| 2002年03月14日(木) |
かなり真剣に書いた BUMP OF CHIKEN について |
今日は、BUMP OF CHIKENについて書こうと思います。 あたしは、彼らの「THE LIVING DEAD」というアルバムしか 聞いたことがないのでこのアルバムだけからの 感想だと言うことをまず。
実は1年くらい前、「コレいいよ」って借りてちらっと聞いたのですが さらっと聞いてあら、好みじゃないわ、で終わってしまっていました。 なんてこと。
というわけで、では。
いっぱいいっぱい言いたいこと、あるんだけどね、 何よりあたしが一番思う事は 彼らは「音楽している」というより、
「したいことを、音楽を使って表現している」
ように感じたってことです。
例えばコーネリアスなんかは、とにかくやりたい事は 「音楽をしたい」って事なんだな、って どのアルバムからも一番伝わってきます。 コノヒトは「音楽」自体を愛しているんだ、音楽がやりたいから こうしてアルバムを作ったんだ、って。
でもBUMPは、音楽をしたい、よりも もっとやりたい大切な事があって、それを実現するために 音楽を手段として使っているんじゃないかってことです。
んーー・・・・・・ホント、文章力なくてやんなっちゃうよ、もぅ。 ちゃんと伝わってるかなぁ・・・・・・。
さて。気を取り直して。
で、BUMPが一番したい事って? ミュージシャンでありながら音楽でないというのならば、 (あくまでもあたしが、だけど) なんでしょう。
それは。 「誇りを持ってあがきながら己の人生に勝ちたい、勝つんだ」 ってことじゃないでしょうか。 そしてそれを表現しながら正しく強くあがき続ける事。 コレじゃないかなぁ。 あたしはそう思いました。
どうしてって、BUMPのキラメキはあたしにとってとにかく、詩にあると思ったからです。 BUMPの詩は、全身から力強くあがきながら搾り出した、 めいっぱいの声です。 そのコトバたちは、自分に対しても、 作品として聞く私達(つまりお客さんか)に対しても 少しの妥協もないように感じたのです。 作品を聞く私達にも妥協していないと言うことはつまり、 自分に妥協していないということですけどね。
ハッキシ言うと、BUMPのコトバを聞いてあたしは 号泣でした(;´Д`)
今までもウタを聞いて泣いた事は何回かあるけど それって、恋愛中に恋愛のセツナイ歌を聞いて 涙が・・・・・・とか、そういうモノだったと思うのです。
でも、BUMPを聞いて出た涙は全くそれとは違うモノでした。 この涙は、ソノヒトの生き方を感じて出た涙です。 多くのウタを聞いて出る多くの涙よりもっとデッカイデッカイ水たまりです。
このアルバム10曲とも、「強くなりたい」とか、 「オレは人生後悔しないようにただしくあがくんだ」とか、 直接そんなコトバはないけれどモノスゴク、ほんとにモノスゴク、 そんな思いを感じました。 強さを感じました。 めちゃくちゃに苦しい中あがいてあがいて、でも絶対に自分に負けるか、 っていう思いが全ての曲を貫いてガッツリ伝わってきたんです。
ハッキシ言ってあたしにとってかるちゃぁしょっくでした。 今まであたしは、音楽を受けとめる時 ほとんど詩なんてみていなかったのです。 まずは 音を聞いて、好みじゃなかったらハイサヨナラ。 その時点で詩を見る価値もあたしにとってはなかったのです。 音楽にヤラれて詩も好きになったことはありますが。 (シカオちゃんですが(;´Д`))
だけど、BUMPはハジメテ詩からあたしの中に染み入って その詩があったからこそその音楽も染み入ったアーティストです。
BUMPのウタは、「詩」というより、 声です、コトバです。魂です。(「かたまり」ではありませんよミナサン) 「詩」とは、いいたくない。
さて、いきなり自分の話してもいいですか。 あたしね、なんていうのかな・・・・・・んーー ストレートに明るい部分ばかりの詩やいかにも涙でちゃうでしょ、っていうのや つらいけどガンバロウよ、的な表(オモテ)世界の詩って、自分の中でなんだか 拒否していたんです。 そういうのは、詩になったとたんあたしの中では 「キレイゴトの詩」で片付いてしまっていた。 今たくさんあるウタの詩のほとんどがそうでしょう、きっと。
だから、自然と自分が詩を書く時って、ひねくれてしまうんですよね、 現実世界の自分は確かに、ガンバロウ、とか前向きに行こう、とか せつなくて泣いたりもしてる。 それをそのまま詩にしたらあたしの嫌いな 表向きキレイゴトの世界。 実際は当然イヤというほど感じてる表の感情。 だって、ここで、この世界で生きているから。 誰もがそうだと思います。
でもあたしはそういう詩は「カッコワルイモノ」だったし、 イヤだった。
でも、BUMPのコトバたちも、あたしが感じたのは「表」なんですよね、 感覚やセンスでは決して書いていない。 ちゃんと「表」の現実世界で書いてる。
それなのに、あたしは体の奥の奥から濃い涙が出た。 それはきっと、あたしが「表」のウタを聞いて キレイゴトのうただ、と思ってしまった多くのミュージシャンとはチガウ 生き方の濃さがBUMPにはあったからだと思います。 同じ「表」なのに、チガウモノが体に入ってきたから。
あたしにとってBUMPはホカのミュージシャンさん達とは違う存在になりました。 音楽で射止められたのではなく、彼らの生き方を感じて、 そこから、惹きつけられました。 その惹きつけられ方は「カッコイイ音楽」に惹きつけられた 時のグツグツとは違う種類ですが、それに全く負けていないグツグツです。
精一杯生きて、精一杯の表を表現して、 こんなにカッコヨク、濃い涙を溢れさせることの出来るBUMPを あたしは心から尊敬します。
・・・・・・伝わったでしょうか、あたしはうまく書けたのでしょうか。 不安です。
こんな感じでゴザイマシタ。
あっ。 そうだ、これを書かなきゃ、
BUMPの音楽だけを見ると、あたしは好みではありません。 でも、彼らのコトバにピタっとあって、とてもカッコヨク聞えました。
最後に・・・・・・あたしにとっての詩の「表と裏」がミナサンとチガウかもしれないので 意味がわからないところがあったらすみません。 わかんねーよ、ってところがあったらバシバシツッコミまっております(;´Д`) あーん。
BUMP、ステキです。 貸してくれた方、ホントウにありがとう。
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