死んだように眠る弟 - 2008年08月07日(木) 内定を取ってからというもの遊びほうけて生活が不規則になっている弟。 こないだ、コピー機の置いてある作業部屋に入ったら誰もいないはずなのに冷房が効いていて、あれ?と思ったら弟が寝ていてびっくりした。作業部屋の隣にある弟の部屋はエアコンが壊れているので、暑くて移動してきたのだろう。 弟はまるで死んだように眠っていて、生活が不規則だからか寝顔も変にやつれている。うーむ、と思った。 こういうイメージが積み重なると、学の夢を見る。 学からメールが届いた。 やっぱり生きてたんだ。ほっと安心するわたし。 あるいは天国からだって、メールは送れるのだ。 メールには彼の描いた漫画が添付されていた。 ふしぎな味のある面白い漫画だった。 そのまま本にしてもいいように思えた。 外を思うように出歩けない彼に代わって、わたしがこれを世に出すべきなのかもしれない、と思った。 わたしは友人や家族に漫画を見せた。 意外に皆おもしろがってくれなくて、わたしは残念に思った。 いつもわたしひとりが読みながら笑っている。 夢の中でも、本当はわかっているのだ。学はもういないということは。 ある瞬間にそれを悟り、わたしはにわかに、わあわあ声を上げて泣き喚く。 泣けばすべてが元に戻ってくれるとでも思っているかのようだ。 現実では、わたしは学のことで泣くことはない。 泣きたくなることがあっても涙が出てこない。 お線香もあげに行かないなんて、薄情な人だね。 来年は行ってもいいだろうか。 もしも迷惑でなければ、わたしの顔を見て悲しい記憶が眼前に蘇っても大丈夫ならば、行かなければならないと思う。 ありがちなたとえだけれども、指にささくれのとげが刺さったまま抜けなくなったようなあの感触に近いような気がする。 ただまあ、ささくれが刺さるのは、からだの外側からの一種の攻撃だけれども、今話題にしているのは「ささくれ」じゃないよね。 これを抜こうとすれば、わたしは死ぬような気がする。だから抜けない。 いや、そんなに簡単に死ぬことはないな。 体力も根性もないくせに、実は周りの人よりずっと図々しくてあつかましい。前も書いたが、人類が滅亡することになって周りの善良な人たちがばたばたと倒れていく中で、わたしはまるでゴキブリみたいにしぶとく生きながらえていくのだ。でもゴキブリは普通にえさを食べて生きていくけれど、善意を食いつぶして生きていく存在はそれよりまずいと思う。どちらがまっとうに生きているかと言えばそれはゴキブリに決まっている。 善意とは、もとをたどれば、父と母の善意? わたしは、もっと周りの人たちにやさしくするべきだと思った。 ちゃんと生きて、くいつぶした善意を少しずつでも周りに返していかなきゃ。ちゃんと生きなきゃいけないんだ。カントみたく人間時計になるぐらい、友人を見殺しにしてでも真実を守るぐらい?いや、後者は違う。昔の偉い人が何と言おうと、大切なものを犠牲にして守る真実に意味はない。ないのだ。そうなんだ。じゃあ大切じゃないものは?わたしにとっては大切じゃなくても他の人にとっては大切なものかもしれない。それは守らなくてもいいの?でもわたしには、そこまで手が届かない。わたしにはわたしに近いものしか守れない。半径1m以内ぐらいの存在しか守れない。だからそれだけは、本当に、守らなければいけなかったのにね。 -
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