LIFE IS COMIN'BACK
僕らを待つ こんなすてきなデイズ

2001年12月31日(月) 引退

大晦日。
ことしも無事暮れました。
そして今日でpresident引退です。
自分がなるかどうかで迷いまくってた去年の秋。
シブケンとも何回も話し合って、何回も泣いたんだ。実はね。
Presidentになってからもたくさん迷った。
個人的な思いとは反対の決断や選択もした。
大勢の前で泣いたのは引退挨拶の時だけだったけど、影で、同学年の前では結構泣いてた気がする。ほんと。よく泣いたし泣かされたなあ。

同学年にはたくさん助けられました。

トモは、一番の味方でいてくれた。Clerkから一緒だったし、甘えたり愚痴ったり泣きつくのはいつもトモだった。

マサヤは、参謀。判断がつかないときや、下にさせたい仕事の連絡とか、あと八つ当たりもさせてもらいました。

 劉くん。大会参加率の低いvice(爆)だったからか必ず会場の隅っこにいる劉くんに癒されたものです。

 ナガマユと純子は、辛くてたまらない!って時にピンポイントでメールをくれるから不思議だった。すごい、安らいだ。

 シブケンは、一番の敵。第一野党。いつもいつも辛辣な批評で一番泣かされてた。でも、そのおかげで自分の道を見失わないでいられたんだって思う。

今だから言えるけど、プレジになった最初は罪悪感と孤独感とでいっぱいだった。なるべく、今までとかわらないように、でもシブケンと目が合わないように、無意識にそうしてた。
 JIMSAが今までとかわらなかったら、何も問題がなかったら、シブケンがプレジで自分がVICEとかになって、楽しく仕事して、それが一番いい形だと思ったしそれが前から私にとっての理想だった。
 でも今までどおりには行かなくなって、面倒な仕事も増えて、客観的に「JIMSAで仕事してきた人間」として誰がプレジがいいかって考えたら、やっぱり自分で。
 それ以上にシブケンプレジを見てみたい、って気持ちはあったし、シブケンの「プレジになったら俺は変わるよ」って言葉を信じようとも思ったけど。海外系のこととか考えていくとやっぱり。
 もちろん自分もやりたい、って気持ちはあったよ。 
そうじゃなきゃこんなことやらない。

 こんな理由で、前半の目標は「どれだけ後悔しないでやれるか」だった。
その反面で
「私はこんな個人的な思いでプレジをやってるのか?JIMSAっていう団体のために何をやりたくてプレジになったんだろう?」
ってずっと考えてた。
 考えるたびに浮かぶ事は、5年になる今までの間、シブケンとJIMSAの理想について語りあったことや、私のやり方に批判してきたり、喧嘩したこととかで。そういった意味で「道を見失わないでいれた」気がする。

 妙なわだかまりがなくなったのは夏とかになってからで、今は昔と同じように、昔以上にいい関係でいられてるって感じる。これは去年の今頃を思うとすっごい、いいことだ。
 去年の日記やメール見るとね・・・この人、病んでるよ。

 まるで「シブケンありがとう日記」のようだけど、JIMSAのPRESIDENTをやるにあたって彼の存在はいろんな意味で大きかった。

 もちろんほかにもね、やっぱり同学年の友達といるってすごい幸せ。
役員は引退するけど、JIMSAで出会った仲間や、先輩後輩たちとはずっとつながっていきたいし、JIMSAって団体を大切にしたい。

そんなこと思いながらMLに流す総括の文を書き上げたのでした。


 <カコ  モクジ  ミライ >


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