| 2007年01月07日(日)
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松まで明けてしまいまして そうそう。ドラマ評だわ |
新年の挨拶もしないままに松までが明けてしまいまして、ホントに今年もよろしくしてほしい気持ちが 希薄に見えてしまいますよ、アサミンジャー( ̄∇ ̄;) ドラマの感想書くよ〜♪ とか言いつつ、年をまたぎ、クールまでまたぐつもりでしょうか(苦笑)。
如何せん、昨今の嬢ちゃんときたら、平均的なタイムスケジュールを刻むが如く、 いっちょまえに夜泣きっぽいことを始めやがりまして、母はヘロヘロ。 夜中授乳が再び復活し、加えて、寝つきも非常に悪いので、とうとうあたくしは慢性的な頭痛から ついに吐く・・・・まではいかないけれども、ちょうど1年前のつわりのような 何だか、どうにもならない気持ち悪さに見舞われたまま、とにかく1日をやり過ごすってな生活です。
理不尽なのはわかっているのですが、わが子を恨むということをしない代わりに このイライラが全てぷよ2に・・・・(鬼)。 この期に及んでちっとも大人になりきれないヤツに対して、本当にイライライライライライライライラ。。。 つか、このイライラも相当理不尽だと自覚しているんだけれども、 そして、あんまりにも多くのことを望むような無茶も控えるようにはしているんだけど、 このオトコの生活力のなさみたいなものが、何だか悲しくなってきたりも( ̄∇ ̄;) いや、きっと彼も頑張ってる。実際頑張っている。 だけど・・・・だけど・・・・ 休みだからといって、ホントにのんびり休んでいるのを見ると、何度目かの殺意がふつふつと・・・・。 こっちが譲るべきポイントを、悪気なしに見失ってしまいそうになる。 あぁ・・・・もういい。 これで破綻する関係性ならば、元々それまでだったんだよ。 今に限っては、マジで努力とかしたくないの。 したくなくても、やらなきゃいけないことが満載なのに、これ以上自分を追い詰めたくないんだわ。
ホントはこの年末年始、リミット超えそうになった彼奴の行動言動のあれこれがあったんですが 今さら掘り起こしてもバカみたいだし、とりあえずやり過ごすことにする。
さて。ドラマドラマ(笑)。
「僕の歩く道」
草��剛という人は、常々思うんだけど、ホントにいい目をする。 おおよそ、「ジャニーズ系」といわれる人々とは顔貌が違う。 そりゃ、まがいなりにもアイドルなので、平均的日本人よりは「作り方」というのを意識していて 「見せ方」も普通よりは巧い。 だけど、少し見渡せば、町内にこういう青年が1人くらいいてもいいようなレベルのようにも見えるのだ。 そのレベルから著しく彼が脱却したところにいるポイントとしては、 勢いだけで押していかない、彼独特の芝居の構成かもしれない。 これは、彼が芸能人であることを一気に思い出させてくれる、プロ中のプロっぽさ。 普段、歌番組やバラエティ番組などで見せている朴訥としたキャラクターとは一線を画した姿が、 とにかくいい! 同じグループの木村氏の演技がしばしば評価対象でいいことを言われたりするんだけど、 あたくしにはそれがどうにもよくわからない。 彼は確かにかっこよくて、顔貌もいいし、芝居も安定していると思う。 ただ、その芝居の質がどうかというと、彼が元来持っている個性が生きていないような気がするのである。 木村氏は勢いをつけてバーッと演技をする(しているように見える)。 いや、それが巧いとか下手とかじゃなくて、いいとか悪いとかでもなく、 いつ見ても「同じ」に見えてしまう。 彼に与えられる二枚目の役柄は、何となく面白くない。薄すぎて。 だから、彼が全力でコントをしているところを見ると、すごく興味深い。面白いから。 一方、草��氏は勢い任せな木村氏とは対極のところにいるように思える。 流れの中で揺らがずじっとしていられる、大きな石のような雰囲気がある。 それが凶と出る場合もあるだろうけれど、こちらの視線を奪うのに長けた役作りが巧い。 今回のような自閉症青年の役を、こちらに何か勘ぐりを入れる隙を与えさせないような流れで 力みなく作ってしまえるのは、彼の大きな個性という武器に他ならないと思う。 思うに、木村氏には今回彼が演じたあの青年の役は難しいと思う。 あざとさが前面に出るだろうから、こっちが受け入れにくいと思うのだ。 木村氏が演じた、「武士」・・・・こちらは多分、草��氏でも適うと思う。 ま、これらは全部、あたくしの偏った私見なので(笑)。 物語の筋がどうとかいうのはさておき、今回改めて草��氏の実力を見せ付けられた気がした。 ちなみに、小日向さん、非常にステキでした♪(これぞ、超私見!!)
