毎度どうも。「give it up Yo!」シリーズも19回目を迎え、そろそろ新しいシリーズ名を・・・・と、考えているわけですが、ライマーではないので、そうそういいフレーズも浮かばず(笑)。いつから、このコーナーがラップに基づくアレになってしまったのか、謎ですが(爆)ラップの詞を見ているのは好きなんですよ・・・・聴くのはそんなに好きじゃないくせに。若い感性に満ち溢れていて、自由で、遊び心があって、日本語をよく見ていて・・・・と、結構、今さらながらに気付かされることがあるから、食わず嫌いは良くないなと思って、音符にのったメロディをたまに聴いたりもするんだけど、日本語としては、詞のみのほうが美しいですねぇ・・・・。さて、本日の兼題なんですが。一応、タイトルには「たとえば」と書いておきましたが、コレには何かわけがあるわけじゃなく、今、頭の中でなぜか森田童子の「たとえばぼくが死んだら」が、延々と流れている有様で( ̄∇ ̄;)・・・・思考がそっち寄り(爆笑)。なので、「たとえば」のあとに続く言葉は「ぼくが死んだら」なんだけど、そんな辛気臭いテーマを掲げておくほど、あたくしも不健康になりたくないので、あそこで止めてあります。そういう意味だったんです。兼題は後付けにします。目を閉じてこっちへおいでと手招きす暗闇ときに恐怖をも消す「振り向いて」その願い事かぜに乗りあなたが足を止めるといいな雷管が終わりを告げる秋風に震えているのは寒いからじゃないもしも明日わたしがいなくなっててもここにいるからここにいるから体中かけめぐっている血流に何の問題もないなんてさ三秒間待ってみようと試みる三千回にも及ぶ挑戦吹き荒れる嵐の言い分なんかなく例えば怯える人の弱さや少年が大志を抱く瞬間に立ち会う少女の涙の重さひとりじゃない誰かの囁くような声気付くとひとりだったりもする手袋の代わりとそっと包み込むあなたのポケットの中は不思議振り仰ぎ今宵の月は蜜の色あの日小窓に漏れていた色常緑の松に寄り添う粉雪は吹き飛ばされずに守られていて兼題は「見えない」としましょう。人の気持ちのまことの部分や、本来存在するはずのもの、しないはずのもの・・・・見えないものは沢山あって、そんな中で普通に生活しているのだと思うと少し奇妙な気持ちになったりも。「見えない」のではなく、「見ない」「見たくない」というものも沢山あって、「見えない」という一括りの中に入れられてしまうこともしばしば。人間の目は、便利にできているものだと、具に思う。↑立地がいいのか、最近御無沙汰だが。話は全く変わるが。昨日の夢に、初恋の人が現れた・・・・ような気がする(苦笑)。ここに越してきてから、結構な頻度で見るようになった。「見えない」というよりは、もう手入れることの出来ない何かの象徴だったりするんだけど、起き抜け、無性に虚しい気持ちになったりする。顔も、声もハッキリと頭の中に残っているのが恨めしい。寂しい恋ではなかったが、今さらながらにそうやって姿を現すというのには、恐らく何らかの意味があるんだろうけれど、それが見えてこない。ナルコレプシー寸前のあたくしに今できる事は、十分に眠ることくらい。教えてほしい。今、あなたに会いたいのだけれど、あたくしはどうすればいいの?↑夢の続きが見たいよ(苦笑)