雑記。

2006年05月09日(火) おおかみ

クリア、したぁ!感動、したぁ!
GW後半の隙という隙、というか主に睡眠時間を費やしまくってクリア。
こんなに寝ないでクリアしたゲームは蘇る以来だ。
夜中に、あとは多分ラスボス戦のみ! というところで、
こんな朦朧とした頭でラストを迎えちゃだめだと逆裁の轍を踏まえ、
一旦寝て3時間後にのそのそ起きだし一気にEDまで突っ走りました。
感想を書いていたら、あまりにも長くてウザいのとネタバレだだ漏れなので反転。

ボス戦までの敵がオロチとかキュウビとかジョロウグモとか日本神話系に題材をとったものだっただけに、このボスのメカニカルなところに驚いた。いきなりメカ!
ヘビーローテ風な、タイミングみて弱点に攻撃を繰り返す持久戦が案外単調でまた眠くなりかけましたが、ドラクエだのマザだのでレベル上げしないままボス戦突入してHPも装備も足りなくて泣いた教訓を生かし、回復系アイテムをしこたま持っていたので割と楽勝!時間はかかりましたが。
奪われた神業がひとつずつ戻ってくるのがゾクゾクした。
所持金枠をあげなかったせいで良い剣が買えずに装備は多分限界領域。それでも低い攻撃力をアイテム駆使で高めてアタックです。
戦闘も別物で最初はわけわからず。でもまあ途中からはタイミング測る持久戦に。
途中の「オラに地球のみんなの元気をくれ!」な走馬灯が、泣けた。イッスンが必死に啓蒙活動しているのがもう。
シラヌイは神の器で、それを満たすものは神々の叡智や業と、人々の祈り。その尊さ。そういうことを伝えたかったのかな。

あと「大切なのはその覚悟があるかどうかだ」とピシリと指摘されて舟に乗れないイッスンに泣いた。そしてそんなことを言って、覚悟を決めて乗り込んだシークレット下駄っ子が、金髪ご披露直後、あっという間に戦線離脱したときは「ありえねえええええ!」と罵りました。もーサイコーだなピロウトークめ。
オキクルミも期待に違わぬツンデレ萌えキャラっぷりで、フクロウ戦でオレを引っぱれとか言われたときは、もう、なにゆってんのアンタ!と思いましたですよ。

日本画風の絵といい、音楽といい、日本神話と昔話が題材なとこといい、主役がわんことポックルなとこといい、とにかくもう総合的にステキ!なゲームでございました。意味もなくアマ公を走らせたり跳ばせたり泳がせたりしました。アガタの森からの帰りに崖を飛び下りるのが好きでした。3Dを2D風にしてるのも好ましく、そのへんの酔いが少なかったものありがたい。
あとほんとに「筆しらべ」がすげええええ!
DSではなくPS2でこういう操作をさせるというのがスゴイ。
そして、下手っぴに描くと軌跡がほんとにへたっぴのままなのが…忠実。
何度角張ったお月様を描いたことか。
途中、カグヤを殺してくわえて走りたいとかは思いましたが、チュートリアルもミニゲームも楽しめた。
こんなに「苦」を感じないゲームは逆裁のほかになかったです。

クリア後に本家のブログを見たら、イナバさんの「大神をクリアした人は、もう『アクションが苦手な…』という前置きをしなくてもいい」の言葉に目からウロコ。ずーっとアクションが苦手と言い続け、マリオとか自力で2面にすら進めなくて、なんかもう、アクションゲームと聞いただけでガクブルしているようなへたれゲーマーなのですが、振り返ってみれば半ベソかきながらもメトロイドとかクリア(一部インチキ)して、知らずのうちにアクション耐性はちょっぴりついていたんだなあと思う。でもメトロとかは、あの切羽詰まった追い立てられる感が強くて、アクションを楽しむだなんて余裕ゼロ。かといってRPGのような「レベルあげして戦闘やダンジョン」にも馴染めない。そういう「ゲームは好きなんだけどへたっぴで楽しめない」という人に、この「大神」は向いているような気がする。アクション要素、RPG要素、謎とき要素がちょっとずつ入ってて、でも基本はアドベンチャー。できないことを何回も挑戦してクリアしていく醍醐味を味あわずして、ゲームを楽しむなんて言語道断!というゲーマーの人はいるだろう。ぬるいと言う人も多い。ヒント出し過ぎというのもまあうなずける。でも、ぬるさを補う面白さがあれば充分じゃないのかゲームって。ゲームの醍醐味っていろんな幅があるんじゃないのか?
アドベンチャーをうたっている限り、ぬるさというのがマイナスになる気はしない。
ゲーム操作感への親和性というのは、やっぱり慣れと訓練によるものが大きくて、しかもそれは主に10代の頃にしか養われないと思う。大人になってからゲームに触れた私はやっぱり「自然と手が動く」までには至らなくて、なんかもうアクションだめ! な状態。それでも楽しみながら、それなりのやり応えや達成感、アクション要素の醍醐味を感じられる大神は、ほんとにちょうどいい難易度だった。
評価を見ても賛否両論のようだけど、イナバさんが逆裁で「ゲームをしない層にゲームをしてもらいたい」というのを目指したように、大神では「アクションゲームができない人でもその楽しさを少し体感してほしい」ということに主眼を置いたんじゃなかろうか。あえてヘビーゲーマーへのアプローチや評価を受けることを諦めてでも。それが、ゲーム中でウシワカが言うところの「覚悟」じゃなかろうか。あの言葉は、大神チームのまさに真情のような気がしている。


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amaru