つらつら - 2010年05月20日(木) 今日、部屋がなぜか片付いていて。 あれ?ええ!片付いている!誰がやったの? と、驚いている…「夢」を見ました。 起きたら、知っている部屋w でも、すごくそわそわしてきまして…。 片付いていないのが気になる…。 そうか。夢で先に片付けてしまうという手できたか。やるな…。 本とDVDとこんなに影響が違うのかとビックリなのですが。 バシャールの本では、「はあ〜、なるほど〜」と知的に自分を振り返ったりという感じだったのですが、DVDでは身体全体で聞くという感じで、受け取ったものがすぐに行動や感情、考え方に反映しているように感じます。 (って、まだ1/3くらいしか見てないですよ…) 本では、読んだものを自分で意識して確認して実行という感じですが、DVDの場合は行動や反応が変わった後に自分でそれに気づく、という形で変化しているように思います。 例えばどんなことでそう思ったかというと。 わたしは、ある人に勘違いされている過去がありました。 何度否定しても、その人にはそう思われていて、そんなことないのになあ、嫌だなあと思っていました。 ところが。 DVDを見た後で、またその勘違いの過去をその人に言われた時に、わたしは「その過去でもありかな」と思って、否定も肯定もしませんでした。 その過去で今困るわけでもないし、今その架空の過去を使うということもありだな、なんて考えたりしました。 全く気にならなくなってしまいました…。っていうか、なんで気にしてたんだろうか…。 覚えているのが小学生くらい昔から、わたしには「自分のやりたいことを邪魔されたくない」という思い癖がありました。 なんで邪魔されると感じるのかしら?と、まあ、出てきた時には観察という感じで付き合っておりますが。 なんだかこれも、大分わかってきたような感じです。 わたしのやりたいことってなあに? そうしたら、「自分と遊ぶこと」のようで。 いつまでもお母さんに付き合っていたら、 友達とへらへらと遊んで過ごしていたら、 知りたい知識を得るために勉強しようとしていたら、 「自分と遊べない」と思い込んでいるらしい。 いつでも遊んでいいのだよ。 いつでも参加していいのだよ。 お母さんと過ごしている時も、友達と遊んでいる時も、本を読んだり勉強したりしている時も、仕事している時も。 そうすると、ゆるんでいく、というところまではわかりました。 この辺りに制限を作っていたのだろうなあ。 なんかね、待ってる感じがするってことも気づきました。 お母さんと過ごし終わるのを待っている自分。 友達とバイバイするのを待ってる自分。 それが終わったら「わたし」と遊んでくれる約束だから、ってちゃんと待ってる、って感じ…。 なんか切ないなあ。 一緒に遊ぼう。これからは。 あー! わかった! (>_<) 「邪魔されたくない」イコール…「邪魔にならないようにしなければいけない」だ…。 だから、ちゃんと待ってるんだ…。 小さいわたしは、ちゃんと待ってたんだ…。 そして、今でもちゃんと待ってたんだなあ…。 今まで待っててくれてありがとね。 もう充分待ったね。 これからは待たなくていいよ。 大好きだよ。 ...
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