雑記。

2001年02月18日(日) どんと。

このあいだ「トゥナイト2」でどんとの特集をやっていた。
ローザルクセンブルク時代のライブ映像やらボガンボスのプロモやらが流れていて、すごく懐かしい。残念ながらライブに行ったこともないし、レコードも持っていないのだが、ファンだ。一応。特にローザ時代の曲が好きで、友人に録音してもらったテープは聴きすぎてのびてしまっている。
奥さんのインタビューがあって、どんとは本当に自分の進むべく方へ歩いて歩いて人生を終えたんだなあ、と深く感じた。まわりの評価とか、そういうものじゃなくて、自分自身と闘い続ける孤高の人だ。そういう人はとてもカッコいい。周りの目を気にしてオドオドしたり、「らしく」ふるまったりするのは本当はイヤだけれども、小心だったり賢しかったり汚かったりするワタシは、せいぜいどんとのようにカッコ良く生きる人を見てうらやむだけだ。
にしても、好きな人の突然の死というやつは、本当にココロにひびく。身内はもちろんなのだけれど、そうじゃない人の死も。
その昔、リバー・フェニックスが死んだときは、ショックのあまり乗っていた地下鉄を端から端まで2往復してしまった。才気あふれる人の死は、それを見守る人のココロの一部も殺すのだ。
また、人の死がつなぐ人の縁もある。
数年前の話。私の知人にKさんという女性がいた。当時入っていた演劇鑑賞会の事務局にいて、映画好き。何度か話しをするうちに仲良くなって、今度彼女が参加しているフリーペーパーに何か書かないかという話になった。いいよ、と返事をして、じゃあ近々その代表者にひきあわせるね、と言われたっきり、彼女と連絡が跡絶えた。まあ忙しいんだろうなと思って忘れた頃に電話がきた。くだんの代表者の連絡先を教えるから、直接電話して見てくれとのこと。わかったといって電話を切った一週間のち、彼女はガンで亡くなった。うちに電話をしてきたときはすでに最期の入院中だったのだ。そういえば一度、演劇の事務局や自主上映会主宰などスケジュールに追われるKさんにたずねたことがある。なぜそんなに一遍にやろうとするのだと。そのとき彼女はこう言ったのだ。「時間がもったいないから」と。たぶん病名も余命も告知されていたんだろう。
彼女に紹介された代表者Tさんと初めて会ったのは、皮肉にもKさんのお通夜だった。彼女も私のことはKさんから聞いていたらしく、後日あらためて会い、今も親しくしている。そしてKさんとTさんと私をつないだフリーペーパーも、細々ながら出し続けている。不定期発行で、なかなか面倒くさくお金もかかるけれど、やめることはできない。ずぼらで、いいかげんで、あきっぽい私だが、これだけは、やめることができないのだ。


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amaru