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ウルサス・バルバータ(1)(2) - 2002年08月09日(金)
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罪は戸口で待ち伏せ、お前を求める。お前はそれを支配しなければならない。 (創世記4:8)
(1)
ウルサス・バルバータ。
彼を目にしたことがあっても、 これが彼の本当の名前だと言うことを知る人はほとんどいないはずだ。 彼らは人目に付かない森の奥で、ひっそりと暮らしている。 土地によっては、彼を見ると呪いをかけられて必ず死に至るという言い伝えも存在するという。 逆に、ある土地では、彼を見ると三代先まで幸福に暮らせると信じられてもいるという。 まあとにかく、そういう言い伝えは、彼が滅多にヒトの目に触れないことからくる、 一種の神秘性のようなものの裏付けだと考えてもらえればそれでいい。
彼の体長は平均170cm。体重は平均で180kgほどある。かなり大型だ。 色は白。たまにグレーがかったのも生まれるが、 そういうのは大抵1回目の冬を越せずに土に還ってしまう。 それで、大抵のウルサス・バルバータは、遺伝上白い外見になる。
学名が示しているとおり、彼らはクマ科の動物だ。 しかし、そう思って見れば見るほど、彼らはあのヒグマや、ツキノワグマや、ホッキョクグマや、 そういう種類の一般的なクマとはかけ離れた風貌をしている。 全身が、太く撚り合わされた糸のような体毛で覆われている。 ちょうどレゲエのシンガーがやっているドレッドヘアーのような体毛だ。 食性も、通常のクマとは異なる。植物食なのである。 肉は決して食べない。 いや、例外はあるのだが、普通のウルサス・バルバータは、植物しか食べない。 そのことはまた後でお話ししよう。
みなさんは、といっても日本で小さいときから生まれ育った、 それも私と同じ年頃のみなさんとそのご両親は、 ウルサス・バルバータを、テレビの画面で、きっと一度は目にしたことがあるはずである。 身に覚えがないかもしれない。 でも、きっと目にしたことがある。そう確信する。 実際、私はこの動物の研究を志したのも、テレビで彼を目にしたことが大きく影響しているのだ。
彼らには、非常に希有な習性がある。 それは一年に一度、冬ごもり直前の満月の夜に、 群れの中でもっとも弱いオスの個体だけに許される儀式である。 なぜこんなことが起こるのか、私には到底分からない。 なぜ一年に一度なのか、なぜ冬ごもりの直前なのか、なぜオスなのか、なぜもっとも弱い個体なのか。 多分、「こども電話相談室」で聞いても、電話の向こうの「動物博士」は答えに窮するはずだ。 実際のところ、ウルサス・バルバータの研究は、 日本動物学会はおろか、国際クマ学会(IBA)なんていうローカルな専門学会においてさえ、 ほとんど等閑視されているのが現状なのである。
そこで、私は日本人として初めて、ウルサス・バルバータの研究に携わることを志した。 それはさっきも言ったように、私が小さいときからテレビでこの動物に馴染んでいたからという理由もあるし、 この手つかずの研究に、まだ誰も足を踏み入れていない、雪の上がった朝の庭に第一歩を進めるような、 そういう種類の静かな興奮を感じたからでもあった。 大学の研究室にいても、教授は当然そんな研究を許してくれるはずはなかったから、 私はドクターの3年目で大学をドロップアウトした。 それからあちらこちらで手当たり次第にアルバイトをして先立つものを貯め、 中国の山林で5年間、13回にわたって綿密な調査を行った。 その成果を、ようやく今こうしてみなさんにお話ししているのである。
話がずいぶんと脇にそれてしまった。 彼らの希有な習性の話だった。 が、脱線ついでに、もう一つ脱線話をしておこう。 これは、この後の話にもつながる、大事な(形容矛盾の感があるが)脱線話だから。
さっきもくどくど言ったように、みなさんはおそらく、ウルサス・バルバータをテレビで見たことがある。 しかし、そのウルサス・バルバータは、実はかなり特異な形態のものなのである。 まず第一に、体色が異なっている。 普通のウルサス・バルバータと違い、彼はくすんだベルベットのような色をしている。 また第二に、通常のウルサス・バルバータとは比べものにならないほど知性が発達している。 そして驚くべきことに、生活のほとんどを二足歩行で過ごしているのである。 これは全くの神秘であった(残念ながら多くのヒトはそんなことを考えもしなかったのだが)。
