Noir/ Rouge noir
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2005年10月24日(月) 連載小説「芳香の女王、彷徨の王子」第一回

<ホームページ作成ソフトが現在使えないので、ここにアップします。
 総て小説ですので、御了承下さい。
 この作品は荒井慶騎の指導・監修のもと、世都セレナが執筆しました>

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「慶騎様がいらっしゃいました」
珍しいこともある、と思った。
「通して」

「姉貴、久しぶり」
私はソファにかけて、彼を見た。
少し、表情がきつい。まだ色々悩んでいるんだろう。
「珍しいね。どうしたの?」
慶騎が一瞬、表情を強張らせたのを私は見逃さなかった。
「姉貴、そのジーパン、良いじゃねえか。どこのだ? 俺も最近ジーパンにはこってるんだが、俺はセブンしか穿かないんだ。これ、セブンだよ。どう?」
何を言ってるんだろう。
私はそのとき、バギーを穿いていた。ブーツカットやベルボトムと違って、太腿もゆるやかにフレアーになっているので、穿いていてラクだ。
「このジーパンは大したもんじゃない。一万円ちょっとしかしない、国産のやつ。セブンって2倍くらいするんだよね」
一応、話にのってジーパンを見てやる。センタープレスがはいっていて、かなり美脚に見える。
「センタープレス、いいね」
「だろ?」
そのとき、奴隷が御茶はいかがですか、と慶騎に言った。
「俺? 俺…ああ、ミントティーくれ。あるだろ?」
明らかに落ち着かない様子だ。だからハーブティーを選んだのはなかなかのチョイスだと言える。
「畏まりました。ございます」
私はこのところずっとコントレックスを飲んでいる。だから、奴隷もわざわざ聞かない。コントレックスを飲むとトイレが近くなるけれど、味が良いので止められない。
「慶騎、なんだかせわしない。落ち着いて」
「せわしないなんて、そんなことねえよ。俺、…俺は、大丈夫だし」
口調がおかしい。なんか変なクスリでも…。
「なんか変なクスリやってんの? 姉の家に来るのに一発キメてきたってわけ?」
「失礼だな。俺クスリなんかしねえ」
そう、リリカ様が赦さないものね。リリカ様はクスリ大嫌いだものね。
「ならいいんだけど、ほら、ハーブティーが来たから、落ち着いて」
ドアがノックされて、先ほどの奴隷が現れた。
「お待たせ致しました」
奴隷が慶騎の前にミントティーをそっと置き、それからペットボトルのままのコントレックスを私に手渡した。グラスに注いでいないのは、私の命令通りだ。グラスだとコントレックスを飲んだ気がしないし、あのピンクの可愛い蓋が見えないからだ。
「それだけ慌ててるってことは、何か頼みたいのね。誰かともめてるの?」
「そんなんじゃねえよ」
慶騎は項垂れて、ティーカップに口をつけた。
「…あのさ」
「はいはい」
「俺、ここ暫く小説書けてねーじゃん?」
「小説のアイディアなんかこんなところに転がってないよ」
「そうじゃなくてさ、だから…事務所にあのクソ高えマンション借りて貰ってんの、わりぃだろ」
「ああ」
私も、そこには行ったことがある。麻布の億ションみたいな、すごいところだった。慶騎は家具も凝るから、すごい値段なんだろう。
「だから…ここ、部屋たくさんあるから、貸してもらおうかと思ってさ…」

夕食後、麗綺の携帯に電話をした。麗綺は慶騎の双子の兄だ。
性格は全く正反対で、常に冷静沈着で大人っぽい。
「ええ? 慶騎がそんなことを?」
「なんか、追い出すとか言ったの?」
「まさか。仮にも弟ですよ。取り敢えず…御金の心配はありませんから、別にあそこ住まわせるくらい問題ないですよ」
「じゃあ、気を遣ったんだ」
「…全く、馬鹿なことを…」
麗綺はいらだっているようだった。
「それで、姉さんはどう思うんですか?」
「一緒に暮らしても良いよ、私は」
「まあ、姉さんがそういってくれるなら…多少の節約にはなるかもしれないし…」
「庭にプレハブでも建ててあげようかな」
「それがいい。それで充分ですよ。家具も前の部屋のでいいですから」



