日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2009年08月18日(火)

思い込み解放キャンペーン中です。

意識的には気づいていなかったことだけど、自分に存在していることはよく理解できる思い込みがぼろぼろ出てきてます。出てきてみてもそう思い込んだ原因はわからないんだけど、原因自体は大したものではないだろうから放っておいてます。

今日も、昨日と関連した思い込みが出てきて…。

なんじゃそらー!と自分で驚いてしまいました。その思い込みに。

わたしは今まで結婚したいと思ったことがありません。
あ、結婚式に招待された時は別。多分幸せオーラを感じるからか、素敵だなーいいなーって思います。
でも、日常的にはあまりそういうところがなくて、まあ結婚したい相手が出てきたらそう思うんだろう、くらいに捉えていました。

今日出てきた思い込みを感じてみると。

「結婚する自分」は否定しているっていうような感覚がでてきました。
結婚は、他人のことであって自分がすることではないという感覚。

…思い当たることは結構あって。

例えば過去に、デートしたりなんかして、まったりした幸せな日常の結婚生活みたいのを、ほんとに軽く男性に言われたとしても、さーっとわたしは引いてしまっていました。
普通、好意を持っている人に言われたらうれしいんじゃ…。

興味深いのは、「それをわたしは与えることができない」と感じて、その後、離れようとする感覚…。
露骨に口数が少なくなったり、距離を持った話し方をしだしたり…。

わたしは、わたしがいなくても「幸せ」は機能すると思っているような感覚があって、それなのに「わたしをパートナーに」というのがしっくりこない。
自分の大好きな人だから、「わたしとじゃダメだ」と思ってしまう…。

なんなのよ…。 (-_-;)
そういうわけで、好きな人と一緒にいたい自分と葛藤が起きるわけですね…。

頭では突っ込みいれますけども…。
わたしがいないと幸せじゃないことを望むのかよ、とか…。
でも、感覚は充分にわかる。そういうことではないということも。

このもともとの原因は予想がつかないでもないんです。
でもそれは幸せなことでもあって、というか今まではその幸せな部分しか意識的な部分にはなかったことで、全く気づいてなかったことで。

だから、その原因に関してはどうでもいいんです。
ただ、「わたしの感受性がそれを原因にした」んです。それだけだ。

さてと…。
「わたしは与えられる」という許可を自分に出さないとねえ。


...




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