だから、初めて普通のウルサス・バルバータをクマ科の専門書(それは1ページの4分の1ほどでまとめられた極めて情けない記述であり、そもそも写真が掲載されていたことが奇跡に近く思える)で見たとき、 私はこれがあのテレビに出ていた個体と同じ種類の動物であるとはとても思わなかった。 だが、明らかに似ていた。 というより、このような外見をした動物は、他にそう居るものではないのだ。 それで、このクマは私の頭の中にすっかりもぐり込んで、離れなくなってしまったのである。
さて、ようやく話を「希有な習性」のことに戻せる。 念のために繰り返しておくと、それは一年に一度、冬ごもり直前の満月の夜に、 群れの中でもっとも弱いオスの個体だけに許される儀式だった。
私が初めてそれを見たのは、全く偶然のことだった。 森の中には、木々がなぜか生えず、小さな広場のようになっている空間が偏在している。 やむを得ず森で夜を明かすときには、そのような場所にテントを張り、 入り口近くに大きな火を焚いてから眠るのである。 これは無論自分を襲おうとする動物から身を守るためであり、 晩秋の寒さを少しでも和らげるための火だった。 そして、2時間おきに目覚めて、火が消えていないことを確認し、薪をくべてまた眠る。 そういう繰り返しで、半分、いや、3分の2くらいは寝ぼけながら朝を迎えるのだ。
その満月の夜、私が3度目に起きた時だった。 テントの外に出てみると、火が消えていた。 私は本能的に周囲を伺い、生き物の気配がないことを確認すると、火を付け直す作業を始めた。 動物は火を怖がるというのは、小学生でも知っている知識だが、 それが本当なのか嘘なのかを身をもって確認できる人間はそうはいない。 見上げると、綺麗な白い月の夜だった。 こういうところの満月は、他の何よりも明るいのだ。まして、今は火さえも消えている。 月が、夜の支配者だった。 私は目を閉じた。まぶたの裏には、白い支配者の残像が焼き付いていた。
と、突然、 耳の本当に隅の方から、可聴域ぎりぎりの低いうなり声が聞こえてきたのである。 私は慌てて目を開け、薪に火をつけると、音の聞こえてくる方に耳を傾けた。 コントラバスの第1弦を、開放したままアルコで静かに弾いたような、 でもそれよりももっともっと低くて、耳というよりも身体全体で聞こえるような、 そういう種類のうなり声だった。 その声に、私は今までに感じたことのない激しい脅威を感じ、 同時に、今までに感じたことのない強すぎる好奇心を感じた。 迷いはなかった。 私は適当な木の枝を拾い、先端にガーゼを巻いてそれに液体燃料をかけ、即席のたいまつを作ると、 吸い込まれるようにうなり声のする暗闇へと歩みを進めた。
暗い森は、私から様々な感覚を奪う。 実際、どれほど歩いたか覚えていない。たかだか数十mだったかもしれないし、 もしかしたら軽く1kmは歩いたのかもしれない。 僕の中の距離感がそれだけ狂ってしまったのは、おそらく恐怖のせいでもあったのだろう。 とにかく、うなり声が序々に、しかし確実にデシベル数を上げていることだけは確かだった。
そして、突如そのうなり声が止み、 10mほど先、月光に照らされた黒い影が浮かび上がった。
ウルサス・バルバータが一頭、あのうなり声をあげながら、動物の肉を食べていた。
私は息を呑んだ。そして、戦慄し、驚愕し、恐怖し、畏敬し、降伏し、凍り付いた。 私のたいまつが煌々と照らしているというのに、そのウルサス・バルバータはこちらを一瞥もしない。 ただ、ただ、目の前にある動物の肉と格闘していた。 格闘。 食べられている動物はとうに死んでいるようだったのに、そう感じたのは、 食べている彼の目が、見たことの無いような激しい光をたたえていたからだった。 しかしその光は、同時にこの世の何よりも深い悲しみをも含んでいた。 「なぜ食べるのか」、彼はそれを自問しながら、そして食べられている動物に対して恐怖しながら、 一心不乱に肉を食いちぎっては飲み込んでいるように見えた。
よく見ると、彼が食べているのは、ヒトだった。
