電車の吊り広告に『源氏物語』の講演会の告知が載っていて、男友達がこんなことを言った。 「源氏物語の作者って光源氏だよね」 声を小さくした方がいいと思った。 源氏物語の作者は紫式部だ。全五十四帖。三部構成で、第一部と第二部の主人公を務めるのが光源氏だ。第三部は舞台が宇治に移り、主人公は次世代の薫と匂宮に代わる。これぐらいは知っておいて欲しい。 光源氏は継母の藤壷中宮を理想の女性像として持ち続ける。しかし理想はあくまで理想で、リアルに持ち込んではいけない。理想の女性というのは、思いを成し遂げられないから、理想化されるのだ、これくらいは知っておいて欲しい。 後に光源氏の正妻となる紫の上と光源氏が出会ったのは、光源氏十七歳、紫の上十歳の時だった。初めてちぎったのは紫の上、十三歳である、これぐらいは知っておいて欲しい。 光源氏は政敵の右大臣の娘、朧月夜とラブアフェアを起こし、右大臣に現場を押さえられて、須磨に流される。光源氏は落ち着いていて、言い訳もしない。人生に誤解はつきもの、言い訳せず飲み込んで時が来るのを待つのがダンディズムだ、これぐらいは知っておいて欲しい。 源氏の息子、夕霧は幼なじみの雲居の雁と結婚して、妻ひとすじに生きてきたのに、中年になって、落ち葉の君との恋愛にはまる。若い時にまじめすぎると、中年になって急にはじけるかもしれない、これくらいは知っておいて欲しい。 第三部の主人公、薫は思いを寄せていた大君が他界してから、彼女に姿形が良く似た妹の浮舟と結婚する。しかし、誰かの代わりに愛されても女は幸せにはならない、これくらいは知っておいて欲しい。 浮舟の自殺未遂で物語は終わる。恋って一体なんなのだろう、それは知らなくてもいい。
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