日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2010年12月23日(木)

わたしは誰かに自分の人生を決めてほしくはないし、誰かの人生を決めることはできないと思っている。

と思ってた。

今日、わたしが母のことを決めなくてはいけないと思って重くなった。
わたしがそうしたいと思うことと、そうした方がいいと思うこととが違うことだったから、重くなった。

昨日の日記に書いたことは予告だったようだ。
がまんして何かをした時、自分の気持ちを抑えて行動した時、わたしはそれに見合うだけの不幸を期待している、ということに気づいた。
そうでないと、がまんしたかいがないと。
これだけのことがあったからがまんしてよかった、と思いたいと。
がまんしたかいがないと怒りが出てくる、というシステムが自分にあったことを理解。

決して望んでいないことなのに、がまんすることを優先しそれを正当化するが故に望んでいる、という矛盾。

改めて、自分のためのことをやろう、と思った。

わたしが誰かの人生を決めることはできないけれど、その人とどう接したいかを確認し、どう接するかを決めることはできる。

いまだマンガ読みマイブーム。今日は「バクマン。」を読んだ。
そこのセリフ。↓

「編集長は言いました。自分の描きたいものが描かせてもらえないというのは自分に才能がないと自ら認めている事だって。ならば港浦さんを含め編集部全員に、亜城木夢叶はギャグじゃない、こっちだと認めてもらえる作品をその3回の連載会議以内に回してみせます」

今日のわたしの背中を押すセリフだった。さすがナイスタイミング。
さんきゅー!やるよ!


追記。

「カペタ」のコミックスも読んだー。
さっすがおもしろいですなー!

同じ条件だったら誰にも負けない。条件が違うということに頼ってた。できないのは条件のせいだって。
この感覚、すげいわかる。
してなかったいろいろな覚悟、し始めたところ。
わたしは気持ちから始める。行動は勝手に後からついてくる。

自分の運転にカートを合わせる。
わたしはどちらかといえば、自分の運転をカートに合わせるタイプだったので、そういう手もあるわけね、と。これまた「覚悟」ちっくでやってみようかなと思った。

仕事場に女でも呼べるようになったらいっちょ前。
うーん、わかるなー。わたしもいっちょ前になりたいぞー。

上の方に書いたがまんについて、もう一度見ることになったりも。
がまんしないで本当に求めているものの本質をゲットするのに、これまでと違う方法を使うという手もある。とてもかるーい感じになるし、好き。
でも、これまで「がまんしてごりおし」と感じていたことも、そこに闘志が燃えているのであればチャレンジ対象というか、同じことでもがまんじゃねーなと。

うーん、上の方に書いたこと、どちらの方法がわたしにとって合ってるか、ちょっと検討してみようっと。

わー。そうこうしているうちにもうすぐクリスマスイブー☆
メリークリスマス!


...




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