ウルサス・バルバータが、ヒトを、食べている。 目の前で展開している事実を、私はにわかには信じることができなかった。 それまでのリサーチで、彼らが植物食であることはほぼ間違いなかった。 しかし、今、私の目の前で、彼らのうちの一頭が、肉を、ヒトの肉を、食べている。 今になってみると信じられないことであるが、 その時の私は、「次に食べられるのは自分かもしれない」とは微塵も思わなかったし、 だからこそ、逃げようなどとはまるで考えなかった。 ただ、眼前の圧倒的な事実によって、地面に打ちつけられて仕舞っていた。
どれくらい眺めていたのだろうか。 東側の空がピンクとオレンジの中間のような色になり始めた頃、 そのウルサス・バルバータは立ち上がり、2回、大きく鳴いた。 聞いたことのない、とてつもなく大きい、しかも調子の狂った木管楽器のような声だった。 自己顕示と、悲しみと。 見ると、彼の足下には、もはや何も残されてはいなかった。
そして、彼の全身は、血を浴びて赤く染まっていた。
彼はもう一度だけ短く鳴いて、森の奥へと消えていった。 一瞬だけ、私と目が合った。 何という深みのある目だろう。すべてを跳ね返し、同時にすべてを吸い込むような黒い目だった。 その時だって、私は彼に食べられてしまうとは決して考えなかった。
私は、あと1週間続けるつもりだった調査を切り上げて、帰国してしまった。 それくらい、この出来事は私に大きな衝撃を与えたのだった。
+++++++++ (2)
しかし、その衝撃は私にとって、大きなモチベーションに転化されるものだった。 あれは、ウルサス・バルバータの生態上の常識を覆す発見だったのだ。 だが、私はそれをただちに発表することをためらった。 証拠が少なすぎたし、何よりも「ヒトを食べる」ということを公表することで、 彼らが白眼視されてしまうことを恐れていたのだと思う。
私はそれからもひっそりと、しかし精力的にウルサス・バルバータの研究を続けた。 そして諸々の生物学・生態学的に興味深い事実を見つけたのだが、 それは些細なことにすぎて、みなさんにお話しするまでもないだろうと思う。
それよりも、私の頭の隅にいつも引っかかっていたのは、やはりあの儀式のことだった。 そして私は意識的に、冬眠直前の満月の日には森に入ることにしていた。 3年目には見られなかったが、それ以外の年は毎年見ることができた。 これがかなり幸福な数字なのか否かはよく分からない。 しかし、少なくともあの儀式がたった一度だけの偶然でないことだけは分かったし、 もう一つ分かったのは、少なくとも私が見た4回は、4回ともオスだったということである。
儀式に関係して少し気になったのは、冬眠から醒めた時に、 最下位にいた思われるオスが欠けている群れがいくつか見られたことである。 はじめはこれについて、あまり深くは考えなかった。 最下位ということは弱い個体ということなのだし、 そういう個体が厳しい冬を乗り切れなくても当然のことに思われたからだ。 しかし、冬眠直前のあの儀式と、冬眠直後のオスの失踪。 科学的にではなく、極めて動物的な直感が私を撃ち、二つの事象を関連づけていた。 失踪したオスが、あの儀式を行っていたのではないか。 そして、群れに戻らなくなってしまったのではないか。 でも、何故? あの儀式にはいかなる意味があるというのだ? 時は流れた。
私がその儀式−私にとって四度目の目撃−に遭遇したのは、研究を始めて5年目。 初めてあの儀式を見た場所よりも、随分大陸の奥に入ったところにある森だった。
満月の夜、たいまつを掲げて森を歩き回る(2年目からは、私はこの夜は一睡もしないであの儀式との遭遇をこちらから求めようとしたのだった)私の耳に、 またしてもあのうなり声が飛び込んできたのである。 何度聞いても不思議な音だった。 身の毛もよだつような感覚を想起させ、同時に母胎の中にいるような安心感を抱かせる、 同居するはずのないものがキレイに混ぜ合わされた音。 私はゆっくりと、注意深くその方向へ足を進めた。 何も焦ることはない。儀式は夜明けまで続くはずだった。
目の前に広がっていた光景は、あの時とほとんど同じものだった。 月光。ヒトの死体。激しい目。格闘。 ただ一つだけ、あの時と違っていたのは、 肉を食いむしる前から、すでに彼の身体が赤い体毛に覆われていることだった。 ・・・この儀式は、一生に一度ではないのか?
