雑記。

2001年07月30日(月) 完全なる敗北

 負けた。久々に負けた。
 何にって、昼飯に。
 自慢じゃないが、というよりもむしろ自慢できないことだが、私はちんまりとした見かけによらず大喰らいだ。しかも幼少時を爺婆たちと同居していたため、「出されたものを残す」ことへの抵抗感は「満腹赤信号で止まれ」をしのぐものがある。ゆえに、滅多に食べ物を残せない子供だった。
 まあ最近はよる年波のせいか、はたまた飽食ニッポンの悪しき通例に汚染されたためか以前よりも「食べ残し」をすることもしばしあるのだが、今回は誠に「完敗」としか言えない事態に陥った。
 腹は十分に減っていたはずなのだ。朝飯ヌキで、前日御飯を少なめに盛ったシーフードカレーと枝豆を食したっきり、茶しか飲んでいなかったワタクシの胃袋は、「早くなんか入れろ」と盛大に騒いでいたし、その場しのぎでとりあえず胃に流しこんだカフェオレのおかげで食欲スイッチが入っていた。
 そこで満を侍しての昼めし時。サラリーマンたちも戦線を退いた午後1時半。意気揚々と昼は定食、夜は居酒屋という店で空揚げ定食五百八十円也を注文した。ややしばらくして運ばれてきたのは、山盛りの空揚げと丼めしと、小鉢2品に丼味噌汁。
 思えばこの時すでに敗北交響曲の序曲は奏でられていたのかもしれない。
 それでもその時の私は目の前のそれを軽くクリアできる気満々だったのだ。まず鮭のアラが入った磯の香りのワカメ味噌汁を一口すすり、おもむろに鶏の空揚げに箸をのばしてまだ熱いそれを噛み千切る。じゅわっとあふれる肉汁。弾力のある鶏肉。うまいじゃないか。残り半分を口にほおりこみ、追って飯をほおりこみ口内で肉と飯を同時に咀嚼する。スタートは快調だ。嬉しいことに、この空揚げはとり肉のほか鮭とイカゲソの空揚げもついていた。ラッキーと喜ぶ私の脳は、たっぷり一人前はある鶏から揚げプラスアルファのボリュームを見極める余裕はなかった。
 そして敗北。どうあがいても、丼飯半分を残さずにこの勝負を終えることができない。おかずである空揚げは何とか根性で食したものの、箸休めの小鉢は平らげたものの、味噌汁は飲み干したものの、飯が! 
 ちみちみ箸でつまんで口に突っ込んでみるものの、すでにそれは愛しき白米の甘く芳しい穀物のうまみではなく、愛する妻が作った激マズ料理を食う新婚の夫たる気分しか生み出さない拷問のようで、もはやワタクシは白旗を掲げるしかない。
 ああお百×さん(差別用語につき伏せ字)ご免なさい。
 


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amaru