橋本裕の日記
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2002年09月16日(月) 結婚まで

17.足もとの石

 3年生を対象に選択物理の授業が週2時間ずつあった。1年生の理科の時間が週4時間で3クラスだから、私の週あたりの持ち時間数は14時間である。担任も持たずにこの時間は少ない方だろう。現在の私は担任を持って週16時間の授業を行っている。

 14時間を6日で割れば2時間とちょっとである。実際は多い日で3時間、少ない日は0時間だった。水曜日はまったく授業がなかった。だから年休をとろうと思えば、いくらでもとることができた。なんとも恵まれた境遇だった。

 加茂ケ丘高校は山の中の僻地の高校である。近隣の村は人口の少ない過疎の村が多く、生徒はかなり遠くから通学してきた。バイクの通学も認められていた。白いヘルメットをかぶってバイクを走らせる高校生の姿を見ていると、私もバイクに乗りたいと思った。いずれ担任を持てば、家庭訪問もしなければならないだろう。バイクや車がなければ不便である。

 実際職員の中で、車を持っていないのは私と古川さんだけだった。同じく新任の山中さんは名古屋からマーク�兇鮠茲辰董�颯爽と通勤していた。車にはほとんど興味がなかった私だが、この夏休みには免許をとろうかなと考えた。通勤に使うには、バイクよりも車のほうがよい。

 西春から三河の山の中まで車で通うのは大変だが、それでも交通機関を使うよりは時間が短縮できそうだった。何よりも朝晩の混雑から逃れられるのは有り難いし、車があれば女性をデートに誘うことができる。若い女性を助手席に乗せて、山や海をドライブしたら楽しいだろう。これまで大学の研究室にこもって論文を読むばかりで、あまりそうした世界と縁がなかっただけに、考えていると胸がわくわくした。教員になって何と幸せなことかと思った。

 家が遠い生徒のために、学校には女子寮があった。そこに十数名の女生徒が泊まり込んでいた。その舎監が月に1、2度回ってきた。舎監をすると、一回1万円近くの臨時収入が得られる。夜、朝、昼の3食付きである。その上、翌日の午後は、半日の軽減がもらえるのでありがたかった。私は火曜日の夜の泊まりを希望した。そうすると翌日は授業のない日なので軽減がとりやすい。

 寮の食堂で生徒の作ってくれた昼食を食べた後、学校を出て、正門前のバス停まで歩く。日溜まりに立ってバスを待っていると、なんとも満ち足りた幸せな気分に包まれた。木の葉のそよぎや、小鳥の鳴き声が快かった。しかし、そうした中で、ふっと日が陰ったように私の心をひんやりさせるものがあった。それがS子の影だった。私は自分の幸福に水を差された気分になった。そして、足もとの小石を力任せに蹴った。

<今日の一句> 梅干しの 酸いを好めり  ひとり居て  裕  


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