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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

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おばあさん
2004年01月01日(木)

腕をくにゃりと曲げて、
妙な姿勢で横になっているとき、
このままミイラになったら面白いな、
化石になったら後世の人が笑うか、
と思う。

ミイラになるとしたら、
このおっぱいもなくなるのか、
と、指でつついてみたら、
プシュウと空気が抜けていく気がした。

いや、これは本当のことなのだ。
私は確実におばあさんになってしわしわになる。
その前にも、30代になったら体の形が変わるだろう。
いまの形はつかの間の夢か。

ああ、だめだ。このことを考えるのは。
宇宙の芯に吸い込まれそうだ。
このことを考えるのは怖すぎる。
考えてはいけない。
空気の抜けた後の体が、彼方にふっとんで行く。
ブラックホールに飲み込まれそうだ。

何でこんなに怖いのだろう。
実は体型に自信があってそれがなくなるのが怖いのか、
あるいは、
女でなくなることが怖いのか。

いや、
おっぱいだけでなく、
脳みそだってなくなるのだ。
いつかは中年女性のような考え方をするようになるのか。
そして消えてしまうのか。

私は幻影。
クリオネのように半透明の体に感じる。

おっぱいは、幻影。
二本くっ付いている足は、
どこへも歩いて行かないから、幻影。
手は、パソコンしかいじってないから、幻影。
髪は、もうすぐばっさり切ってしまうから、幻影。
目は、コンタクトを通してしか見られないから、幻影。
舌は、舌ばかでおいしいものがわからなく、雰囲気で「おいしい」とか言ってるから、幻影。
睫毛は、マスカラを塗るから、幻影。
おへそは、使っていないから、
最初から使っていないから、生まれていないから、幻影。

例えば、ここに赤ちゃんの写真が一枚ある。
この赤ちゃんが私であるという証明はできるのであろうか。

私は赤ちゃんではなかった。

最初から幻影だった。

若い気でいるけれど、今も私はおばあさん。

私は半透明。
くらげ。

あの、大量発生して漁師を困らせている、
魚の網に引っかかっている、汚い半透明の。

あれが私だ。

女でもない。男でもない。思考もない。

この瞬間も私はおばあさん。




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