…俺は、この芳馨を知っている。

微かな馨りの印象を逃すまいと、芳馨の源へと視線を泳がせた。
しかし、焦らずにゆっくりと。
そう心掛けても、無駄だった。
俺は一瞬にして馨りのドミナを見つけ、そして彼女と視線を絡ませた。
…美しい。
息を飲むほど、美しい女だった。
ビザールでエレガントなドレスを、上手く着こなしている。

俺も容姿には自信がある。スレンダーな身体を誇りに思っている。
丹念なスキンケアをしているので、ニキビなどは無いし肌のキメも細かい。
つりあがった眼も大きく、形も気に入っている。
薄くほの赤い唇の形がややニヤけているような形なのが唯一気に入らないが、それも個性だ。
鼻筋だけは喧嘩の最中、最も気を付けていた場所と言える。
昔より、髪は短くした。昔は完璧にストレートな黒髪のロングだった。
今は、長めのショートカット。男としては長めの部類だろうが、俺にとっては短い。昔はとても長くしていて、最近この髪型にした。
ワックスをつけて空気感を演出した髪型は、とても気に入っている。
センスには、自信がない。姉と兄から「昔を引きずっている」といつも言われる。
今日はラバーのキャットスーツ。ボンデージファッションの見栄えを支える、細身の肢体は維持してきたし御洒落も好きなのだが、センスを磨く努力はできなかった。
それでも女性の受けは悪くない。容姿と金離れの良さからか、俺が女に困ったことはなかった。
しかし、数年前から、性欲が無くなった。というより、性交が不要になってしまったのだ。
だから、今視線を絡ませている女性にも「美しい」以上の感想を持たなかった。
女性は、明らかに俺より年長だ。四十代くらいだろう。彼女がこちらに微笑んだとき、俺ははっきりと、「面倒臭い」と感じた。

踵を返し、出口に向かった。女性は何を勘違いしているのか、ついてくる。
出口で、パーティーに誘ってくれた作家仲間が声をかけてきた。
「もう、帰るん?」
「ちょっと、疲れたんです。世都さん、御招き戴いて、ありがとうございました」
彼は俺よりひとつ年上で、姉貴が入れ込んでいる小説家、世都紫端氏だ。
正統的なオカルトをビザールなテイストで味つけたホラー小説を書いており、バンド活動もしている。
「あのな、おもろいとこ見つけたで、今度一緒に行こう。慶騎君、きっと気に入るで」
「そうなんですか。楽しみです。また、メールしますよ」
俺は微笑を残して彼と別れた。

「ちょっと、待って」
さっきの女性がついに声をかけてきた。
俺が振り返ると、彼女は微笑みながら歩みを止めた。
「貴方、荒井慶騎君でしょう」
「はい、そうです」
「髪、切ったのね。そのほうがいいわ」
面倒臭い。総てが面倒臭い。
「ふたりで、どこかに行かない?」
早く一人になりたい。
「ごめんなさい。今日は、疲れたので、帰ります」
そんなことを男から言われたのは初めてのようで、彼女はショックのあまり表情を凍らせていた。クロークに預けていたライダースジャケットとヘルメットを受けとり、会場の外に停めてあるハーレーに跨がった。
「夜風にあたりながら帰ろう」と思った頃には、面倒臭い女性のことはもう頭に無かった。

リリカ様がいなくなってから、俺は死んだ。
荒井慶騎は死んだ。
俺はもう何も創りだせない。リリカ様がいないと、俺は何もできないんだ。
リリカ様はとおくに行ってしまった。もう、俺の目には何も写し出されない。
何をしていても、熱中できない。面白くもない。
恋愛も喧嘩もしなくなり、何を食べても美味く無い。
リリカ様の面影を胸に蘇らせる刹那だけが、俺の今の総てだった。
リリカ様。
俺は何度もリリカ様の聖なる御名前を呟いた。

リリカ様。この世に存在するどんなものよりも美しいひと。
いや…「ひと」ではない。
リリカ様は、全知全能の女神。完全なる美の化身。馨りたつ気品。
知性と教養に裏打ちされた威厳と神性を持つ美の女神。
いや…止めておこう。
世界中の詩人が言葉を尽くしても、リリカ様の美を語り尽くすことはできない。
リリカ様には、アフロディーテだって嫉妬する。
昔も、今も、そしてこれからもずっと永遠に。