それ以外にも疑問はいくつでもあったはずなのに、 私は目の前で繰り広げられる光景に(それでも随分慣れていたはずだったのに)すっかり心を奪われていた。 クエスチョンマークは最初のカーブを描くあたりで消失し、ついに形にならなかった。 森の中には、あのうなり声と、ヒトの肉がちぎられる音と、私の心音だけが響いていた。
この儀式は、いつも私の中の時間性を消失させてしまう。 いつの間にか空が白みはじめ、つつがなく儀式を終えた彼は、 あの初めての時と同じように、私を一瞥して森の奥に消えていこうとしていた。 そのまなざしに、私の心の中にある何かが揺れた。
「何故だ?何故お前は人を食べる!!!」
気が付くと、私は彼の背中に叫んでいた。 真夜中の中国の森に、日本語の絶叫がこだまする。 彼はすっと歩みを止めた。 そしてゆっくりと振り返り、こちらに向かって歩き始めたのだ。 東京のヤクザのような、威圧的な姿だった。 私は思わず後ずさりする。 彼は悠然と近づいてくる。 私はじりじりと後退する。 と、 視界が突然揺らいだ。そして目の前に拡がったのは木々と夜空だった。 私は足下の石に引っかかって後ろ向きに転倒してしまったのだった。
静かに近づいてきた巨体が、倒れた私の上に覆い被さる。 私は初めて死を覚悟した。 次の瞬間、
「お前に、私の苦しみが分かるか?」
そのウルサス・バルバータは、確かにそう言った。 繰り返すが、誓って、彼は、中国語でそう言ったのである。 呆然とする私を取り残して、彼は去った。 空には、いつかと同じ満月が浮かんでいた。 季節にしては温い風が吹いて、私はその場で眠ってしまった。
・・・「お前に、私の苦しみが分かるか?」 帰国する飛行機の中で、私はそのフレーズを繰り返していた。 スチュワーデスが3回来て、私はその度にあまり好きではないバドワイザーを頼んだ。 「お前に、私の苦しみが分かるか?」 ・・・分からない。 分かる気がしたが、やはり分からなかった。 空腹に流し込んだバドワイザーが私の脳を駆け回り、世界を静かにかき回し始めたが、 それでも私は眠ることができなかった。
飛行機が着陸態勢に入って、シートベルトを付けたとき、 私はもう、あそこには行かないと固く誓った。 そして、ウルサス・バルバータの研究も、綺麗さっぱりやめてしまおうと決めた。 しかし今の私からウルサス・バルバータの研究を取り去ってしまえば、 一体何が残るというのだろう? 三十過ぎの、カネ無し、家無し、ロマン無し。 前途は絶望的だった。
こっちだって、あのウルサス・バルバータに、聞いてみたい。 「お前に、私の苦しみが分かるか?」
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