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狂気の歴史(現代における) - 2002年12月18日(水)
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午前中は家でダラダラする。
12:00にようやく始動。みずほ銀行へ。


行く途中、今や調布の有名人、「医療ミス くすりづけ」を発見。
サンタのかっこうして、タンバリン持って踊ってた。

この人は、今年の晩夏頃から調布近辺に頻繁に出没する女性。
頭がツルツルで、「○○医大 医療ミス くすりづけ」と書いたプレートを持って、
(○○ってのは、市内にある某大学病院)
マラカス様の楽器をふって踊り、ニコニコしながら通行人にアピールする。
何も喋らない。ひたすらマラカスを振り、踊る。そして笑う。
眞由美にも修一にも聞いてみたら、案の定二人とも知ってた。

で、僕は、どこかに踊りに行くためにとぼとぼ歩いてるこの人を見たことはあったんだけど、
パフォーマンスしてるのは初めて見たわけで。
富良野は、人があたたかいわけで。

すごい大きな「医療ミス くすりづけ」の看板を立てて、
一心不乱に踊る姿を、通りかかる誰もが見て見ぬふり。
ネットの某掲示板の調布スレッドでは、完全に嘲笑の的。

あの人は何なのだろう。
そもそも抗議したいなら某病院の前でやった方がよかろうし、
主張があるなら踊るよりも拡声器で声を張った方がいいし、
そもそも医療ミスでくすりづけにされたにしては元気だし・・・
確かにあれじゃ誰も立ち止まらないし、嘲りの目を向けられても仕方がないところがある。

でも、ふと思った。
後世になって、「あの人はすごい人だった」と言われる人の中には、
存命中に奇人・狂人扱いされていた人が多いんじゃないか。
もしかしたら、あのおばちゃんは、本当に薬物で身体を侵されていて、
その死後に某病院の悪魔のような実態が次々に暴かれて・・・
そうしたら、その時、彼女を見てみない振りをしたり嘲笑したりしていた
「こちら側」の我々は何と言ったらいいのだろうか。

おばちゃんの奇行に首を傾げながらも、
その「奇」「狂」という思考方法を相対化する必要性も感じた昼下がり。


ようやくみずほ銀行に到着。
後期課程編入試験の受験料を振り込みに。
これも馬鹿らしい。内部進学で、前期から後期にうつるだけなのに、
編入試験があるは、その受験料で35000円も取られるは。
でもシカタナイから払う。
(ウォルフレンはこういうときに「シカタナイ」というのが日本人の悪癖だと喝破していた)

と、見覚えのあるグレーのコートを着た女性発見。
リョーコ先生(ワダイコ部顧問)登場。
待ち時間中いろいろ話す。
「医療ミス くすりづけ」のことを話したら、やっぱり知ってた。


それから学校。
カノジョと売店デイト(新機軸)して、
14:50から先生の政治学特別研究。
17:25終了。
ミヤコシさん・リュウランと1時間ちょっと話してから帰る。

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 マエ    ツギ    モクジ



∴オキニイリニツイカ∵
























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