日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2009年08月21日(金)

また「ぼく地球」を読んでのネタですが。
紫苑が自分の未来世である輪の生活を見て、両親がいる、と。変な感じだ、と少しくすぐったそうに言うシーンがありました。

わたしは幼い頃、自分の家と、親戚の家とどちらにも住んでいました。
だから、両親がふたりずついるんだね、おうちがふたつもあるんだね、と言われていて、わたしもそう思っていました。
どちらのおうちも自分の好きな時に行ける、自分で好きな方にいられる、と。
幸せでした。

それだけど、紫苑のどこか根っこを持たない感じと同調するのですね。

ひとつの家族を密に過ごしてないから、「どちらのうちも自分がいなくても幸せだ」とそれでどこか思うようになったのかな?って、ちらと思ったり。
でも一方で、「どちらにも欠かせないと思われるのはしんどい」とも思うし。

まあ、よくわかりませんけど、いろいろあるのねえと思う次第。
幸せな家族のかたちはいろいろなんだべな。

もしも紫苑と同じように、前世のわたしが求めていたものが今生で手に入っているのだったら、今のわたしはそれをしっかり味わわないとなんだかなあよねえ、とも思う。

考えないことによって物事がわかっていくのに、わかったものによって考えたくなるのがわたしの悩ましいところです…。 (-_-;)

まあいいや。流れに任せるから教えてけれ。

ちなみに、昨日の新月のアファメーションは、
「わたしは、わたしが大好きな人が幸せを感ずることをサポートすることができます」
「わたしは、感情を素直に表現することができます」
でした。

だけど、できない自分もオッケーだ!
できなくても大好きだよーん♪


...




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