つらつら - 2010年12月27日(月) M-1見た。最後かー。 わたしにとっては今年、「M-1」だったら笑い飯。おもしろかったのは、スリムクラブでした。今年はこれは漫才か?という感じが多かったなあ。 いやしかし、4分しかないんだけど!って見る側にどきどきさせるって! おもしろいw 毎年M-1で思うけど、理屈にできるかもしれないけどそれだけじゃできないなーと。 2人が楽しんでやってると混ざりたくなる。片方の人が主役で片方の人がサポートってじゃなくて、一緒にやってる感じ。それが笑える。 ベースは得意なそれであっても、ずっとそれだと慣れちゃう。うまいなーって安心して見られる漫才もあるけど、それもある意味慣れがあったりして。 慣れない感じ。え?どうなるの?なになに?って感じ。 それがおもろい。ぐいーって見る側を引きこむ。 おいらも見習うぞ。 先日「すべらない話」でヌーディストのオフ会のネタを見たからか、ヌーディストな夢を見たw いつの間にかみんな(男女4人くらいだったかな)で裸んぼう。いつの間にか裸になってるーあれー?酔ってもいないのに記憶ないぞー。パンツもー。まーいっかー。みたいな感じ。 んで、周りの反応を見ている。その反応を見て、わたしは自分に足りないと思っている。 で、大浴場へ。お風呂の用意〜とかばんをごそごそすると、パジャマのズボンばかり3本も持ってきていた。なんで?と思ったところで起きた。 うーん。ヌーディストのくだりは、なっとく。いつの間にか裸んぼうでまーいっかーって感覚もわかる。 そして、前は裸んぼうはわたしだけだったのに、仲間が増えたー。わーい。 んで。 足りないんではなくて、それが充分なわたしデザイン。のはずだ。そこを理解していこう。 今日、ひとつの電話ですごく妄想した。 その妄想で出てきた感情、なかったことにしたい感情を、ええい!と紙に書き出してみた。 だってさーこうだもんさー、どうしていいかわかんないしさー、こういうの言いにくいしさー、こういう自分嫌だしさー、被害者気分だとわかってるけどでもー、と出てくるものをとりあえず全部書いてみた。 不思議だなあと思うんだけど、頭の中に置いておいたままではわけわかんないのに、紙に書き出してみると、冷静につっこめる。 赤ペン先生になって、ここどうなの?とつっこむ。 これ、思い込みじゃね?整理して相談してみよう、とか。 みんなはこれに対してどう思ってるのかね?聞いてみようか、とか。 これさ、もっと具体的にどのくらいのことを言ってるの?とか。 お母さんもわたしと似たとこあるから、直にお母さんに相談してみるってのもありなんじゃないの?とか。 そして同時に、 こういうことに負担と感じるのだなあ。 このペースとしたら身体の負担というよりも、自分の気持ちが作り出す負担がかなり大きいっぽいなあ。 おお、まだお金に対しての未解決的な気持ちがあるなあ。 言われたままそのまま動くのは嫌だし、逆にどうしていいか決められない自分も嫌なんだなあ。 「今のわたしはこれができない」というのをハッキリさせて伝えるということをしてなかったなあ。 心配しない自分を責める自分があるなあ。 こうしたいと言われた時に、それが今の自分にとって楽ではない時に「別にそうでなくても大丈夫」と言ってほしがってたなあ。 わたしも「大丈夫」と言うなら、本当にそこから「大丈夫」にしてみせるくらいで行くといいのかもなあ。 などなどいっぱいわかった。 整理したら、行動すればいい。 わたしにとっては、整理するまでがたいへんに感ずる。。。 なんかちょっとずつわかってきたぞ。物が多いんだよ頭の中も。紙に書き出してみて、それで何があるかがわかるわけだ。 決めてない時の行動は楽じゃないけど、決めてしまえば行動は楽だ。 いつでも決めやすい頭&部屋にしておこう。新し物好き、楽しいの好きなわたしだから、増えるのは当たり前。流れ込んでくるのは当たり前。 ためずに今ウキウキものかどうかを見て、どんどん流していこう。頭の中も部屋の中も。 ...
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