にのらの日記

2007年11月20日(火) かけないけど

にのらです。

時は明治末期。

元就の子孫は毛利家の御曹司、方や元親は落ちぶれた長曾我部家の
生き残りで家庭教師をして食いつないでいる帝大生。

そんな二人の再会。

初対面から湧き上がる焦燥と憧憬、そう、2人はあの時の生まれ変わり
だったのだ!!

という話を、ハウルのテーマに合わせて妄想していたのですが、
いかんせんそんな難しそうなものは描けないので、妄想どまり。



こないだ、会社の後輩と、北堀江にマッサージに行ったのですが、
その周辺は大坂でも有数のオシャレスポット。代官山(まじかよ)。
そこを、にのらは北堀江と呼び、友人にも堀江のことなら任せろ
と吹いていたら、「今度一緒に行こう〜」とひっぱりだこに
なったので、鼻高々に後輩に自慢したら「アンタあそこ南船場やで」
と言われました。しかもにのらは、北堀江と南船場は隣接している
と思っていたのですが、全然していない、どこに友達を連れて
いく気や、と笑われました。で、明日さっそく友達とその南船場に
行くのですが、友達はにのらの無知のせいで未だに明日行くのは
北堀江と思い込んでいるのですが、説明するのも面倒なので
とりあえず南船場に連れて行って「ここが堀江やで」と言いきって
しまおうと思っています。


そして今、すこぶる頭が痛い。
最近2時間以上パソコンの前に居続けるとどういうわけか頭痛が
起こる。拒否反応かな???


城をとる話、あとちょっとで読み終わるのですが、義ー義ーな上杉家
家臣団に、岡佐内という様子のおかしい男がいて、彼の趣味は金集め、
夏には座敷いっぱいに広げた小銭の上を裸で転げまわって感触を
楽しむというちょっぴりどころかかなりナニな男なのですが、
政宗の差し出した大判を決して素手では触ろうとしなかった兼続の
金嫌いの所以が岡佐内に多少ばかりありそうな気がして興味津々。
当時まだ東北地方は貨幣の流通が盛んではなく、もっぱら米の
やり取りを重視していたというご時勢を鑑みても、兼続にとって
金が概念的に汚いものであるという認識よりも、金とは岡佐内が
裸で転げまわりその汗やら垢やらをこびり付かせたモノという
認識の方が強かったりしていたらかわいいなあと思いました。
そのせいで政宗の差し出した大判も「(伊達が裸で転げまわった
大判・・・汚っ!)」と思って扇子で弾き返したのだとしたら、
かわいいなあかわいいなあ。潔癖兼続。加藤清正みたいに、トイレ
に入るとき30センチの下駄を履いて入るといいよ兼続。愛して
いるよ兼続。


次は何を読もうか迷っているのですが、播磨灘物語がなかなか
熱そうなので、これにしよう思います。竹中半兵衛と黒田官兵衛
の話だって!キャッ☆


 < 過去  INDEX  未来 >


にのら [MAIL] [HOMEPAGE]