「14才の母」
色々と考えさせられる作品でした。 奇しくも、あたくし自身が親になった直後というのもあり、出産や育児に対する「覚悟」を どんな風に描くのかというのも興味深いポイントでもあったり。 結末の描き方についてはホントに賛否両論だけれど、 じゃあ逆に、どんな風な結末だったら万人が納得するのかというのを考えた時、 ありとあらゆる可能性を探ったところで、どれも似たような反応になっていくんだろうなと思う。 実際に自分が妊娠してみて、ホントに自然な感覚で 「あぁ、自分は産むんだな」と思ってしまったことを思い出す。 それまでは「産む自由」「産まない自由」、選択権みたいなものがあると信じて疑わなかったのに、 あっさりと、産むもんだ・・・・とキッチリ意識が定まったのが不思議だった。 これが、恐らくメディアで表現しようにも、陳腐になってしまいがちな「母性本能」というものなんだ。 未希が堕胎を一切考えなかったところを疑問視する声もあるけれど、 あたくしはそこんところは特にどうというあれはない。 堕胎を進める周囲の親たちの気持ちは痛いほどよくわかるし、 ただの反抗心で産みたいといっているわけではないだろう、未希の気持ちもわかる。 うん・・・・でもね、ホントに産ませてしまってよかったものなのかというポイントにおいては 大いなる疑問は残る。 リスクが付きまとう出産だというのをきちんと伝えた上で、 医療側は、もっと強く堕胎を勧めてもよかったんじゃないかなぁ・・・・と現実問題としてそんなことも思う。 いや、堕胎をよしとするスタンスではなくて、 例えば、これが子宮外妊娠だとしたら、間違いなく処置を促すわけでしょう。 そういう「やむをえない事情」の中のひとつとして、未希を説得するという道もあったはず。 ただ、こういうモチーフは練れば練るほどごちゃごちゃになって、 結局整理整頓すると一番シンプルな道が一番きれいに見えたりするんだよなぁ。 難しいところです。 金八先生で四半世紀以上前に取り上げられた「十五の母」との比較論も活発のようです。 「教室の中だけの美談」「あれよりはよっぽど現実的で写実的」と言われていますが、 それもまた一部分のことと思う。 未希は堕胎可能な時期から、母親が親身になって自分と向き合ってくれますが、 杉田かおるが演じた浅井雪乃は、自分の母親が自分を見てくれないあまりに、 どんどん追い詰められていった。 人工中絶が可能な時期を逸してしまい、1人で悩む。 病院には行けないけれど堕胎した方がいいと流産を目論み、雨が降る中、縄跳びなんかもしちゃう(涙)。 受験に失敗した兄は、自殺してしまうし、 それを話題性があると見たマスコミたちに家にまで無遠慮に乗り込まれ(そういう時代だったから) 命からがら、あの熱血教師がいなかったら、死んでたよ・・・・きっと・・・・ってな環境で出産する。 恐らく、キリちゃんのオカンがこういう浅井雪乃みたいな思いをしてキリちゃんを産んだのであろう。 彼女が一番切実のような気がする。 未希には、親身になってくれる母親がいるし、取り乱すほどに真剣な父親もいる。 姉のことを心配する弟もいる。人のいい叔父夫婦にも恵まれた。 いくら社会を敵に回しても、とりあえずはこんなに恵まれた家庭環境の14才なのだ。 浅井雪乃のことを教室の中でだけでも守っていかなければならなかったのには、 それだけ冷え切った家庭環境だったからというのもあり、 そこにリアリティがないといわれるとそれまでだろうけれど、悲劇度合でいくと 十五の母の方が、退路も進路も絶たれたどうしようもなさが激しい。 そういう意味では、この「14の母」はとてもリアルに現代的で、14ならではのまっすぐさ、 14ならではの甘さ、14ならではの子供的感覚が気持ち悪いほど正確だったかもしれない。
新生児を使った撮影には正直、脱帽でした。 あと、志田嬢が今年1年でどこまでめきめきと伸び上がるのか、非常に期待したいですね!! ホント、ついこの間まで赤いランドセルを背負っていたような役だったのに・・・・と思っちゃう(笑)。
そういや、うちのクロワさん、寝返りできないくせにブリッジをするようになりました(爆)。 今も、超ニコニコしながら、うなり声を上げ、「ふんっっ♪」とやってます。
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