Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2007年01月02日(火) ジャズサイト「Jazz Tokyo」に、コントリビューターによる今年のベストがアップされました



ジャズサイト「Jazz Tokyo」に、コントリビューターによる今年のベストがアップされました。
ぼくがここに名前をいまだ連ねていられるのは、ひとえにプロデューサーの稲岡さんのおかげです。今年は、2年遅れでブノワ・デルベックの作品を挙げました。

目のくりくりしててかわいいアズロちゃんに、ぼくは2000年を境にすっかりジャズ即興リスナーじゃなくなっちゃんだ、と、言うと、どうしてそんなこというの?、と、言われました。で、実際に、このデルベックの評文が、ぼくが確信を持って書くことのできるすべてなんだ。

今年「Jazz Tokyo」で284番のCDとして原田正夫さんが『 Kayhan Kalhor, Erdal Erzincan / The Wind 』をレビューしたテキストを引用。
「聴き手がトルコやイランの古典音楽に通じていなくとも、各演奏での高みに登ってゆく様を圧巻と感じるはずである。どこを切ってもその音楽はトルコやイランの民族音楽や古典音楽の響きであるにも係わらず、民族楽器を使ったオリエンタルな音楽であるという特殊性や非日常性は瞬く間に消え失せ、演奏者の眼差しや息づかい、さらに即興表現をする心の動きにまで聴き手の「耳」が達し、今そこにある時間を聴き手が共有する瞬間が訪れる。ケイハン・カルホール達の試みと即興演奏の持つこの「力」はどこから来るものなのでしょう?
ECM レーベルのCDは、販売店で「ジャズ」の売り場に置いてある。そのジャズ・レーベルのカタログの中に、キース・ジャレットやエヴァン・パーカーらのアルバムと共に本盤があることの意味をいま一度考えたいと思うものです。」

このテクストに感動しました。大きな問い、だと、思います。この問い、を、平易な文章で顕現させた原田さんの感覚と知性。

ぼくは、とりあえず、演奏力、声、の、特質にまで、単に降りてゆくのです。
そこで聴こえるサリュウちゃんの声、吉井和哉『39108』、さらにはブルースのチャンピオン・ジャック・デュプリーにまで、耳は感動に打ち震えることになるのですが。
R&Bは、リズムアンドブルースなのではなく、アール・アンド・ビー、Art and Bee、芸術とみつばち、というイメージにまでふくらむのです。
クラシックの名演たちが、瑞々しく、今聴いて楽しい、というのは、「のだめカンタービレ」という現象、にも、一因がありますが、
ジャズの引力圏から離脱してしまったぼくの耳が、しばし、しばし待たれん、しかしECM再評価は低い可能性もありつつ、
「わかったー!」という心境の今日この頃。
それにしても、「いいものはいい」と言うために、どうしてその文体なのか、根拠の危うさに自覚たれ、と、自らを諌めることしきりである。
(ちょっとまってよ、今週のレビュー盤のそれ、おれ、前作を買って、制作者関係者の耳まで疑ったものだったのに、あらまあ・・・)
お、丘山さんのベストは・・・、三善晃のCDが出ているのか!、アマゾンのカートに入れたぞ。さらなる節約生活を。わたしの生活に音楽のひかりを。


Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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