日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年01月15日(土)

昨日、タロットの火の9と思ったけれど、今日は火の7を自分の中に見ました。
焦る理由は火の7みたい。

今日仕事で機械がトラブって、起動しなおしたりしてた。大丈夫かな、動くようになるかな、とドキドキしながら。
そして、立ち上がるまでの待ち時間の時に、違う用件について質問されたのだけど、「忙しいのに!」といらいら。

でたでたー。いらいら出たなー、と感じていたら自分ツッコミ。

んーと、「今」は忙しくないよ。待ってるだけじゃん。

火の7を思って、不安だなあ、って味わってみた。
不安をちゃんと自分で感じて認めることなく、状況や周りとかでどうにかしようとするから、火の7になるんじゃないかなあと思った。

不安だなあ、と味わっていたら、明らかにわたしが知らないこと、できないことに関してはこの不安な感覚は出てこない、ということに気づいた。

わたしができるかもしれないことについて不安になるようだ、と気づいた。

ということは…。
わたしの奥底に、わたしの可能性を信じている部分がある、ということ。
可能性、信じてるんだねえ…。
そう思ったら、あたたかくうれしくなって、それまで味わっていた不安がそれに包まれてしまった。
不安も一緒にあたたかくなってしまった。

可能性を信じているから、期待に応えたくなったりするみたいなとこもあるのかもなあ。
(そして火の9…)

相手の期待をそのまま応えなくてもいいんだよーん。
「バクマン。」でも書いてあったじゃん。読者アンケートそのまま作品に反映させてもダメだって。確かにそんなマンガは予想どおり、驚きがないしでつまらんよね。

相手の期待そのままやることはない、でもおもしろさは期待に応えるマンガみたいなそういう感じをめざそう!と思った。


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