にのらの日記

2007年12月12日(水)

にのらです。

☆めろ☆
小西行長
 海将という小説を読むのです。堺の薬問屋に生まれながら、
 その卓越した計算能力と水軍の強さで商人上がりながら
 大名となりながら、関ヶ原では西軍について敗将となった
 人物で、キリシタンだったために自害を拒んで河原で打首
 になった人物です。でも一番ステキなポイントは昔の名前が
 魚屋弥九郎(ととややくろう)というすばらしくかわいい名前
 だったことです。ケーキ屋けんちゃんかよ。

高山右近
 へうげものという漫画を読むのです。古田織部という主人公の
 義理の弟として出てきます。利休七哲に数えられる茶人であり
 ながら、キリシタン大名としても有名な彼ですが、にのらもまだ
 あまり勉強中です。が、へうげもので秀吉から追放される際の
 彼のかっこよさはもはや伝説(にのら脳内で)。追放されて上記
 小西の元に隠れるのですが最後はマニラに渡って亡くなります。

細川忠興
 彼もへうげものに登場します。へうげものではどっちかと
 いうと利休好き過ぎて背伸びした数寄を古田にあざ笑われたり
 している人ですが、右近と同じく利休七哲の風流人にして、
 信長並に気性が激しく、でも世渡り上手で明治維新まで
 外様として名を残す政治的手腕を持ちながら、あのガラシャの
 旦那様(猛将伝をするのです)。多才すぎる。
 嫉妬深さはイッていて「ガラシャを見た罪」で庭師をぶった切る
 キレっぷり。彼のお父さんが今まさににのらが絶好調に読んでいる
 本に出て活躍中なので、自然力が入るってものですが、
 太閤記の中で、敵陣に飛び込んで来いよ!できないのか弱虫〜!
 と秀吉に挑発されて、じゃあ行ってやんよ!と飛び出す所を右近に
 止められて「余計なことすんなボケ!」と振り切るシーンが萌えます。
 そんな荒っぽい気性のくせに、雑誌で彼の秘蔵のお宝を見たら
 とっても風流で、その二面性が魅力的です。

加藤清正
 上の三人は、数寄とかキリシタンとかで繋がってるのですが、
 彼は上のどの人間とも折り合いが悪そうに見て取れます。特に
 小西行長とは先陣を争った犬猿の仲で、自分の貧しい生い立ちを
 棚に上げて小西を「薬屋風情が!!」と罵るほどに嫌いです。
 しかもキリシタンが嫌いなのでもはや小西との仲はつける薬が
 ないほどです。が、それは置いといて、城塞という小説の中で、
 もはや周りは敵だらけ、外に出ればいつ殺されるか分からない
 状況に置かれた秀吉の遺児秀頼が、家康になかば無理矢理京都
 まで引っ張り出されたさいに、清正は己の身をはって秀頼の側に
 仕え、片時も離れなかったというエピソードがあって彼を好きに
 なりました。東軍で家康についたことで恩義ある豊臣家が文字通り
 の滅亡へと流されていく様子に心を痛め続けた様子が伝わるでは
 ありませんか!!そして、無双のアイドル石田三成のことも
 彼は大嫌いなのでありました。超がつく猛将でありながら、
 築城の名手でもあったという、理系で野球選手みたいな贅沢な
 才能を持った人であります。そして潔癖症で、トイレに高下駄
 を履いてのぞみます。

ああ・・・なんてステキな人々なんでしょうか。なので、めろさん
には今後、司馬遼太郎を大量に消化してもらわなければなりません。
さあ、めろ、頑張りましょう!!!





茶道を習おう。と思って近所探したら、小笠原流煎茶道と表千家と
裏千家と武者小路千家しかなくて、どうもにのらが習わなければ
ならないのは上田宗箇流のような気がしてならないのですが、
本拠地が広島で、辛うじて京都にあるのですが上京区油小路まで
行かなければならずしかも火曜日しかやっていない。上田宗箇流…。


学生時代、体育祭の時に歌う♪たて〜よい〜ざ〜た〜て〜
ていう聖歌があって、今それを鼻歌で歌っていたのですが、
全部ひらがななので全然意味がわかりません。

たてよいざたてしゅのつわものいざたたかいのかどでいそがん
きみがてにつくこのみなればくもなすあだもなにかおそれん

という歌詞なのですが。多分、これから戦うけれど怖くないよ的な
意味合いと思われるのですが。意味を教えてくれないで歌わせる
あたり、母校の宗教色の弱さを物語っています。にのらも特に
激しい信仰心を得ることがなかったわけですが、友達が洗礼名
を持っていて、それが羨ましくて先生に「洗礼受けたい」と
相談したら、動機が不純やったようでやんわり止められました。

で、なんでにのらがそんな忘れた聖歌を口ずさむかというと、
今読んでいる播磨灘物語で黒田官兵衛がキリスト教にどっちかと
いうと下心をはらみながら入信したシーンだったからなのですが、
今でこそ、学校によってはそれを学び、普通に結婚式などでも
普通に馴染み深いものではありますが、ザビエルが来て数年後の
日本、地球が丸いことも知らず、ヨーロッパの存在も知らない
人間が大半を占めていた時代に、外国の文化、スピリットそのもの
の存在を知らされた日本人の衝撃はそれこそ宇宙人が襲来してきた
のと同じくらいの衝撃であったろうと思うと、それだけでも
すごいことだと思えるし、さらにその未知である文化を受け入れ
さらには信仰までしてしまった一握りの人たちの柔軟さとか純粋さ
が空恐ろしく感じられ(単純、滑稽なものであったかもしれないと
いう親しみ深さも込みで)、そして司馬遼太郎書くところの官兵衛
が、キリスト教の教義を理解した上でさらに政略的拠点として
教会に出入りしていたことを考えると、流れ着いた播州の小城に
生まれながら、恐ろしい短期間でキリスト教を受け入れさらには
政治的手段として大いに活用しつつ、その性格は真面目に大胆で、
見失うことがないのに結局何がしたいのか自分でも分からないまま
に時勢だけはしっかりと見据えたその素晴らしい脳みそだけが
彼の気を逸らせている様子がとても魅力的です。


まだあと2日も会社がある。いやだなぁいやだなぁ。


寝よう。最近眠ることだけが幸せ。


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