2001年12月28日(金)
大往生

 愛犬コロちゃん・・・・ついに逝去。
 享年15歳。
 犬にしてみれば大往生である。


 今朝、あたしはまた奇妙な早起きをした。
 身体こそ起こせなかったものの、母・サヨコの活動開始の様子と、
 それに追随するかのように、2階から降りてゆくコロちゃんの足音は
 しっかりと聞き遂げていた。


 しかし、本日、どうも様子がおかしいのである。
 最近、階段の昇降も、なかなか辛くなってきたコロちゃん。
 いつも、階段の一番下のところで、ずりっとコケるのが
 お茶目でもあり、可哀想でもあり、
 でも、それが我が家の朝の風景でもあったのだ。

 が。
 今朝はどうも様子が違う。
 14段あるはずのわが家の階段・・・・明らかに中腹で彼女がコケた音がしたのである。
 むむむ・・・・。
 やばいか? と思い、身体を起こしたが、
 あたしの方がやばかった( ̄∇ ̄;) 
 ふらぁ〜っとしてしまったので、
 そのまましばらく(30分ほど)自室に留まる事にする。


 よし、今度こそ完璧だ。
 とはいえ、薬がまだ頭に残っているらしく
 多少はふらんふらんするものの、階段からぶち落ちるような事はなく
 とりあえず、階下に降りてみた。


 コロちゃん・・・・ホットカーペットの上で、いつもとは違う姿勢。
 サヨコ曰く
 「外に出そうと思ったんだけど、もう出られない・・・・。」
 身体を横たえた彼女を見下ろせば、肥大した肝臓の所為で張れ上がったお腹が
 呼吸の度に大きくなったり小さくなったりして、
 目は不自然なほどに見開いていて、
 口許からは、だらしなく舌がはみだしていた。
 腹をさすると、硬く凝り固まった感触で、
 背は背で、ボコボコと骨と解る手触り。


 もう彼女は、水もエサも欲しがらなかった。
 排泄のための散歩にすら行きたがらなかった。
 ただ、そこに横たわっていて、
 息をするのも必死という感じだった。


 と・・・・。


 彼女は「ヒャン、ヒャン、ヒャン」と弱々しく悲痛な声を上げはじめ、
 自分でも愈々と思ったのか、這いずるようにして、
 立ち上がり、リビング周辺を少しうろついた。
 最終的に落ち着いたのは、それまで横たわっていた場所だったのだが
 そこにたどり着いて、彼女は再び横たわると、
 時折、呼吸の度に「ヒャン、ヒャン、」と言うようになった。
 その声は、痛々しく響き、
 ネコたち(4匹)も、すっとぼけているのか、まじなのか解らないけれど
 とりあえず、ストーブがある周辺に集まってきて、神妙な顔でいる。


 あたしにもわかった。
 

 もうだめだと。
 あのゴツゴツした背中と、パンパンに張ったお腹で
 あと何日生きたら、神様は許してくれるというのだ・・・・? そう思った。
 辛そうに、呼吸をする姿は本当に痛々しくて、
 かといって、
 サヨコはしばらく側で見ているというので、あたしには居場所もなく
 「何かあったら、声をかけて。」
 と言い残して、自室に戻った。


 10分後。
 母・サヨコが、部屋にやってきた。
 涙をいっぱいに溜めて、胸の前で両腕をクロスさせて、首を横に振った。


 嗚呼。死んだのか。
 息をひきとった瞬間がわからないほど、
 本当に「いつの間に・・・・?」というくらいに
 眠るような逝去だったらしい。


 ばあちゃんが死んだ時もそうだったな・・・・と、思い出した。
 脳腫瘍で、寝たきりになって。
 1年半程、自宅の4畳半のベッドで。
 リョウヘイの誕生日、昼間は、家中でにぎやかにやっていたというのに、
 その日の夜、ばあちゃんは本当に静かに息をひきとった。
 眠っているのか、死んでいるのか、わからないくらいの静かな逝去だった。


 そのばあちゃんが死んで、半年後、
 コロちゃんはわが家にやってきた。
 あたしが小学6年生の冬である。
 それから15年。
 あたしが中学生の時も、高校生の時も
 大学の進学が決まって、実家を出てからも
 ずっと、コロちゃんはうちにいるものだとすりこまれていたらしい。
 この家に帰ってくると、まず母より先に、コロちゃんがお出迎え。
 半年以上家にいなくて、突然帰ってきても、絶対に吠えるような事はなかった。



 午前中のうちに市役所で書類をもらい、
 焼き場へ連れて行った。
 母・サヨコは小さな花束をダンボールの中に添えた。
 首輪もつけたまま。
 いつも散歩に行くときの赤いリードもお棺代わりのダンボールの中へ。
 彼女がエサを食べる時に使っていた器も一緒に入れた。


 あたし、正直言ってあんまり世話をしていなかったけれど
 15年もこの家にいて、
 死んだ後って、人間と同じように・・・・ってわけにはいかないんだ。と思った。
 坊さんを呼んで読経をするわけでもなく、弔問客が来るわけでもなく、
 寒い寒い冷凍庫の中で一時的に保存されて、
 それから焼かれる。


 あっけない。


 家に帰ってきたら、いつもいるはずの彼女の姿は勿論なく、
 ネコたちが伸びたり丸くなったりしているものの、
 何となく、風景として間が抜けた感じだ。


 「寂しいね。」
 「やっぱり、おらんと広いね。」


 母と2人でこんな会話をしながら、普通に昼食をとった。


 彼女の世話を一身にやっていたのは、母・サヨコである。
 一番寂しいのは、やっぱりサヨコなんだろう。
 今日からは、散歩のために外に出ることもない。
 彼女のためにエサを拵える事もない。
 寝る時も、律儀についてくるわけでもない。


 寂しいだろうなぁ・・・・。


 ばあちゃんの世話を一身にしていたのも、母である。
 ばあちゃんが死んで、そして今日みたいに泣いていたけれど、
 誰かが誰かの世話をする、というのはとてつもない徒労だろうと思う。
 気のせいだろうか。
 今日の母は、あの日と同じような顔をしていると思う。

 解放感?
 充足感?
 寂寞感?

 それらがごちゃ混ぜになったような顔。
 笑えもしないし、泣けもしない・・・・けれど、寂しい・・・・。


 大した世話をしなかったあたしですら、
 愛犬の死は、惨い。
 階下の座椅子にいつもいるはずの彼女がいないのを見ると、
 妙な気分になるものである・・・・。








あさみ


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