目標を立てることが大事って、色々なビジネス書に書いてある。実際に、そうして目標を立てて頑張ったこともある。確かに大学時代は、「首席で卒業する。」という内なる目標を立てて四年間を過ごし、首席は無理だったが成績優秀者で表彰された。これは大きな自信になったけれど、大きな落とし穴があるんだよね。その後、目標が無くなってしまった。(笑)
次の目標を失った僕はなんとなく企業に就職して、激務に耐えることになった。まあ、それはそれでいい勉強だったし、終わったことを悔やむなんてことは無駄なことだから、今となってはとてもよい結果であったわけ。けれど、目標という話題に話を戻すと、目標は常に次の次辺りを見ながら立てていかないと途中で路頭に迷うわけ。
いくつかの目印を目指して歩くわけだけど、果たしてその先の何を目指しているのかってのが分かっていないと、目先の目標の意味なんてないんだよね。で、僕はその先の何を目指しているのか、正直なところ、皆目見当つかなくて「やっぱわからんわ。」とあきらめている。だから、目先の目標を立てる意味を感じないし、立てようとも思わない。
確かに目標を立てれば楽なんだよ。しかし、目標を立てるための目標ならホント意味がない。人参を目の前にぶら下げて走り続ける馬を見て、どんなことを思う?僕はそんなだましだましの頑張りはイヤだなって思う。
今の世の中の枠組みがそうなってしまったんだろうけど、何かというと目標を立てたがる、探したがる、それこそが一番大事だといいたがる。そんな風潮があるよね。
一番大事なのは目標じゃなくて、「目的」だと僕は思うのね。さっきの目印を目指して歩く、その目的地が大事なんだと思う。目的地がはっきりしているからこそ、目印となる目標の意味がある。
なんてことを言っておいて、こんなことを言うのはなんだけど、「目的」なんてものを人生に発見することは不可能ですよ。私が生まれて生きている目的は○○です。なんて怖いったりゃありゃしない。そう決め付ける人生もありなのかもしれないけれど、そりゃある意味あきらめだろ。
だから、ただ歩くしかないのね。止まりたい時は止まればいいのね。走りたくなったら走ればいいし、やっぱしんどいと思えば休めばいいのね。それこそが人生であるわけで、目標やら目的なんやらを探しても無駄なんだよね。「来月までに10キロ痩せる!」なんて無理やりな目標作っても、本当に痩せる気がなければ痩せませんよ。「あの人に振り返ってもらうために、10キロ痩せる!」なんて目的があっても、達成してしまって結婚後に更に20キロ太るかもしれない。
痩せたいな。と本気で思えば10年かけても少しずつ痩せていく。例えば僕なんかは一時は74キロありました。今、65キロです。そこまで体重が減るのに、5年かかっていますよ。僕は目標なんて立てず、目的も持たず、ただ痩せたいなあって本気で思っただけ。その思いが自然に生活の改善につながったんだろうね。だから痩せてきた。まったく苦労していない。
いやね、職場で目標の話が出たもんだから、何だよ、目標って得たいの知れないものはどこからどういう目的で出てきやがったんだ?って思ったので書いてみた。
|