橋本裕の日記
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2002年09月23日(月) 結婚まで

18.電子計算機の楽しみ
 舎監明けの午後、私は栄から伏見へ出て、アメ横の電気店に立ち寄って、計算機の電子部品などを眺めた。二年前の1977年にアメリカのアップル社がアップル�兇箸い�人気のパソコンを販売し始めていたが、もちろんそんなものは高嶺の花である。国産品の安いパソコンがあればよかったが、卓上計算機(電卓)を量産していた日本のメーカーでパソコンの完成品を販売している会社は当時まだなかった。

 シャープやNECがパソコンの完成品を販売し始めたのは、80年代にはいってからだ。キットや未完成品としては売られていたが、そうした部品から完成品を作るには余程の専門知識がないと無理である。大学で理論物理を専攻していた私には無論その能力はなかった。

 当時の小型計算機は、学校にもあり、私は一台を準備室に運んで自分の専用にしていた。アップル社のパソコンのように本格的なブラウン管のデスプレイを持っているわけではなく、表示部分は単なる数字とローマ字だけのLCDで、見かけは電卓とかわらない。しかし、一応パソコンのCPUを持ち、プログラムで動くところが電卓とは違っていた。こんな田舎の高校に、いちおうパソコンと呼べるような電子製品があり、しかもそれを独占できることは嬉しい誤算だった。

 電子計算機については私は大学の講義でフォートランを少しだけ囓ったことがあるくらいだったが、さっそくBASIC言語の教科書を買って、授業の合間に勉強を始めた。演習問題にある「月面着陸ゲーム」などを作って、計算機で動かしてみた。自分の作ったプログラムで、計算機が動くのを見るのは気分がよい。ひとかどのプログラマーになったような気分がした。

 BASIC言語を使えば、整数論の問題を解かせたり、音楽を演奏させたりもできる。そこで素数や円周率の計算をさせてみた。朝一番に電源を入れてプログラムを入力し、何時間もぶっ続けで計算させたが、円周率など20桁も計算できればよいところだった。これはプログラムがまずいというより、計算機の性能が悪いのだろう。ゲームをするにはもう少し計算速度が早いCPUが欲しい。

 アップル社のような本格的なパソコンはとうてい無理だが、プログラム内蔵型の小型計算機でもう少し性能のよいものを手に入れたかった。私の願望を満たしてくれそうな新しい製品はアメ横に並んでいた。とても手に入る価格ではなかったので、中古のものを探した歩いたが、それでも結構の値段である。

 財布の中身と相談しながら、買おうか買うまいか悩んだ。自宅に持って帰っても、計算機に触れている時間は限られている。そう考えて買わずに帰ったが、明くる日になると、また何か掘り出し物がないか気になってくる。

 ところがある日、新聞にNECパソコンキットの通信販売の広告が出ていた。インテル社のCPUがついていて、機械語を使って、音楽演奏もできると書いてあった。BASICに比べて機械語ははるかに難しいが、計算速度は格段に速くなる。この機会にパソコンについて徹底的に勉強してみるのも悪くはない。価格も3万円そこそこなので、これを購入することにした。

 数日後、郵便小包が届いた。そのまま学校に持ち込み、助手の岩野さんと二人で中身を点検した。インターフェースの基盤の他に、ICのチップ、LCDなどのこまごまとした部品が入っており、机の上に並べながら、胸がときめいた。少年時代に通信販売でラジオのキットを買ったときの興奮が甦ってきた。

 さっそく基盤に電子部品のはんだ付けをした。細かい部品なので、手先の不器用な私にはむつかしい作業だった。余計な熱を加えると電子部品が傷みそうで心配だが、軽く電気ごてを触れるだけでは接続不良になる。結局私の腕では歯が立たないことが分かり、組立のほとんどを岩野さんにお願いすることにした。

<今日の一句> 空高し 旅の心を おさえかね  裕 


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