小説が書けなくなってから、俺は住んでいたマンションから追い出された。事務所が管理していたものだが、俺から利益が出ない為だ。
だがエッセイ程度は書くことが出来たので、生活費程度は出してくれるということで、俺は実家を継いでいる姉貴に一部屋貸してくれと頼んだ。実家は広さこそ大したものではないが、部屋数はいくつかある。
しかし姉貴は、俺のために庭にプレハブ小屋を建ててくれた。
プレハブではあっても広いし、内部は綺麗だし、何の問題も無い。家具は、姉貴の奴隷たちが手分けして運んでくれた。
玄関から入って、すぐ目の前がリビングルーム。そこに置かれているのは、余り働いていない身にとってかなり不相応なホームシアターとオーディオセットだ。
フローリングに、毛足の長い黒いラグマットが敷いてあり、シンプルなテーブルとイタリア製のブラックレザーのソファを置いている。185センチの俺の身長以上もあるこのソファが埋まることはない。ここに定期的に座ることがあるのは、俺のマネージメントをしている実の兄貴くらいのものだ。

俺は玄関の床に腰を下ろしてから、ゆったりとブーツのファスナーを下ろした。
入ってすぐ右手に、簡単なキッチンがある。ちいさな冷蔵庫から、ペットボトルの御茶を取り出して直に飲んだ。ここで料理をすることはないので、キッチンは全く汚れていない。ちいさな食器棚があり、そのなかにはコーヒーカップやコップ、何枚かの皿も入っているが、使うことはない。洗うのは面倒だし、洗わずにシンクに置いておけば見栄えが悪いし、悪臭も漂う。食器類は総て、見栄えで選んだデザイナーものだ。それも、小振りのものに決めている。大きいものだと、もし使ったとき洗うのが更に面倒臭くなるからだ。
シンクには食器洗い洗剤やスポンジも一応あるが、使ったことはない。
御茶を飲み干して、白いシンプルなゴミ箱に放り込んだ。
ゴミは貯まる前にビニール袋に入れて外に出しておくと、姉貴の奴隷が回収して棄ててくれるのだ。

居間に戻る。一瞬何か聴こうかとも思ったが、結局止めて浴室へ行く。
先ず洗面所で顔を洗う。すこし化粧しているので、それを落とすためだ。
そして、ラバーのままシャワーを浴びる。ラバーのケア法をネットで調べ、お湯を当てながら脱ぐと非常にラクだと知ったからだ。
かなり熱めの温度に設定して、シャワーを浴びる。そのままロクシタンのラベンダーの香りのボディシャンプーをつけ、泡立ててラバーごと身体を洗いつつ、すこしづつ脱いでいく。脱いでから脱衣所に出て、ハンガーにかけてタオルで拭き、パウダーをつけておくことで手入は終わり。乾燥するまで、クローゼットには入れず、部屋にかけておく。普通の服に比べてデリケートだが、仕方ない。
エナメルの方が扱いはラクだろうが、こちらの光沢感、質感のほうがリッチなので止められない。
その作業を終えてから、湯に入る。死海の塩をいれた湯舟に毎日つかって汗をかくことに決めている。太い身体にラバーは似合わないので、運動は嫌いだがなるべくジムに通ったり、あまり脂分を摂らないように心がけている。

疲れたので、今日はもう寝よう。小腹が減った程度では食事はしないと決めている。特に夜ならば、空腹を覚えたら食事のかわりに睡眠をとる。寝室とは言え、ラックを置いて居間と分けてあるだけの空間。そこに寝台と机、クローゼットがあるというだけのことだ。
昔はワープロを長い事使っていたが、今はiMacで執筆している。姉貴が新しいMacintoshを購入したので、それまで使っていたiMacのグラファイトを譲ってくれたのだ。基本的なことは姉貴から教わった。姉貴で足りないことは姉貴の奴隷に聞いた。
キングサイズの寝台は何の意味も無い。売り払ってシングルベッドを買い直そうかと思ったが、どうせ両方とも大きいものなので、面倒臭くて止めたのだ。
ベッドサイドのアロマライトを灯し、グレープフルーツのオイルを焚く。横たわり、再びリリカ様のことを考え始めた。

<第一回 終>


荒井慶騎と世都セレナ