雑記。

2003年03月14日(金) へろって打った日記が

送信段階になってすっ飛んでフテ寝してから早3日。
すっかりスネて日記も打たず。
そうこうしているうちに、税務署に税金返せと訴える書類をこしらえねばならん時期にきており、しかも最終〆切りの月曜日はワタクシ昼一番で仕事が入ってるじゃないの〜!とか気付いたのが昨日の夜。それから懸命に数字とにらめっこして、いかに経費をデッチあげるかに血道をあげ、捏造に捏造を重ねて何とか本日午後4時さんじゅっぷんに駆け込み提出。
おゼゼがもらえるのは5月のことなのですが、まあそれはそっくり印刷費とかスーパーシチーの旅費とかに消えることでしょうよ。正しいあぶく銭の使い方だもん!

あ、そういえば! スネてる間にサンサラ1を終わらせました!!!!
最後は一気に駆け抜けたほうがよいというSカイたんのアドバイスにのっとり、だーっと戦い抜いたのですが、なにより感動の最後のブレスが「れいじがめいれいをきかない!」とかいった直後のことで、喧嘩分かれ?そうゆう演出アリなの???としばしクエスチョンマーク。
何かアレです。骨がものすんげくシュールで切なかったです。絵的には。
竜の感情表現とかあんまりなくって、火を吐く姿がいたいけで可愛かったり、しっぽでバシン!が愛らしかったりとミリほどのドット絵への愛着ばかりが育つゲームでしたが、だからこそ、最後のブレスであっさりと我が身を犠牲にするのが切ないのです。そこには語るべきものも必要無くて、食べ物を与えてくれて育ててくれた存在を、そこで初めて自分が守るという意志を自覚したみたいなシチュエーションが、言葉少なに展開されるのが切ないのです。昨今のゲームはあまりやってないんでよくわからないですが、どうも語り過ぎるきらいがあって、あまり手をつけないのですが、この沈黙のなせる感動というのを少し見習ったらよいのに。ゲーム脳とかほざく前に、こういう想像力で感動を補完するゲームをやらせたらよいのに。何でもかんでもリアルにして、そこに進めば勝手にキャラが苦悩を語るようなお膳立てされたシナリオにしなきゃいいのに。そのかわり、間違えた道を進んでもきちんと回り道で本道に戻れるようにしてほすい。できないコには導きがほすい。そしたら私もRPGすんのになあ。どうもゲームの世界も暗記主義の受験用学校授業みたいな複雑さがはびこってるような気がするのですが。まあこんな年に1本もまともにゲームしないヤツには言われたかないだろうけど、これから取り込まなくちゃならんのは、そういうユーザー層じゃねえの? 「ぼくのなつやすみ」とかあのへんはうまくいってるのかもしれんけど、RPGも何とかならないのかしら。あ、でもニーズが違うのか。わからん。
いやそんな批判とかするつもりはなくてサンサラの話をしよう。
ゲームのほどよさという点では、ほんとにスルスル進めてラクちんでした。詰まってイラつくことがほとんどなくて、前半はおっそろしいほど死にましたが、後半はどこへ出しても死なないコに育ちました。そういう意味で、竜と主人公の関係にスポットあててゲームできたのが幸せです。竜使いを「りういち」にして竜を「れいじ」にしたので邪な変換妄想とかするかと思いきや、やっぱり竜使いは竜使い、竜は竜として見られました。
何だか本当に黙することでにじみ出る切なさが大変好ましいゲームでした。
この感覚は、ファミコンの「ファイヤーエンブレム」のエンディング以来かな。登場人物の戦歴とかどこで死んだとかがエンドロールで延々流れるんだよね。あれは泣いた。ゲームだけれど戦いだというのを思い知らせて、何だか血肉の通ったもののような気がした。
そんなわけで次はサンサラ2ですが、まだ手をつけていません。


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amaru