これからを想像すると。
2019年12月31日(火)

大晦日ですね。

今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

エンピツに戻ったのもあり、アクセスしてくれる方が極わずかであることもあり、ここ数回の日記は心情吐露に近い内容になっています。

少しだけ…、いや私としては、結構踏み込んだ日記だと思っているのですが、どうでしょう。

さて、主従関係も次のステージに進んだ気がしていますが、少々心許ないものもあります。

というのも、これまでは、主に認めて頂くことを目標に、指摘されたことを自分のものとするよう、頑張って参りました。

今は、初期の頃に目標としていたイメージに達した感じがあり、更なる高い目標を持ちたいと模索しているところです。

少し奴隷らしくなったかもしれないけれど、そこに安住したくないのです。

それで、「そういえば、以前、主が『脳波レベルで考えたことが伝わるように…』と仰っていたなあ。」と思い出して、そこを目指そうかと思案中です。

その主の発言を聞いたときは、「言っていることは分かるけれど、現実には無理でしょ?」と思った私がいました。

でも今は、「わざわざ言わなくても、わかるようになれ」という事だと思うので、日々の積み重ねで頑張ろうかな、と。

最近は、主から下着とか服装とかの細かい指定が無いときもあり、着ていった下着や服でダメ出しされなくもなってきたので、こういうことを積み重ねようかな。

それと、昨日は主が呼んで下さったんですけど、その時に自然と首輪を出して着けて貰っている自分がいました。

今年最後だという実感があったんでしょうね…。

前回が最後だったんですけど、日にちが早すぎて実感が薄かったのも事実。

たかが首輪を出して着けて貰うことなんだけど、昨日の自分の行動は大きな変化だったと思います。

あ、それから、カップルさんと食事をした時も、外出用の首輪をして行きました。

その時に同席した女性から、「首輪ですね。」と言われるまで、全く意識していなくて、忘れているくらいでした。

これまでは、首輪をしている自分が、どのように見られているかをとても気にしていました。

今は、そんなに気にならなくなって、当然のこととして振る舞えるようになってきたのかもしれません。

こうしてみると、私も変化しており、私の中に主従が当然として根付いていることに、有り難さを感じます。

これからは、意識することなく、普通に存在するだけで、主従が感じられる奴隷になれるといいかな?

思い付くままに綴りました。

よいお年を。



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