橋本裕の日記
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自伝を第5部を書き始めた。月曜日の連載にしたのは、日曜日に書く時間がもてると思ったからだ。さいわいこれまでのところ、支障もなく筆が運んでいる。
私は自伝に限らず、日記、小説、短歌や俳句、なんでも書く。書くのが好きなのは、あれこれと自分でものを考えるのが好きだからだろう。フランシス・ベーコンが「著述は正確な人間を作る」と書いているが、書くことによって自分の考えを明確に掴むことができる。 Reading makes a full man ; conference a ready man ; and writing an exact man.
科学的なテーマや哲学的な文章に限らず、文学的な文章や、詩や俳句などの韻文でも同じことだ。書くことで鍛えられるのは思考力や論理力ばかりではなく、感情や情緒も耕され、陶冶される。
自伝を書く場合、ともすると自己中心になりがちだ。過去の思い出に耽ったり、自己を正当化し美化したり、あるいはその反動で、自己卑下や露悪趣味に陥ったり、とにかく文章は清明さを失いやすい。
したがって自伝を書く場合には、とくに自己を他者の一人として捉える自己放下の精神が要求される。このことは難事業だが、成功したときは爽やかな風に吹かれているような快い気持になれる。感情教育のためにも自伝を書くことは役にたちそうだ。
自伝を書くことで、過去の知己に再会することができる。懐かしい人たちばかりではなく、不愉快な人物や不愉快な出来事と向かい合うことにならないとも限らないが、それも楽しみの一つである。嫌悪すべき人物や事件そのものが、振り返ってみて、恩寵のようにありがたく感じられることもある。
「自伝」に限らず、自分で文章を書くことの楽しみは多岐に渡っていて、とても言葉でいいつくせない。書くことで、私たちは思想や感情を成熟させる。こうした自己充足感は、いちど味わったら、やみつきになるものらしい。
<今日の一句> 紫陽花と 円空仏と ひとつ寺 裕
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