| 2007年03月29日(木) |
輝・・・元・・・・貴様 |
にのらです。
バサラにはまって幾月日。
にのらの浅薄な知識(例:新撰組って忠臣蔵の人達やろ?等)が 砂地が水を吸い込むかのように正しい日本史(と時に間違った妄想)で 埋まっていきます。平家物語しか確たるストーリーが分からなかった昔。 やっと関ヶ原の戦いの骨組みがにのらの脳内に出来上がってきました!
【次々と埋められるにのらの歴史知識!】
○卑弥呼・米 ●ベールに包まれた暗黒の歴史 ●このへんで仏教が伝来していると思われる ○聖徳太子 ○虫ゴハンで祝う大化の改新 ●ベールに包まれた暗黒の歴史 ○藤原道長登場! ●ベールに包まれた暗黒の歴史 ○平清盛登場!ピー! (にのら、平家では鎮西八郎為朝と渡辺競が好きです) ○屋島の戦い ○源頼朝幕府を開く ●ベールに包まれた暗黒の歴史(多分足利尊氏とかそんなんが活躍) ○毛利元就登場!!!!!鉄砲伝来ザビエル登場!! ○織田信長〜(四国征伐…)〜豊臣秀吉〜各地の混乱っぷり ○関ヶ原の戦い ○徳川幕府誕生 ●ベールに包まれた暗黒の歴史(目安箱登場など) ○ペリー! ●ベールに包まれた暗黒の歴史(長州藩とか西郷どんとか活躍・明治維新) ○日清戦争・日露戦争 ○第一次世界大戦 ○第二次世界大戦 ○東京オリンピック・ビートルズ来日 ○オイルショック ○湾岸戦争 ○バブル崩壊
●黒丸部分がにのらに足りない部分なのですが、バサラを知るまでは 源頼朝が幕府を開く〜ペリーまでが全て暗黒の時代でした。 つまり、戦国バサラはにのらが関ヶ原の戦いを知らずに一生を 終えるという愚を冒さないようにしてくれたのです。感謝感謝。
話は関ヶ原に戻りまして、地図や大名の名前が中々頭に入らなくて 苦心した新書関ヶ原をさきほどようやく読み終えました。 まったくもって苦労知らずの3代目とはよく言ったものですよ!
輝元が安国寺なんかにヨイショされなかったら・・・・!! 120・5万石(安芸広島)→関ヶ原→36.9万石(周防・長門) なんてことにはならなかったかもしれないのに。
せっかく元就とステキな三兄弟が勝ち得、守ってきた安芸の大国が 輝元が西軍総帥に担ぎ上げられたせいで一気に厳封です。輝元の 秀頼の後見としての立場もあったんでしょうが、結局関ヶ原でも 吉川広重の悲壮な押し留めで傍観の立場に甘んじ、広重の悲壮な 懇願でどうにか退路を開き、広重の悲壮な文書で領地を残してもらい。 広重・・・さすがは欲の無い(私見)元春の息子・・・。
隆元&隆景&元春・・・毛利最強・・・。
小早川秀秋(秀吉の兄弟の息子・隆景の養子)にいたってはあっさり 裏切っちまうしよぅ〜・・・・。毛利家って、養子多いなあ。
まあ終わったことをどうこう言っても仕方が無いですね。
で、関ヶ原で一番かっこよかったのは大谷吉継という大層友情に 熱い男でした。西軍の首謀者、石田三成の計略に、当初は 「馬鹿な事をするな」と反対していたが、話を聞かされ別れた夜に、 三成の性格を知り尽くしていた彼は宿から三成の元に引返し、 共に死ぬことを覚悟の上で西軍に加担することを決意したのです。
彼はハンセン病を患っており、茶会の席で茶碗に鼻水を落として しまいます。それを見た他の将達が同じ茶碗で茶を飲むことを 嫌がったにも関わらず、三成だけが何食わぬ顔で飲み干した事に感激、 熱い友情を感じていました。そして関ヶ原ではすでに病状が悪化し、 目もほとんど見えず、立って歩くことも出来ない状態ながら、輿に 乗って戦闘に参加したとは有名なお話(もちろんにのらはまったく 知りませんでしたが)だということ。武将の中でも人気が高い所以ですな。 腕っ節の強い男もステキだが、こういう、友情と恩義のために わが身を投げ打つ心の熱さも武士のステキさを盛り上げる・・・。 しかも吉継は、自分のサイドにいた武将達が裏切ることを予め 予測していたという。
それにしても戦って、読んでるだけで泣けてくる。
そして家康のかわいいエピソードを発見。当時武将の間では、陣に 今で言うテントのようなものを持っていくのが流行っていて、どこに 行くにもそれぞれ趣向をこらしたおしゃれな陣構えセットを携えて いたのですが、そういう無駄が大嫌いな家康は、小荷駄の列を見て
「今時の若き者、是程の陣へ小屋道具沙汰の限り」と怒って
「わにわに」と 口をもがかせて苛立っていた らしい。(「慶長年中卜斎記」家康の侍医の覚書)
「わにわに」ってどういう状態か分からんけど、バサラ家康の ビジュアルでただかーつの背中に乗って口をモガモガさせてたら いとかわゆし。
4月から戦国無双頑張月間に決まりですな。
全然話変わりますが、前田利長の兜がちょっとオクラっぽい。
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