昨日のあの詩の作者。山村暮鳥だ。高校の時ならおぼえてたのに。あのときの私なら常識だったことを今はもう薄れて「普通」ではないことを常識と思うようになってしまったかもしれない。医学部に入ってふと気づいたこと。それはしあわせなんだろうか薬の名前や細かい術式の記憶よりも春の野の風景を詠う言葉のほうが大事に思うなんて失格でしょうか。それでも美しい日本語を舌先でころがすような穏やかな気持ちを忘れずにいたい。