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鈴木胸男(巨乳:比例区のオッサン) - 2001年06月27日(水)
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今日も部活。
(ミニストップの)ヘロヘロ。

落ちかけた上腕の筋肉がゆるやかな回復傾向にある。

部活から帰るなり風呂に入る。
夏場は風呂に限る。
風呂に入って冷房の効いた部屋で読書をする。
冷房の匂いがなんとなく好き。

ああ、夏だなあ。
暑いのは嫌いだけど、夏の雰囲気は好き。
いろいろ恋をしていたことを思い出す。

<近況>
三村マサカズが15秒ツッコミたおす映画のCMを見た。
感動のあまり涙が出るのをこらえきれなかった。ウソ。

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<コラム日本の政治 第30,276回>
リーダーシップと独善を取り違えているマキコおばちゃんを応援する気は更々ないのだが、
鈴木宗男の発言時間を短くしてくれと外交委員長に働きかけたことを、
行政権の立法府への介入であり、三権分立を無視したものであるから許すまじ
として断罪するのはどうも納得がいかない。

議員の質問に対して答弁に立つ政府委員(形式上は廃止)はすべて中央省庁の局長クラスの官僚だったし、
国会の両院の事務局の職員や、常任委員会の調査室にいる専門員もほとんど官庁からの出向だ。
後者なんて特に各省庁の縦割りにほぼ準ずる形で設置されている委員会に、
当該省庁からの出向組が来てスタッフをしている。
もっと言えば、そもそも「立法」しているのは8割方官僚だ。

こういうのを本当の「三権分立の無視」って言うんじゃないのか?
三権分立うんぬんを叫ぶなら、こういうところを衝いた方がいいんじゃないか?

しかし、ここで見逃せない事実がある。
現代の高度に複雑化・専門化した社会を御するためには、
専門的・継続的な行政官僚制がどうしても必要になるということだ。
3、4年で身分が危うくなる政治家では、的確な法制度を築くことはできない。
(その辺の弊害はすでに19世紀末にイギリスやアメリカで実証済み)

つまり、現代社会においては、行政権と立法権の完全な分立なんてのはあり得ないのだ。
「三権分立」を徹底している特異な国、アメリカでさえ、立法権の独立は形式的なものに過ぎない。
法案を提出できるのは議員だけだが、その作成に、官僚が実質上関与している。
(ただ、アメリカは、議員スタッフが充実していることや、
 そもそも行政官の採用システムが違うこともあって話はそう単純ではないんだけど)

そこで、論点は、行政府と立法府を分離することではなく、
いかにして官僚機構を主権者たる国民のコントロール下におくか、ということになる。
そのために、憲法は「行政権は内閣に属する」と規定して、
その内閣は、国民によって選挙された議員によって構成されることにしているのだ。
つまり、
 国民
 ↓
 議会
 ↓
 内閣
 ↓
 官僚機構
というタテのラインを流れるコントロールを明確にする。
これが議院内閣制の本質なのである。

僕たちは高校まで、当たり前のように日本は三権分立を採用していると教えられるし、
教科書にも堂々とそういう風に書かれている。
しかし、上記のように考えれば「議院内閣制は三権分立制ではない」(西尾勝)のである。

繰り返して言うが、必要なのは行政権と立法権を完全に分離させようなどとすることではない。
内閣制度を媒介にして、官僚機構と政治の正しい関係を模索することなのである。
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 マエ    ツギ    モクジ



∴オキニイリニツイカ∵
























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