があったのだとしても、
人に迷惑を掛けたならば、その報いは受けなければならないのではないか?
それが人間ではないか?
(もちろん、この話は買売春とはまた別。買う大人が少女とセックスするために喜んで金払ってるんだから、それは「迷惑」云々の問題ではない)

また、家庭環境が複雑でも、「夜の校舎窓ガラス壊して回った」り、
「盗んだバイクで走りだ」したりしないで生きている子どももたくさんいる。
そういう子どもたちは「守られる」対象として現れてこない。
そういう子どもたちが敬意を払われることはまるでない。
こういうことをどう考えるのか?


それと、「子ども」という概念だ。
小学生ならともかく、高校生くらいにもなって「判断能力がない」なんて笑わせる。
そもそも18歳未満を一括して「子ども」と捉えることに無理はないか?
この問題は、最初に言った売春防止法と児童ポルノ・買春禁止法の構造の問題にもつながっている。
つまり、現在の日本の法律上では、
売春をした18歳未満の「子ども」の女性は保護の対象となり、
売春をした18歳以上の「オトナ」の女性は罰せられるべき存在となる。
18歳未満の「子ども」の女性を買春した男性は罰せられ、
18歳以上の「オトナ」の女性を買春した男性は無罪放免となる。
この「18」っていう数字は何だ?
(もちろん、法律がどこかに線を引かなければならない、ということくらいは解っているけど)

まとまらなくなってきたし、時間がなくなってきたので、〆ます。
ここまで書いて、結局僕が一番言いたかったのは、
買売春という行為を犯罪とするなら、
男/女、18歳以上/18歳未満という変な線を引く今のシクミを改めて、
買売春にかかわった両性が年齢にかかわらず(もちろん少年法があるから14歳未満は家裁送致だけど)、
等しく処罰される制度にするのがフェアなんじゃないか?ということ。

ご静聴ありがとうございました。

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夜、久々の沖山・いつもの松谷と忘年会。
2次会は松谷の家(恒例)。
沖山は12時ちょっとに帰ってしまい、
結局いつもの二人でミニスカポリスを鑑賞して、僕も帰る。

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 マエ    ツギ    モクジ



∴オキニイリニツイカ∵
























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