Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2017年06月24日(土) プラチナ・シリーズ第1回 アルディッティ弦楽四重奏団


ううー、ラヴェルの弦楽四重奏曲、美しすぎて夢のようだったのだ、そしてなぜだか、



3歳の宮下に住んでいたときに橋のほう(上砂川方面)まで意気揚々と歩いていっていつしか知らない風景に不安になって道の向こう側から歩いてくるセーラー服の中学生二人の姿を見たとたんに大声で泣き出したこと(迷子になってと知るのは後知恵で)、視界の一部始終を、思い出していたのはどういうことだろうね、



わたしも同じ記憶の奥深くの3歳頃の・・・、幹事長が言い出す、うそだろ、ほんとかよ、ハナシあわしてね?、



ラヴェルの弦楽四重奏曲には、そういう時代や人種や文化を超えて「ひとの記憶」に作用するちからがあるということなのだろうか?、世紀の発見?、誤報?、



音楽は魔法的であるのだ、それオザケンだろ、



東京文化会館へ、
プラチナ・シリーズ第1回 アルディッティ弦楽四重奏団〜現代音楽のスーパー・カルテット〜



細川は理詰めの説明的明晰であった、バルトークはカッコいいスリルを堪能、西村は贅を尽くした工芸品の高みを追う最終楽章で寝てしまい無念、というカンジだったかなー、



2週続けてアルディッティ弦楽四重奏団のコンサートに接したわけだけど、CDでは録れない様々な要素によって音楽は生まれているのであって、久しぶりに上野の東京文化会館に出かける贅沢な夕刻を味わった、



(クラシックのコンサートに週3ペースで通いはじめて、まるで世界が開けてゆくような気持ちだったほんの数年前、東京の情緒、江戸の粋、終わらない夜のネオンサイン)



大ホールではそんなに人気あるのかよ熊川哲也の公演があって、スレンダーかつ美少女かつオシャレさんかつ無修正な若々しい女子たち過半が和服二百名が大挙して休憩ココアを終えたおれ一人に向かって津波のように押し寄せてくるというシーンにも遭遇する、(実話)



コンサートの帰りは池袋ルミネの自然食バイキング「はーべすと」、30品目食べるつもりが61品目食べ放題モードに突入してしまい、身体にいいんだか!わるいんだかー!絶叫、



トリフォニーのホリガーのあと「ちょっと歩きますが」と錦糸町から浅草「鰻禅」まで歩いたことがあった、ことは憶えていたが、隣の席の老夫婦もホリガー公演のあとタクシー飛ばして来ていておれが話しかけて「ホリガーと鰻禅、これは鉄壁の組み合わせですねー」と盛り上がっていたという話は、おれは憶えていない、作り話ではないのか?、



だいたい幹事長の「ちょっと歩きますが」は危険なのだ、一緒に京都に出かけたときも「ちょっと歩きますが」と二時間全力競歩だったのだ、それで次々と禅寺をめぐる、まさに、これぞ、禅の境地なのかと朦朧な意識で開眼したのだが、



それはそうと話はズレるが、水戸でも上野でも現代音楽を聴く若い120kg相当の女性問題というのがあって、他の席はガラガラなのになぜおれの隣にそういう女性が座るのか!、じっとしていても身体中に酸素を運ぶのがそりゃあ大変なのだろう息切れの「シュー、スー」が気になって仕方がない、本人も意識しているのかタオルを口にあてて苦しそうに息をしているのだ、だけど超弱音が命でもある現代音楽とりわけラッヘンマン、聴取が阻害されるのだ、さらにこともあろうに曲の後半で女性は睡眠状態に入ったらしくタオルの押さえもなく制御不能の「ブシュー、グー、バフー」怪物の寝息をたて始める、これぞまさにラッヘンマン的状況と古舘伊知郎になって独り笑い、次の曲に入るすき間に空いている前の席に移動、すかさず女性係員が「いまお客様は席をお移りになられましたが、どうかなさいましたでしょうか」と冷たい目で詰めてくる、「となりの席の女性がウルサイのです」、



クラシックのコンサートではアメの袋のパリパリ問題とか、太った女性は熊川哲也のほうに回ってください問題とか、



わたしも30代の頃は「拍手が早過ぎる、音楽を殺すな」「鼻から音が出る病気のひとは来ないでください」と会場で当人に申し向けるガッツがあったものだが、



ううむ、また不謹慎なことを書いてしまった、




Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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