Noir/ Rouge noir
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| 2005年10月27日(木) |
連載小説「 芳香の女王、彷徨の王子」第4回 |
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「えっ、言っちゃった?」 「はい」 私は携帯電話を取り落としそうになった。 百合子さんから、今日も順調だと言う報告を受けるとばかり思っていたのに…。 ああ、これでまたあいつはミューズから見放されたというわけだ。わが弟ながら、腑甲斐無い。奴は、自分の作品のインスピレーションとなる貴婦人がいないと小説が書けないようだ。だから私が、お膳立てしたというのに。 「…」 「ごめんなさい、社長」 「仕方の無いことです。また暫く、様子を見ることにしますよ。まったく、あいつは世話の焼けるやつだ…」 街でチンピラのような子供たちと喧嘩をして補導される度に、迎えに行ってやったことを思い出す。 あいつは確かに喧嘩は強いが、本当はとても繊細で、折れそうな神経を持っている。だから言葉を荒くし、どんな相手であろうと(男であれば)腕力に訴えて薙倒す。 そして…どういうわけか、愛する女性には屈服することを選んだ。リリカ様のせいなのか…それとも幼少期に何かのトラウマがあるのか… 簡単に報酬の打ち合わせをして通話を切り、携帯電話を傍らに置いた。まあ、一冊出させたから良いとするか。
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ユリア女王様に本当のことを伺ってから、また俺は小説が書けなくなった。 ドレスは差し上げようと思ったが、「ボンデージは着辛いから、着ないわ」と言われて引き取った。
幾つかの季節が変わった。俺はドレス代として借りた金を兄に金を返そうと思っていたが、小説が書けないので、返せずに日々が過ぎて行った。兄も要らない、と言っていた。 いつも通りの日々が過ぎていった。しかし、以前よりは生きている時間が楽しく思えるようになった。雑貨屋やインテリアショップを回る趣味が出来て、気に入りの店を紹介する本を出版することができた。
ハーレーを乗り回して散策している時、見たことのない綺麗な雑貨屋を見つけた。白い窓枠。飾り窓にアラベスクとフランス語の店名がペイントされている。美しい飾り文字。Boudoir、と読める。 俺は邪魔にならない場所を探して、ハーレーを停めた。 「こんにちは、ちょっと見せて下さい」 華奢なドアを開け、店内に入った。こじんまりとした店内。 ダークブラウンで統一されたアンティーク家具。 センスの良い御店だ、と感じた。 テーブルに白いレースが敷かれ、その上にアクセサリーが美しく配置されている。 「いらっしゃいませ」 レジから聴こえた声の主を見た。 つやのあるダークブラウンの縦ロオルのロングヘア。白いレースをあしらった、クラシカルなテイストの黒いドレス。 なんて可憐な貴婦人だろう。 「…素敵な御店ですね」 「ありがとうございます。そちらは、フランスから輸入したアンティークのアクセサリーです。どうぞ、見ていらして下さい」 俺はアクセサリーを見せて戴きながら、彼女を盗み見ていた。 この微かな香りは…アニック・グダールか? 素晴らしい。 長い繊細な睫毛が美しい、と思った。 「これなんか、男がつけてもおかしくないですかね?」 俺は十字架をモチーフにしたシルヴァーのネックレスを手に取った。 「そうですね、そちらなら重厚な感じなので、男性にも合いますね。御自分用ですか?」 「ええ、気に入ったので、自分でつけたいです」 「とても御似合いですよ」 俺はそれを買い、その場で値札を外して貰って身につけた。
それから毎日、雑貨屋のレジの女の子のことを考えていた。 思い立って、道順を思い出しながら雑貨屋に行くことにした。 「…」 綺麗な窓から店内を覗いたが、今日は違う女の子がレジにいる。 今日は休みなのだろうか。落胆したが、思い直して店に入ってみた。 「いらっしゃいませー♪」 「あの…」 「はい?」 背の低い、金髪のゴスロリちゃんが俺を見返した。 ああ、彼女の名前を聞いておくんだった。 「あの、…ダークブラウンの縦ロールの、背の高い、華奢な…」 「ああ、花山さん」 「花山さん?」 「縦ロールで華奢で背が高いのは…花山さんですよ。花山留璃さん」 「そう…花山さんて今日休み?」 「いいえ、今頃は、公園かな。いつも花山さんは公園でお弁当食べるんです」 「そっか。えと、その公園て…どこかな」 「すぐそこですよ。教えてあげます」
幸い公園は目と鼻の先にあり、ちいさな公園だったので すぐに花山さんを見つけることができた。 「うふふ…食べる分が無くなっちゃうわ…」 ベンチにかけた花山さんの周囲に鳩が集まって、彼女は自分の御弁当を分け与えているらしい。 俺はその光景を見ながら、「徳禽獣に及ぶ」という言葉を思い出していた。なんと美しく、優しい光景だろう。 すると、花山さんが不思議そうな表情でこちらを見た。 「あの…俺…」 ちょうどあのとき買ったネックレスをつけていたので、十字架のモチーフを指で示した。花山さんはそれを見て得心したように、微笑んだ。 歩み寄ると、「似合ってますよ」と言ってくれた。 「…御昼、ですか」 「ええ。でも自分が食べる分はあまり無さそうね」 戯けた笑みが、本当に美しいと思った。 「御隣に、座っても良いでしょうか」 「ええ、どうぞ」 俺は意を決して言った。 「もし良かったら、御弁当は鳩にやってしまって、一緒に食事でもいかがですか」 花山さんはそれに応えずに、顔をランチボックスへ戻した。鳩達がひとしきり食べたのを確認すると、彼女は立ち上がった。 「…また」 花山さんは振り返って言った。 「…また、もし…良かったら…御店で…」
<第四回終・第五回に続く>
荒井慶騎と世都セレナ
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