| 2003年10月22日(水)
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ある曲の一節/男の感覚・女の感覚 |
大きな口で有名な、吉田美和嬢が『告白』という曲を歌っているのをテレビで見た。 多分、この曲はいずれ『未来予想図�供�と同じくらいの人気が出て、 結婚式とかでバリバリに歌われるかもしれないので、今のうちに絶賛しておこう。 後になって、「あの曲はいい」なんて言っても、時流に乗り遅れているような感じもするし、 自分の感覚以外の情報に躍らされている様な感覚を抱くと思うので、今のうちに いいと思うものをいいと言おう。
「許さないと言うことの方が、許すことよりも簡単」
たったこれだけのフレーズが、あたくしを「世界」へ引きずり込んだ。 哲学だなぁ・・・・そう思った。そして、真実だなぁ・・・・とも。
「多分最期のキスをした時、この人だったんだ、この人だったんだって思えるような気がする」
きちんと覚えていないんだけど、この曲の最後は確かこんな感じだったような。 初恋から始まり、そして「最後」が「最期」だったところが 自分がおばあちゃんになった時にも、同じ人が隣にいるんだって想定した歌。 「部屋とYシャツと私」みたいな・・・・「関白宣言」みたいな・・・・。 でも、それらともテイストが少し違う。もっと少女のままの、無垢なままの気持ちが沢山つまっている。 少女趣味の曲はあんまり好きではないのだけれど、少女時代に受けた衝撃を忘れない・・・・という そういう感覚の曲は好きだ。
曲が終わってしばらくして、あたくしは自分が泣いていることに気付いた。 ぽろぽろと涙だけが流れてきて、嗚呼、きっとこの曲は凄くいい曲なんだなぁ、そう思った。
よく結婚式の披露宴とかで歌われる曲は、ハッキリ言ってあんまり好きじゃない。 プロポーズ的なフレーズが散りばめられた他人の曲を、素人が歌うのを聴くのは、ちょっと苦痛(笑)。 でもって最近・・・・というかここ数年、安室ちゃんの例の曲が、よく歌われたりBGMに使用されたりするが、 ちゃんと意味をわかって、本人たちは選曲しているんだろうか? あれは、あんまり結婚式で流さない方がいい。 和訳すると「私(たち)を祝えますか?」・・・・ちゃんと解釈すると目出度くない歌なんだよ(爆)。
話を元に戻そっと。 この曲・・・・もし売れなかったら、あたくし、多分、自分のものにしようとするかもしれない。 一所懸命練習して、彼女とはまた違うテイストで歌い上げてみたいとも思う。 うん・・・・直感的なんだけれど、そのくらいいい曲だと思った。
「許さないと言うことの方が、許すことよりも簡単」
かぁ・・・・。物凄く身近な真実だよ。 許せないことがある。許さないことがある。 「許さない」と言い捨てて、結局は些細なきっかけで許してしまっている自分がいる。 逆に、「許す」と言われた時ほど、怖いことはないだろう。 腹の底では何を思っているのかわからないのだから。 だから、人は「許さない」と言う。 その相手のことを愛していると、尚更だ。そしてこれは自分の保身のためでもあり・・・・。 そして、「許さない」ことよりも「許す」ことが難しいということも同時に知るのだ。
この曲に、物凄くストレートに「告白」という表題を付ける潔さもすごい。 竹内まりやの「告白」とは全然内容も違う(笑)。 だけど、通用していく・・・・きっと。もっと何度も聴きたい・・・・あたくしはそう思った。
「人格」ではない。あたくしはこれを「感覚」と称している。 最初は「人格」かと思っていたのだけれど、記憶は1つの回路できちんと繋がっているので、 解離性同一性障害ではないと証明もされたんだけれど、発作の時に出てくるあのヤロウだけは 「感覚」では説明できず、また別格なのだろうけれど・・・・。
今日、ほぼ予定通りに月例行事が始まり、あたくしの感覚は、ほぼ9割がた「朝美」で、 上に書いたことも、半分は「朝美」1人の感覚であり、半分はあたくしの感覚。 だから、「告白」という曲を次に聴く時、あたくしはここまで感動をしないかもしれない。 そういう可能性があったから、書いたのだ。
昨日もオーアエに、「男願望があるんじゃないのか?」とか言われ、 別にそんなんじゃねぇよ、と返してきたものの、 それは正に、「朝美」の感覚であって、あたくし全部の感覚ではない。
実は、つい先日まで、飽きるほど「芸能人スポーツマンNo.1決定戦」の歴代ビデオを見ていたのだ。 あたくしは心の奥底で、あぁいう男性に物凄く憧れている。 バカっぽく見えるかもしれないけれど、あの単純さが却って爽快で、 女性のあたくしにとっては羨ましい限りなのだ。
「負けたくないっすね・・・・」
「うわっ!! 速っっ!! 勝てねぇかも・・・・」
「この日のために、身体を創り直してきたんです。」
自信満々にそう言い切ることが出来る男性が羨ましいのだ。 女性はなかなかそうはいかないのだ。ホルモンバランスの関係で、そういうコントロール性が 男性よりも劣っている。・・・・子供を産むためだ。 筋繊維の質や量も、女性とは全く異なる。 それに女性が競争をしているのを見ると、逆に反吐が出そうな気分になる。 男性が1つの勝負に単純に挑むのに対して、女性は後を引き摺る感がどうしても否めない。 その愚かしい姿を見て、自分もまた女性であったということを気付かされると、 また余計に、男性社会の単純明快な『競争』に憧れるのである。 義務教育の間は、そういうのが許されたが、そこから解き放たれた瞬間、あたくしの中に 確固たる感覚の違いが生まれ、当初は「一平」だけでよかったのが 「真冬」もいないと巧く世渡りできないことを悟った。
そういう現実を突きつけられて、あたくしは戸惑うのだ。
まぁ、無理をすれば手に入らないとも限らないが、彼ら男性と同じような肉体を手に入れたがっている、 欲しがっている自分がいるのである。
反面で、もっとウェイトを落とせるのではないか・・・・?とか、 女性らしいイヴニングドレスを着るに相応しい体型を作りたい・・・・とか、 全く対極な思いもあるのである。
男性であるがゆえの美しさと、女性であるがゆえの美しさの両方を、欲張りに欲しがるために、 脳みそがその矛盾にすら気づかなくなってきている。
「一平」は「朝美」がいいと思った「告白」という曲のことを、大したことはないと思うだろう。 「真冬」は我関せずという顔をするのだろう。そしてまた、全く違った感性の世界を この肉体に持ち込もうとするのだ。 ややこしくて仕方がない・・・・。
「朝美」の感性では限界がある。 きちんと物事を客観的に処理する能力が今、必要で、 それを持っているのは、「真冬」なのだ。 人格ではないものの、「感覚」を司っているのは正に彼らだから、早くスライドしてもらわないと困る。 コントロールできればいいのだけど、月例行事にだけはどうしても逆らえない(苦笑)。 これさえなければ、あたくしの処世術も少しはマシなものになっているだろうに(トホホ)。
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