やがて楽しき

日々つれづれ、ときどきSMAP。


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やがて楽しき
2003年01月12日(日) 青い鳥はここにいる。


ものすごく緊張していました。『情熱大陸』を見てる30分の間。
私が勝手に抱いているクサナギツヨシそのままであってほしいと願う気持ちと、
私の知らないクサナギツヨシを見てみたいと想う気持ちと。
あまりに緊張していたので、見終わった直後はなんにも頭に浮かんでこなかったくらいです。
そこで、次に私がどういう行動に出たのか云いますと、
燻玉と海苔と梅の挟み焼きを肴に一番搾りを飲みながら、先週分の未見ビデオを再生することなのでした。
えーい、この弱虫が!

今年最初のどっちの料理ショーは、親子丼 vs. 鮭いくら丼。
年末進行でお疲れ気味とお見受けするクサナギさんは、黒っぽい服のせいもあるのか、ちと秀雄チック。
「至れり尽くせり、なにからなにまで懇切丁寧にありがとうございます」とご丁寧に御礼申し上げていた通り、
鮭いくら丼を選んで、新年初お召し上がり。
いくらと同じくらい赤いクチビルが色白に映えておりました。
で、「僕の行き付けの三茶の軽く一杯できる所」ってのは実在するのでしょうか (かなり疑問)。

襟ぐりの大きなインナーの上に羽織った白シャツが眩しい金曜いいとも
寝正月で1キロ半太ったと云う (いいとも増刊号) クサナギさんは、
確かに年末よりは顔立ちが健全になったような気がしないでもない、かしらん。
「酷かったもん、暮れ。踵あげてる感じなの。おいおい、休まないと〜って」
と、関根さんにゾンビ歩きを実演されるほど、ホントに疲れてたんですね、オヤビン (涙)。
点滴 (週刊朝日) とか、39度の熱とか (サムガ) とか、ぽつぽつ情報が集まってくるにつけ、
よくぞ、ご無事で年を越してくださったものだと目頭を熱くしてしまいますですよ。
今なら、フレンドパークでの妙に儚げな表情にも、合点が行くというものです。
"今だから言いまSHOW"での、貴理子さんが道で見つけたものは「小人」も、轢かれたものは「トロッコ」も、
とにかく元気なオヤビンの姿を見れただけで、おねぇさんは全て許してしまうわけですよ。
でもな、身内自慢のゴロちゃん似男に、"その通り"の札をあげていたことだけは、
こちとら、合点がいかねぇよ!

…てな感じで、気分もほぐれてきたところで、もう1回見ました。情熱大陸 「僕の職業は、SMAP。」
うむ。なんだろう。
番組全体の印象としては、これ、構成に悩んだんだろうなぁ、ってとこでしょうか。
落とし所が非常に難しかったんじゃないかしらん。
で、「SMAPとして走り続けてきて、他の若者達が知っているような今どきの事はあんまり知らなくて、
そして、日々目の前のハードルをクリアし続けて行かねばならない"SMAP"という職業を選んだ28歳」
ってな感じでまとめてみたんでしょうねぇ。

ふむ。クサナギツヨシの扉はノックはし易くても、そうそう簡単に開くものではないんだってのが、
カメラの前の彼の目線からも伝わってくるというか。
でも、これは別に彼に限ったことではなくて、SMAPだろうと一介の会社員の私だろうと、
そんな簡単に心の奥に隠した葛藤をさらけ出したりはしないものなわけで。
下手なリップサービスをする姿よりは、この方がずっとクサナギ的で私は好きだし、
それもまた一つのドキュメンタリーなのではないかと思ったりもするわけで。

ただ、文脈が、なんていうの?視聴者に対して、
使命感だけでSMAPやってるような印象を与えている可能性も無きにしも非ず。
や、使命感はあるのかもしれないけど、それだけじゃなくて、うーん、
彼はSMAPであることをちゃんと楽しんでもいると思うので、そういう色合いも入れて伝えて欲しかったなぁ。
なんちって、ファンはコチャコチャと五月蝿いっすね(笑)。

で、「SMAPという道に捧げてきた」ってナレーションには、なんだか大袈裟だわー、と笑ってしまったフトドキファンですが、
オーラスのリハでメンバーと一緒にいる風景は、やっぱりいいなぁと思いました。フリバ踊ってる時の顔もとても綺麗。
開演前の円陣には、あぁ、この白いテントの向こうで私もドキドキしていたんだよなぁ、
と、それだけでジンときてしまったりして。
口を付けて味見したオタマをそのまんま使ってるのには、昔と変わらんねぇ、と苦笑してしまったものの、
メンバーの好みを考えて、伊勢海老汁の味付けに迷ってる姿は微笑ましかったですしねぇ
(そういや、FC会報ってば、「カニのみそ汁」って(笑))。

中居くんのコメントが「何?スーパーテレビ?」だけだったのは、ちと淋しく。
でも、こういうところで中居くんは語りたがらないような気もして、それはそれで中居くんらしいのかもしれません。
慎吾くんに 「どうしたの?つかれたの?あった、なんか?どうした?」と言ってくるという話には、
そういう時はお兄さんなんだねー、と感慨深く。
木村くんは、うむ、もしかしたら、最後まで扉を開けられないのではないだろうか。
それは、けっして2人の仲がどうこうということではなくて、
むしろ、そういう状態でこそ、良い関係を築けそうな気がするというか。
あ、ゴロちゃんには、楽屋の散らかし具合を暴露していただきたかったわー(ほんと?)

ただの水を飲む姿がどうしてこんなに美しいのかしら、とか、
MONOの公演、やっぱり観に行ってたんだぁ、いいなー、私も観たかったんだよなー、とか、
5万人を前に花道突端でベルト直してんじゃないよ!とか、
オーラス終了後の濡れた頭が淋しいっすー、とか、
寒空の下で、とんとんとんっと体を慣らしてる後ろ頭の揺れ方が可愛いわ、とか、
ちょこちょこツボもありました。
カフェでの「何屋さんなんだろう」「食べれ"れ"るよ」「おねぇしゃん!」とか、
「これは?」ってカフェオレを指差す大人コドモな雰囲気とかね。くすくすくす。

「怒る人がいないじゃないですか。だから、自分でしっかりしないとって思ってないと」
怒られると、すぐに拗ねてしまう自分を反省しました。
「いつも落ち込んでますよ。ダメだオレ、みたいな」
そう思って、そのまま諦めてしまう自分を反省しました。
そして、"仕事がなくなるという不安"云々と結びつける必要はなかったような気がするものの、
OKが出ても、「もう1回やらせてもらえませんか」と縋るように頼み続ける顔に、
この番組を見始めてから、初めて、涙腺決壊したのでした。はい。

「自分がSMAPであれたのは奇跡のようなものだ」って、確かにそうなのかもしれない。
何か一つ、道で石に蹴つまずく程度の偶然で、クサナギツヨシはSMAPに居なかったのかもしれない。
でも、そうしたら、SMAPという奇跡は、この世に存在していなかったのかもしれない。
だから、奇跡は奇跡ではなくて、必然だったって。
そういうことなんじゃないですか、クサナギさん。

(あぁ、この結論に到達するまでに、こんなに長い時間と文字数を必要としてしまったよ、オヤビン…。
  そんなこと、とうの昔から知っていたはずなのに。)





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